真面目なヒロインと王子様
前に書いた話のヒロイン視点。
「そうね。あなたたちはわたしのだもんね」
スイセン嬢の言葉に子供のようにうなずく取り巻き達を見て、ほっと息をつく。
「これで、片がつきましたね」
後ろから抱きついているレオン様に声をかける。
「そうだね。
彼女が彼らを保護してくれたからね。
あとは彼女に小さな領地でも与えて、隠居してもらえばいい」
「はい」
これは、最初から私達が願っていたことだから。
ーーー
私が気づいた時、そこにはなにもなかった。
ぼろぼろの服を着ていて、視線が妙に低いなっておもった。
なんでこんな所にいるのかと混乱した。
知識らしいものはあっても、個人の記憶はなかったから。
ただ、やみくもに歩き回って、ふと気がつくとベットに寝ていた。
目の前には、三十歳くらいの女の人が座っていた。
着ている衣服は足元までのワンピースで、まるで中世の衣装のようだとおもった。
「目が覚めたのね、良かった。
ねえ、お名前きいてもいい?」
「? 名前?」
首をかしげる私に、女の人の顔がこわばった。
「それじゃ、お父さんかお母さんのこと、わかる?」
「……わからない」
「何かおぼえていることは?」
「……ずっと、歩いてた」
「……」
女の人はだまりこむと、じっと私を見つめた。
「ちょっと待っていてね」
うなずくとすぐに部屋から出ていった。
すこしして戻ってくると、二人の男の人が一緒だった。
五十歳くらいの男の人がはお医者さんだったらしく、いろいろと質問してきた。
「……記憶喪失、のようです。
幼い子供のうちに強い魔力を使うと、その負荷によって記憶を喪うことがあります」
「無くした記憶が戻ることは……」
残念ながら、ありません」
診察を終えると、お医者さんは一礼して部屋から出ていった。
女の人と同じくらいの年の男の人が、私をみた。
「……記憶はなくてどこの誰かもわからない、か。
それなら、とりあえず僕たちの子供になるかい?
僕たちに子供はいなくて、ほしいなって思ってたんだよ」
「そうね、それがいいわ。
そうしたら、名前がひつようね。
あなたの魔力紋はバラだから……やっぱりローズ、よね!」
ローズ……この名前は妙にしっくりした。
「うん。これからよろしくお願いします。
お父さん、お母さん」
私の言葉に二人は大喜びで抱き締めてくれた。
私の持つ知識が、この世界の常識と違うことを知ったのは、それからまもなくだった。
私の知識は現代日本のもの。
だけどこの世界のは、魔法あり、魔物あり、貴族社会ありの封建制度だった。
私は魔力があるため、いずれは貴族達が通う学校に行くことになる、と両親は知り合いの地方貴族に頼み込んで、マナーやそのほかの必要な知識を学ばさせてくれた。
とはいえ、マナーと歴史、魔力の扱い以外はかつて高校生だった私には簡単なことだったけど。
記憶がなくても知識があったため、この世界特有のものを重点的に学べたのは幸いだった。
その貴族の子供や、両親と幸せな時を過ごせた。
そして時は経ち、私が学校へと向かう日がきた。
両親と別れ、学校の寮にはいる。
そして、初日の検査で私は自信の素性をしった。
個々に異なる形である魔力紋。
その形がかつて行方不明になった侯爵令嬢のものと一致したのだ。
そして私は、記憶をなくして初めて、実の父とあった。
「よく、生きていてくれた……
いままで見つけられず、すまなかった……」
父も兄も、私を受け入れてくれた。
「あの、私にはいままで育ててくれたお父さんとお母さんがいるんです」
「……そうか……」
そして二人に会ってくれた。
「いままで娘を育ててくれたことを感謝している。
ローズは確かに私の娘だが、育ててくれたあなた方の娘でもある。
返してはいただくが、いつでも会いにこられるといい」
「ありがとうございます!」
私の素性が侯爵令嬢のだった以上、平民である両親には本来二度と会えなくなってもおかしくはない。
だけど父は、二人もまた私の両親だと認めてくれた。
「……ありがとうございます。お父様」
お父様は優しく微笑んでくれた。
それからしばらくして、学校のマナーの授業で一人の女性と親しくなった。
侯爵令嬢のリリィ様だ。
ある日、お茶会に誘ってくださると、とある王家のしきたりについてかたってくださった。
「王家では双子を不吉なものとされているのです。
そのため、レオン殿下の双子の妹君も王家から抹消されたのです」
「抹消……
リリィ様、他家にレオン殿下と同じ日に産まれた女性はいらっしゃらないのでしょうか?」
クスクスとリリィ様は楽しそうに笑うと、わたくしです、と答えた。
「ローズ様はほんとにかしこい方ですわね。
あの、バカ達とは大違い」
聞くと、リリィ様を死んだものと考えている人たちがいるということだった。
「皆様、伯爵家以上の方々なのですから、聞いておられるはずなのですけど……」
その人たちの名前をきき、私はそれを思い出した。
かつて、高校生だったときに楽しんだゲームの設定とこの世界の現状が同じだということを。
「?どうなさいました?」
「実は……」
リリィ様におもわず私の記憶について話してしまった。
よくよく考えれば、こんなこと信じられないし、物語の登場人物とかいってもここは確かに現実である以上、知る必要もないことなのに……
「なるほど。
おそらく、魔力の暴発で命をとりとめ、記憶を無くしたために、魂に刻まれていた異なる記憶が上書きされてしまったのでしょう。
それで、そのゲームをローズ様はなさるおつもりですが?」
「まさか。
あのバカ達とはとは関わる気もありませんし、レオン殿下の伴侶は大変そうなので遠慮します」
私の言葉にリリィ様はにっこりと笑う。
「そういえば、王家にはもうひとつしきたりにがあるのです」
「もうひとつのしきたり?」
「はい。時期国王たるもの、身分や魔力だけでなく、人をみる目を養わなければならない。
そのため、自らの伴侶は学校在学中に選び、それを陛下が認めることで、初めて正式な王位継承者となるのです。
レオン殿下は、すでに貴女に目を付けていますよ」
「えぇ⁉」
「その通りだ」
いきなり後ろから抱き締められた。
「ローズ嬢。私の妻には君が相応しい」
耳元で囁かれ、硬直した私をおいて、
「それでは、失礼いたします」
と、優雅に一礼して、リリィ様は去っていった……
それから、レオン様の攻勢が始まり、なんやかんやとあって、落とされてしまった……
そんな中、とある女性に話しかけられた。
「ふーん。あなたはレオンルートに進んだのね。
なら、他のはわたしはがもらうわ」
一方的に宣言していったのは、公爵令嬢のスイセン様。
あの様子だと、彼女もおそらくはゲームの記憶があるよう。
「……これ、利用できそうかも……」
早速私はレオン様に報告をしました。
ゲームで彼らの逆ハーレムができたのは、彼らが親からも見捨てられかねないほどのおバカだったため。
勉強だけできても、他のことができなければそうなる。
身分だけは高いため、どうしようかと思っていたけど、スイセン様が引き受けてくれるなら大助かりだ。
これで、彼らに政治を引っ掻き回されることもないだろう。
私とレオン様、レオン様の弟のウルフ様で裏から手を回し、無事に全員スイセン様に任せることができた。
最後にリリィ様に絡んだことは、計算違いだったけど。
ーーー
「レオン様、いつまでこうしているのですか」
後ろから抱きついたままのレオン様を仰ぎ見る。
「そうだな。ローズが私のことを愛してくれるまでかな」
私はそっとため息をつく。
「きちんと愛しています。
おそらく、私が貴方に激しい恋情を持つことはないでしょう。
ですが、夫婦として、穏やかな愛情を持ち続けたいと思っておりますから」
「それでも、激しく想われたいと思っているんだ。
それが私の我が儘だとわかってはいるけど」
そしてレオン様は私に深く口付ける。
唇が離れると、すこし寂しく感じてしまうのは秘密だ。
「そろそろ時間でしょう。
王宮に参りましょう」
「……ああ」
すこしさみしそうなレオン様の頬に、私はかるく口付ける。
ちょっとおどろいた様子のレオン様に微笑んで、手を引いて歩き出す。
レオン様も笑って手を握り返してくれた。
そして私は、愛する人達との、幸せな未来を作るために歩き出す。
このあと、おバカな方々は、狭い世界で幸せに暮らしました。
王家の人達は、歴史に残る名君となりました。