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その翌日、俺はどうしても彼女に話を聞いてもらいたくて
電話じゃなくてちゃんと会って話さないといけないと思って
昼まではうちにいたけど、那美が買い物に出た隙をついて
急いで彼女のアパートへ向かった。
近くまでは来たものの今日は出掛けるって言ってたのを思い出した。
まぁきっとそれは嘘だろうとはわかってたんだけど
急に押しかけていっても前の晩のようになるのは目に見えてたから
念のために先に彼女に電話をしてみた。
思った通り家に居た彼女は、俺の訪問を許してくれた。
でもどんな風に話したらわかってもらえるんだろうか。
いざ行くとなるとちょっと退けたけど、正直に全部話したらきっと誤解もとけるだろう。
そう思い直して彼女の部屋を訪ねた。
彼女の淹れたコーヒーは、俺が買ってやった揃いのカップに入ってて
たったそれだけの事なのにすごく安心した。
意を決して彼女に真実を話すことにした。
嘘はつかないでほしいと先に念を押されたけど
京子が俺のことを誘ったってことだけは言えなくって
だけどそれ以外の事は全部本当の事を話した。
どうして話してくれなかったのかと責められた。
京子の事が好きだからなんじゃないかと言われた。
きっと彼女の言ってる『好き』と俺のそれとは意味が違う。
でも京子のことをほっとけなかったのは事実だから、嫌いじゃないと答えた。
彼女は俺を許すといってくれて、京子のことは自分も好きだからと言った。
心細いだろうからまた一緒に飲んであげたら?って言ってたけど
きっとそれは彼女のお得意の強がりだろうことは分かっていた。
そしてやっぱりこいつは出来た女だと思った。
だけど・・・
そのまま仲直りのつもりで彼女を抱きながらも俺は考えてた。
あの時ノブに言われた言葉
" 彼女の幸せ 考えた事あるか? ”
本当に俺にはもったいないくらいのいい女だと思う。
だけどこんなこといつまで続けられるだろう。
彼女に他に好きな男が出来るまでとか
例えばいつか那美と離婚することがあったとして
その時に彼女は一体いくつになってるんだろう。
人生できっと一番いい時期であろうこの時を
俺とのこんな関係で終わらせてしまっていいんだろうか。
”考えるいい機会なんじゃないか”
ノブの言葉が呪文のように俺の脳裏に蘇ってきて
彼女を抱いていながら、異様なまでの罪悪感を感じた。
もし今、彼女に幸せかと聞いたら、きっと彼女は頷いてくれると思う。
だけどそれは今この時の幸せであって
確固とした約束なんか何もできない俺はもしかしたら
・・・・・・彼女を不幸にしてるのかもしれない・・・・・・
そんな事を考えるようになってた。
それからしばらくは京子からの連絡が無くって
逆に何かあったんじゃないかと思うぐらいで
あの時、放って帰ってしまったから余計に心配で
つい俺から連絡してしまった。
京子は結局、また夜の仕事を始めたらしく
母親があまり体の具合が良くないからとのことで
子供は夜間の託児所に預けたといっていた。
ちょっとだけ子供に同情をしたけどそれは仕方ないのだろう。
俺がどうこう言える立場ではない。
勤め先に飲みに来て欲しいと連絡があって
余計な誤解を招かないように彼女も何度か連れて行った。
だけどやっぱり京子のことが気になってるのか
いつも彼女は浮いた顔をしてなくて
そんな顔を見るたびに俺はまた考えてしまってた。
このままで本当にいいんだろうか。
俺と一緒にいつまでもこうしていて
彼女は本当に幸せなんだろうかと。
二人で居ると彼女は本当に俺を愛してるんだってそう感じる。
もちろん俺の気持ちもおんなじだけど
彼女を抱けば抱くほど、自分が憎らしくなってくる。
どうしてこんな中途半端な俺がいいんだろうって
どうしてこんないい加減な男がいいんだろうって
いっそ彼女が俺のこと、遊びの相手だと思ってくれてたら
いっそ俺が彼女を、ただ都合のいい女だと思えたら・・・。
不倫する人間がよく口にする。
もっと早く出会ってたら・・・・・
次に生まれ変わったらきっと・・・・
そんなのありえねぇだろって笑ってたけど
まんざら嘘でもないんだなって、そう思った。
彼女に声を掛けることも無く京子の店に飲みにいって
めちゃくちゃに飲んでしまった。
久しぶりに正体失くしそうだった
そういえば彼女に一度振られた時以来かな。
「何かあったの?今日は私が聞いてあげようか?」
「・・・・・別に。何でもねぇし・・・・・」
「ゆかちゃんと喧嘩でもしたかな?チャンス到来ってか?」
「あいつはゆかじゃねぇよ」
「機嫌悪いなぁ。何なら今晩、慰めてあげてもいいよ」
「まだ言ってるのかよ」
そんなことを簡単に言う京子になぜだか笑えた。
「なぁ京子、聞いてもいいか?」
「ん、何?」
「女の幸せって何だ?」
「それを私に聞くのはお門違いでしょーが。どうせ私は失敗したわよ」
「それってやっぱ・・・結婚ってことか?」
「どうなんだろね。結婚だけが幸せじゃないと思うけど、ただ・・・いつまでも先の見えない恋ってのも結構辛いかもね」
「俺はあいつを不幸にしてるのかなぁ」
「吉永さん、本気なんだね。ゆかちゃんが羨ましいよ」
「お前だって旦那のこと好きで結婚までしたんだろよ」
「今でも旦那は好きだよ。でも結婚となると話は違うよね。二人だけがよければいいってもんでもないでしょ。身に沁みたよ」
「姑、そんなに酷いのか?」
「違う。私がいけないの。私ちょっとの間だけね、身落としてたことあんだよね。弟・・・修学旅行に行かせてやりたくってさ」
初めて聞く京子の話に、一瞬怯んでしまった
「京子、もう・・・いい。聞いて悪かった」
「そんなお金で行けたって嬉しかないっていう話だけどね。私が行けなかったからさ。でね、お金欲しくって・・・・・」
「やめろ・・・・・もう」
「近所の人が私のこと知ってたみたいで、お姑さんに告げ口したの。当然だよね。私も自分の子供がそんな人お嫁さん連れてきたら、やっぱひくよ」
「ごめん。辛いこと話させて・・・・・」
「いいんだよ。聞いてくれた方がすっきりするからさ。旦那はね、子供の為にもやり直そうって言ってくれてるんだけどさ。やっぱそういう訳にもいかないよね」
「京子のことが本当に好きなんだろ。帰ってやれないのか?」
「彼を苦しめるだけでしょ。また人に何か言われても可哀想だし」
「それって、旦那の為に離婚したってことか?」
「本当は子供も手放したほうがいいんだろうけどね。でもそれだけはやっぱできなかった。だから死ぬなんて気はさらさらないから心配しないでね。ごめんね。吉永さんまで困らせてさ」
そう言って哀しく笑う京子を見て俺は
酔って働くなってた頭でもう一度
彼女のことを想っていた。




