5
それからの毎日はただただ空しい日々だった。
何かしてないとどうにもならなくて
家に帰って那美の顔を見るとどうにも遣る瀬無くて
結局酒に逃げることしかできない俺は、毎日のように一人で飲んだくれてた。
彼女はどうしてるだろうか。
荒れて馬鹿なこと考えたりはしてないだろうか。
約束通り、ノブが俺に連絡してくることはなかった。
ということはたぶん、きっと大丈夫なんだろう。
「大丈夫?飲みすぎじゃないの?」
「潰れてもお前が何とかしてくれるんじゃねぇの?」
「そんな腑抜けた男は願い下げだよ」
「あれ?慰めてくれるって言ってなかったか?」
「今の吉永さんを慰められるのは一人だけなんでしょ。私じゃ無理」
「冗談だよ・・・本気にしてんじゃねぇよ」
京子は俺のグラスに氷と水を入れて飲めと言った。
どうやらこれ以上は飲ませてはもらえないらしい。
「ところで子供は?託児所か?」
「うん、仕方ないでしょ。食べていかなきゃいけないし」
「旦那は?その後連絡とかあったのか?」
「まぁね、しょっちゅうここにも来るよ。しつこいって話だよね」
そういう京子だけど、まだ旦那のことが好きだと前に話してた。
強がってんじゃねぇよって思ったけど敢えて黙ってた。
「子供さ、坊主だったよな。そのうち父親、必要になるんじゃねぇか」
「再婚ってこと?もう結婚はこりごりだって言ったでしょ」
「お前はよくても子供は親父が恋しいんじゃねぇの?」
「ちょっと、そんなに責めないでよ」
「責めてるわけじゃないだろうが」
京子を責められるような立派な人間じゃないんだよ、俺は。
「そう言えば、ゆかちゃんさ、あれから・・・・・」
「言うな・・・京子、何も聞きたくない」
「・・・・・ごめん」
「謝らなくてもいい・・・帰るわ」
「待って!・・・あの・・・・・今から旦那来るってさっき連絡あって・・・・・」
京子は俺がした事と同じように、一芝居打って欲しいと言った。
こっちも頼んでる手前、さすがに断ることもできない。
考えてみたらいい気分じゃないもんだな。
旦那ってのは以前の京子の店で何度か顔を見たこともある奴で
きっと相手も俺の事、少なくとも顔ぐらいは知ってるだろう。
どこまで隠しきれるか、正直自信なかった。
程なくして現れたその男の横に京子は座り、俺のことを今付き合ってる男だと紹介した。
だけど見ればわかることだと思う。
俺と彼女がそういう関係かどうかってことぐらい。
京子が席を離れた隙にその男と話をした。
もちろん京子には内緒で・・・・・。
「京子が・・・彼女が言ったことは全部嘘だけど・・・・・わかってやって下さい」
「わかってます。だからこうして何度も足を運んでる。諦めません。なにしろ恋女房って奴ですからね。あいつは・・・」
「そんなに惚れてるんすか?まぁ確かにいい女ですけど・・・・・」
「おたくがどこまで知ってるのかわからないけど、私はあいつのこと、結婚するまえから全部知ってましたから。すべて知った上で結婚したいと思ったんですよ。まぁ何度も振られましたけど」
なるほど、恋女房だと言い切れるはずだと思った。
もし俺なら、やっぱりどこかで躊躇したかもしれない。
「・・・・・京子、馬鹿だよな・・・」
「息子は・・・元気なんだろうか?」
「夜は託児所にいますよ。会いに行ったらいいじゃないすか?」
「いや、京子の方が先かなって思ってるんで・・・・・」
悪い奴じゃないけど押しが弱いっていうか優しすぎるっていうか
そんな男のことを妙に応援したくなってしまった。
「京子はきっとまだあんたのこと、想ってますよ」
「おふくろがあいつに酷いこと言ったみたいで・・・でも俺、長男で・・・・・」
結婚っていうのはいろんなしがらみを抱えるってことなんだと、つくづくそう思った。
どこもみんな同じような悩みを抱えてるもんだと痛感した。
京子の芝居に合わせるべく、その男を置いて二人で仲良く店を出た。
ちょうど店も閉まる時間だったからついでに京子を託児所まで乗せた。
旦那との話の内容は京子には何も言わなかった。
それでも何話してたか聞かれたから、お互いの仕事の話だと誤魔化した。
「お前さ、旦那のとこ帰ってやれよ」
「いまさら何言ってんだか。さっき吉永さんが彼氏だって紹介したばかりでしょ」
「そんなの絶対嘘だって気づいてるよ。おまえ、アホだな」
「失礼だなぁ。吉永さんにだけは言われたくないよ」
「とにかく、もう一回考えてみたらどうだ?」
「えらく肩持つじゃない。何か言われたの?あの人に」
「なぁんも言わねぇよ。いい奴だよな。あいつ」
「だから困るんじゃない。いっそ嫌なやつなら逆に良かったよ」
託児所に着いて、どうせだから家まで送ってやるって言った。
既に眠った子供を抱いて出てきた京子は、本当に母親の顔をしていて
おふくろってのはやっぱ強いもんなんだなって思った。
実家に送るもんだとばかり思ってたけど
いつの間にかアパートを借りたらしくそこに送って行った。
たぶん旦那から隠れてるつもりなんだろうけどな。
「ありがと、上がってく?」
「お前なぁ、そういうこと簡単に言うな。子供がいるだろうが」
「ん、だよね。じゃ・・・またね。今日はほんとにありがと」
「なぁ、京子・・・お前、馬鹿だわ、ほんと」
「ちょっとぉ、酷いなぁ」
「じゃな、またな」
俺はまた車に乗り込み、今度は自分の家に向かって走らせた。
赤信号に差し掛かった時、ポケットからさっき貰った名刺を取り出して
その裏に書かれてる携帯の番号に電話した。
そして京子の居場所をその相手に教えてやった。
頑張れよと、一言だけ付け加えて・・・・・。
家に帰ると部屋に電気が点いてて、那美のやつまた待ってるのかって思ったけど
その日、那美が待ってたのは俺じゃなかった。
「おい、那美!どうしたお前、苦しいのか?」
「違うの・・・・・達也、帰ってこないの。昼からずっと・・・・・」
帰って来なかったのは俺じゃなくって、ひめの方だった。
泣き腫らした顔で震えながら俺にしがみつく那美の背中を摩ってやった。
よかったと安心した。
那美のやつ、また悪くなったのかと・・・・・。
「もう二時だぞ。どっかで寝てるだろ。明日には帰ってくるさ」
「でも・・・・・どうしよう・・・・・まさか事故に会ってたら・・・」
「大丈夫だから!お前、ちょっと横になれ、な?」
「たつやぁ・・・・・」
すがりついて泣いてる那美をベッドまで連れて行き横にならせた。
・・・・・ったく、酔いが一気に醒めちまった。
ひめの野郎、帰ってきたら押しおきだな。
今回はちょっときつく叱らないと癖になるからなんて、簡単に考えてた。
だけどひめは、次の日もその次の日も帰ってこなかった。
那美は完全に塞ぎ込んでしまって元気がない。
あんなに可愛がってたのに、猫って奴はこれだから嫌いなんだよ。
三日の恩を忘れやがって。
毎日近所を探して回ってるらしいけど一向に見つからない。
俺も休みの日には一緒に探して回った。
これだけ探しても駄目なら、やっぱりもしかして。
だけどそんなこと那美に言ったら余計に落ち込むから
きっと誰かが拾ってくれて、今頃旨いもん食わしてもらってるだろって
気が向いたらそのうち帰ってくるんじゃねえかって言った。
また似たような猫がいるかもしれないから買いに行こうって。
そんな俺に那美は、本当に哀しそうな目で・・・・・・
「・・・・・ひめじゃないなら、いらない・・・・・」
「だけど、もう帰ってこないかもしれないだろ?」
「まだ決まった訳じゃないもん」
「帰ってきたとしても、それまで那美だって淋しいだろ。買ってやるから行こ」
「いい・・・行かない」
何を言っても聞かない那美。
俺の言葉は那美の神経を逆撫でするだけだった。