第5話 ゆびきり
聞こえてきたのが子供のすすり泣く声だと気づくのと、姿を見つけるのはほぼ同時だった。
「…ひっく…う…うぅ…」
道の端に座り、泣き続ける男の子。
見た限り怪我をしているわけではなさそうだが、泣き止む気配は無い。
今の心境?そんなの…
どうしていいか分からない!に決まっている。
だって近所に小さい子いなかったし、親戚の中でもまだ子供が出来た奴はいなかったし…子供の相手とか未知すぎる…!笑えばいいの?でも突然笑い出して近づいてくる男とかあやしすぎるでしょ。却下だよ!…本当どうしたらいいんだ…
つらつらとそんなことを悩んでいる間も男の子は泣き続けている。
(いや、でも無視なんてできないよな…話しかけてみるか…)
「…ど、どうしたんだい?なぜ泣いているのかな?」
(やっべー…いきなり過ぎてどもったし怪しすぎ!でも何て聞いていいかわかんないしな…)
自分でかけた第一声に不安を覚えていると、男の子は…
「うっ…く…お兄ちゃ、ん…だあれ?」
うん、当然の反応だ。
いや、だが反応が返ってきた!キャッチボール成功!
「お兄さんは健也って言うんだ」
「…僕、トーヤっていうんだ。み、道に迷っちゃって…」
(なんだ道に迷ったのか…)
外傷が無いんだからある意味予想通りの展開にホッとするも、頭を悩ませる。
土地勘なんて俺も無い。
しかし放っておくのは気が引ける。それは人として、してはいけないことである。
(仕方ない…か)
「えっと…どっちから歩いてきたんだい?」
「…え?どうして?」
「来た道を辿れば帰れるかも知れないだろ?送ってあげるよ」
「ほ、ほんと!?ありがとう!ケンヤお兄ちゃん!」
「っと、その前に顔拭きな?」
思い出したようにトーヤはあれやこれやでぐしゃぐしゃになっている顔を服の袖でぐしぐしと拭いている。
トーヤが顔を拭いたのを確認して声をかける。
「よし!じゃあいくか!」
「うん!」
颯爽とトーヤは歩き出す。
「ん?こっちからきたのか??」
「ううん!わかんない!」
俺は盛大にコケたのだった。
結局、多分こっちから来たというトーヤをなんとなく信じて隣にならんで歩く。
まぁ、間違っていても戻れば良いし…
ふと、トーヤの顔をみる。
あった当初から感じる違和感が、今更ながら気になっていた。見た目は本当に子供その物。
元いた世界でいえば、小学3~4年生と言ったところだろうか。あくまで見た目だけ見た場合だが。
波動というかなんというかラファエルさんや俺とは、感じられるものが違う。
子供だからなのか。それとも天使では無いからなのか。
(ここって、天使以外って存在したんだな…まぁ悪魔もいるくらいだし、人間も………え、いや、まさかな?)
悶々と悩んでいると、弾けるような明るい声がする。
「あ!お兄ちゃん!あの道の変な形で実のなってる木!こっちに歩いて来たときに休憩してた木だ!」
道あってたのか。
子供のカンって侮れない…
「お!そうか!じゃあ折角だから休憩していこう。」
その明るい声に、先程の考え事など飛んでしまっていた。
それから休憩中にトーヤからいろいろな話を聞いた。
トーヤの両親や友達、兄妹の話。
「そういえば、なんであんなところで道に迷ってたんだ?」
「…うん。妹が、病気なんだ。それで天界にある薬草と木の実が必要で…。お父さんやお母さんに天界にはいっちゃダメって言われたんだけど、レイを見てたらいてもたってもいられなくなっちゃって…」
(なるほど、レイっていう妹のために迷子になってまで…)
う…泣ける話じゃ無いか…!俺初めてのお使い的な番組に弱かったんだよ…!
…ん?ってかここの事天界とか何とかいってなかったか??
「なあトーヤ、ここって天界っていうのか?」
そんなことを聞いてみたらトーヤが不思議そうな顔をする。
「え?うん。そうだけど…お兄ちゃん天界の人じゃないの?」
「え、いや、て、天界の人だと思うよ? ハ、ハハ、ハハハハハ」
いきさつを話そうにもなにから話していいのかわからない。そもそも自分でも理解していないのだから。なのに子供が理解できるとは思えなかった。
(…ま、俺の話はしなくてもいいか。)
「? 変なお兄ちゃん」
まあ当然の反応だろう。
「さて、そろそろいくか!」
「うん!」
そして今までの通ってきた道とは明らかに雰囲気の違う森についた。
「お兄ちゃん!ここ!この森!この奥から来たんだ!」
嬉しそうに指差すその森は、これだけ天界に溢れている光を遮断するかのように拒んでいるように見える。
本当にこんな不気味なとこから来たのだろうか…少し不安になる。
「ここ、通ってきたのか…?」
俺の気分はどんどん沈んでいってるぞ…
しかしトーヤはそんな健也を知りもせず、うきうきと笑顔で走り出そうとする。
「いこ!もう少しだから!」
「わ、わかったから引っ張るなって~!」
急かすように走り出すトーヤ、引きずられる健也。
そしてこれまた怪しい黒い泉にたどり着く。汚れているとかそういうことではなく、正真正銘闇色をした水の泉である。
「うっお…なんだこれ…」
思わず驚きの声をあげると、それでもトーヤは嬉しそうにニコニコしている。
「お兄ちゃん!送ってくれてありがとう!この泉を通れば村につくんだ!」
(…この泉通り道というか穴というかそういう役割のものなのか…まあ確かに喉が乾いても飲みたいとは思えないけども…)
それほどまでに真っ黒なのだ。というか真っ黒という表現が失礼なくらい禍禍しいのだ。仕方がないだろう。
「うん。よかったよ家に帰れそうで」
俺が笑顔でそういうと、パッと顔を明るくさせてトーヤは言った。
「お兄ちゃんありがとう!今度遊びに来てね?お礼するから!それにレイにも会ってみてほしい!」
それって…この泉通らなきゃダメかな……
意図せず曇った顔になってしまう。
「迷惑だった…?」
途端にトーヤは目に涙を浮かべ始める。
「わ、わかった。じゃあ今度遊びにいくから!約束だぞ?」
そういって小指を出す。
するとトーヤは首をかしげた。
「?どうするの??」
どうやらゆびきりを知らないようだ…こっちには無いんだな…。
「小指と小指をこう交えて約束を言うんだ。大切な約束をするときにやるんだよ。ゆびきりっていうんだ」
「ゆびきり…き、切るの?」
「いやいや、指は切らないから!絡めた指を離すから、ゆびきりっていうんだ。こうして約束して、ゆびきった!って離すんだよ。」
約束…と小さく呟いたトーヤは顔を綻ばせた。
そして、
「絶対遊びに来てね!ゆーびきったっ!」
ぱっと手を離し、湖の中心に向かい歩くと、闇色の水がトーヤを呑み込み、トーヤは姿を消した。
「…うん。いい子だったな。無事帰れてなによりなにより」
ふと指を見て、可愛い約束をしたものだと思わず笑みがこぼれる。
そして健也も大聖堂にむけて来た道を戻るのだった。