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十五話目

 ファーラのことを思い出したとき、名前を付けたときのことも同時に思い出した。王の城に初めて来た日だ。私室のまわりのものすべてに名前を付けた。正確に言うならば、付け直した。前の王が付けたものから、ぼくが付けたものへ。

 ドアや窓や、ランプやベッド。ぼくの語彙はすぐに尽き、辞書を片手にあれやこれやと付けて回って、それは一日仕事どころか結局一週間くらいかかったんじゃないだろうか。

 そして、付け直しができない、と教えられたものがあった。彼らのように生きたもの。最初に名付けたものから動かせないのだ。生きたものやそれを模したものは、意志をもつ。意志の多少は、名の固定に影響をする。簡単に言えば、ころころ呼び名が変わると困るのが、生きものを模したものだ、と。

 「根拠は?」

 感覚になるけど、杖とじゅうたんは、「思い出した」感じがした。グリフィンたちは、「取り戻した」感じがしました。

 「ふむ。まあそういう感覚は大事だな。受け継いだままのものって、結構少ないんじゃなかったか?」

 「いえ、そうとも言えません。ここは私室周辺ですから、王がお付けになったものが多いですが、生きものやそれを模したもの、国に属していると強く思われるものは、付け直しがないものが多い」

ふうん、と呟いてから、魔女がこちらに目を向けた。

 「いま思い出したのは何がきっかけだ?」

 転んだこと。前もこのじゅうたんで転んだことがあって、その時のことが、こう、ふわーっと思い出して、そこから色々他にも出てきた感じです。

 「まぬけが功を奏することもあるんだなあ」

 「あなたは、本当に、失礼なことばかり」

 なんでこのふたり、隙きあらば口喧嘩になるんだろうか。もう一度手を挙げる。止めるよりも、聞いて聞いてと手を挙げるほうが効果的というのがなんとなく分かってきた。というか、ぼくらはいままでも、こんな感じでやってきたような気もしてきた。

 これを言うのは、ちょっと気が重いけれど、言わなければならない。ごめん、と言うのは違う気がして、その言葉は一所懸命飲み込む。

 あの、「ぼくが王であることを捨てた」っていうのは、本当かもしれない

 ふたりは黙ってぼくを見る。また謝罪を口にしそうになる。口をぎゅっと閉じる。そう、彼の言ったことは、おそらく本当なのだ。捨てた、というか、正確には捨てたい、と思っていた。どこまで本気でそう願っていたのかは自分でもわからないけれど、ぼくは、王であることに困惑していた。だってちっともうまくいかないんだ。よかれと思ってやることが、誰かを苦しめているような気がしていたんだ。

 あなたは100パーセントを求めている。それは、無理なのですよ。

 誰かは、そう諭してくれた。そうだ、前の王の時代から宰相を務めるあの人。でも、でも、こぼれ落ちた1パーセントさえ「誰か」ならば、ぼくは。いつも思慮深く、決して声をあらげたりせずに粘り強く幼いぼくに付き合ってくれる彼は、分かりましたと答えられぬぼくに、声を掛け続けてくれる。

 正しくあろうとすることは大切です。希望や理想は掲げねばならない、それはあなたの背骨になる。ただ、それが達成されないことを、必要以上に恐れてはなりません。

 でも。大きな力はこわい。大きくなればなるほど、1パーセントにあたる人数が増えていく。

 もっとうまくやれる誰か。100パーセントを、成し遂げられる「王」が、いるんじゃないか。王のための力を、こわいなんて思わずに使える、もっと堂々とした、誰か。

 ああ、それは、あのゆったりと笑っていた「ぼく」なのだろうか。

 それは、ぼくから切り離しやすかったことだろう。ぼくはその、「王」たるべき何かをもて余して、あまつさえ、少し憧れていたのかもしれない。まるで、「ぼく」ではない誰かのように。でも、ぼくが勝手に王たれと作り出された何かにぼくを差し出してしまうことは、「正しい」のか。

 ぐるぐると、ぐるぐると。ぼくは答えを出せぬまま、ずっと考え続けていたのだ。王になった、あの日から。

 黙ったままのぼくを、ふたりは問いただすことはしなかった。んー、と天井を見つめた魔女が、ひとつだけ聞く、と人差し指を立てた。

「いまも、王を捨てたいか?」

 ゆっくりと、首を横に振る。じっとぼくの目を見上げていたサムが、ぼくのものよりずっと小さな手を差し出してくれる。その手に指で触れた、

 ぼくは、王でありたい。

 顔をあげて声に出せば、ふたりは変わらぬ眼差しで、静かにうなずいてくれた。

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