プロローグ
目をあけてまず飛び込んできたのは、騎士の姿だった。大体ぼくの、てのひらくらいの大きさの。
シンプルなシャツと細身のズボン。腰に帯びた真っすぐな剣。ぼくと目が合った彼は、心配そうな表情を浮かべていた顔を輝かせて、拝跪の姿勢をとる。
「お目覚めをお待ちしておりました」
何とも優雅な動作。そのまま顔を上げた彼は、今度は凛々しい表情をしていた。まるで戦う前のような。何かが変だ。もしくは、何もかもが変だ。いや、違う、変なのは……。
しばし彼を見つめたあと、視線を動かす。彼の横には、みっしりと筋肉をつけた力強そうなネズミがいた。銀色に光る固そうな毛と、理知的な黒い目。鞍と口輪がついているのは、彼が騎乗するということだろうか。
「これで、あの不届きな偽物の横暴も終わりです」
期待に満ち溢れた笑顔。つやつやとした短い黒い髪に白い肌、整った顔は硬質な印象だったが、笑うと少年のようだ。
きみは?
「……わたしをお分かりにならない?」
うん、分からない。
彼の笑顔が固まる。そこから目をそらして、彼の後ろにはオレンジの光をともす、繊細で美しいランプを見つめた。部屋の中は薄暗いけれど、その温かな色の灯りがいくつかともされているおかげで怖くはなかった。ランプの横にある金色の柱をたどって視線をあげると、濃い藍色の天蓋に当たる。同時に視線だけでは追いきれずに、体がごろんとあおむけになった。ふわりと体が受け止められ、ぼくはぼくが広いベッドに寝ていたことを知る。
ここはどこ?
「八の夕闇の塔にある、あなたの寝室です」
彼は少し困っているように見えた。そしてぼくもかなり困っている。体を起こしてあたりを見回す。茶色に近い臙脂色と濃い藍色を基調にした、重厚な内装の部屋。知らない部屋だ。と、いうよりも、そう、変なんだ。決定的に。周りの前に、何よりぼくが。
ぼくは誰かな?
「え……」
覚悟を決めて発したぼくの疑問に、彼はしばらく絶句した。