第4話:流血なき死闘
どうも曼珠沙華です。
今回は最も書きたかった戦闘シーンという事でいつもより力入れました。
だって戦闘シーンだよ⁉︎ かっこいいじゃん‼︎
というわけで今回は私の全力だと思って生暖かい目か憐憫の目で見てください
境壊存在。
西暦2016年。突如として世界を襲った『崩壊』と同時に異世界との壁の役割を果たしているとされる境界を破壊した異形の存在。
奴らは崩壊により破れた境界から出現し、世界に素早く適応するため、世界に残留する『進化の記憶』を辿り、自身の姿を形取る。
それは犬や猫、鳥、蛇、虫、魚、動物、植物はおろか、文明の進化として誕生した機械・兵器などの無機物にすらなりえる可能性を秘めているとされる。
そしてそれらは共通として『玉虫色の器官』を身体のどこかに必ず持っているのが特徴である。
「その眼……まさか⁉︎」
「まあ、お前の考えていることはおそらく正しいだろうな」
貫禄のある軍服姿の男はそう言った。
その眼は安定することなく、常に多種多様な色へと変化し続けている。
(やっぱり……か)
境壊存在の中でも人類までの進化を遂げた存在。
『踏破者』
非常に高い身体能力と他のペネトレーターとは一線を画す知性を持ち、ただただ我武者羅に強い力を振るうだけの暴挙とは違う『戦闘』を行える存在。
そして、何より恐ろしいのが『封術』と呼ばれる、境界のエネルギーを掌握することにより得られる特殊能力を有することだ。
「……一つ聞いていいかしら?」
「なんだね?」
「今回私たちは、機械によるペネトレーター大量発生の原因を調べていたのだけれど……、元凶はあんたかしら?」
「それは私の知るところではないな。……だが」
「?」
玉虫色の瞳を持つ男は両手を左右に広げる。
「その機械とやらが放つ煩わしい音を消すために私はここに来たとだけ言っておこう」
「……ッ!?」
その動作は、辺りは一切の瓦礫となり、さっきまであった百数人分の生命はこの下敷きになっていることを強調した。
そう、明らかな挑発だ。
「……そう、教えてくれてありがと」
そう言いながら、クレハはコートの中に仕込んであったナイフとサブマシンガン一丁を取り出す。
もちろん挑発だとは分かっている。だが、人型のペネトレーターは目撃例はあれど崩壊が始まってからたった三件しか報告されていない。
(逃げるにしたってそう簡単に逃がしてはくれないでしょうね。だったら……)
右手にはナイフ。左手にはサブマシンガン持ち、銃口を50メートル程先の瓦礫の山に立つ男に向ける。
(ここで倒して実験にでも使ってやろうじゃない!)
「来るか、なら先に名乗っておこう」
広げた手を後ろに組んで見下ろしている男は口を開く。
「私の名はコクマ。以後があるなら覚えておけ」
それに少女は碧い眼を光らせ、笑って返す。
「フラグメントのクレハよ。以後があるとは思わないことね!」
しん……。と辺りは静まり返る。
ビル群の倒壊もすでに終了し、ヒビの広がりも落ち着きを見せている。
先手を切ったのはコクマの方だった。
黒い軍服から素早く白銀のサーベルを抜き出し。クレハに向かって走り出す。
それに乗じて少女は、予め構えていたサブマシンガンのトリガーを弾く。
銃口から飛び出した弾丸が次々と走り出したコクマの元へと向かう。遠慮は皆無。一弾一弾が彼を殺すために発砲されている。
ーーだが。
コクマを殺すために放った無数の弾丸は全て彼から10センチ離れたところで一度停止。そして、全弾が進行方向とは全くの逆方向へと進んでいく。
(なに⁉︎)
そう、逆方向ということはクレハの元へと向かっていくことを指している。それを弾丸が一瞬止まった内に判断すると、彼女はナイフを握った右手を前に突き出す。
(アゼルス・ソード・コレクション‼︎)
そう心象で唱えた瞬間。
クレハの華奢な体を覆い隠すほどの大剣が二人の間を裂く様に現れ、弾丸を見事全て弾きかえす。
しかし、それは同時にクレハの正面を隠してしまった。
大剣に複数の跳弾の音が響いた直後、左方からコクマが姿を現した。その右手に構えられたサーベルは、既に刀身の先をこちらにまで伸ばしていた。
「くっ!」
咄嗟に出現させた大剣をコクマに向かってなぎ倒し、攻撃の妨害を行う。
大剣への咄嗟の回避行動により僅かに左へずれた刺突は、クレハのコートの振袖を一部千切っていくだけに終わる。
そして倒れた大剣により、今度は双方の間に一瞬、鉄の壁が出来上がる。
その刹那の壁が過ぎ去る瞬間。それが双方共にアタックチャンスとなる時だ。
大剣は倒れ互いに改めて顔を視認する。
ーービュン! と風を切る音。
クレハが右手に構えたナイフによる攻撃の方が速かった。
普段ならリーチの差でサーベルに劣るが、大剣の壁はコクマにとってサーベルを握る右に向かって倒れたため、一時的に拘束されているのと同じ状態に陥ったからだった。
玉虫色の瞳にナイフが襲いかかる。
その時、コクマはわざと体制を右に崩し、それを回避する。結果、一瞬頰に刃が掠るだけで戦闘は続行される。
そして、足の指先の力と腹筋ですぐさま力尽くで上半身を起き上がらせ、倒れる大剣を奪い大きく斬り払う。
(アゼルス・コレクション・リストア!)
瞬時にそう念じると、大剣の存在はその場から一瞬で幻の様に掻き消え、勢いよく振られた男の左腕は間抜けに空を切る。
「ぬぅ!」
しかし、すぐさま自由になった右手のサーベルを両手で構えなおしクレハに攻撃を仕掛ける。
無論。すぐさま彼女も応戦する。
振り下ろされたサーベルの鍔を狙い、攻撃を最小限の力で受け止める。
そのまま1秒ほど、互いに押し合う力によりキリキリと刃を削ぎ合う。だが、クレハにはまだ左手が残っていた。
サブマシンガンをコクマの懐に突きつける。
ーーが、コクマはすぐさまそれを蹴り上げ、その勢いで後方転回し、大きく後退する。
左手を蹴り飛ばされた衝撃でクレハも数歩後退。
これで数メートル間合いが彼らに生まれた。そして、互いに目を合わせ姿勢を整える。仕切り直しというわけだ。
(弾丸を反射した? いや、懐で発砲した際には打撃で応戦してきた。あの能力の発動には距離が必要ということか……)
クレハは先の一連の流れにより得られる情報を分析する。それはコクマも同じことである。
(魔術ではなく我々と同じ封術を使う人間……術者というやつか、本物は初めて見る)
そして、これは次からの戦いはさらに激化するという暗示でもある。
(……さっきのナイフ)
クレハは眼を凝らしてコクマの左頬に眼をやる。先ほどナイフが掠った筈なのだが、一滴たりとも血は流れていない。ペネトレーターには珍しいことではないのだが、皮膚が硬い表皮に覆われているのだろう。
(やっぱり、あの程度の武器じゃ通らないか……なら)
クレハは両手に握った武装を解除した。
ーーそして。
「主戦武装……。黒羽」
と呟いく。
クレハが大剣を呼び出した時と同じように、武器を離した両手を再び握るとそこには、黒い刀身のみの剣が現れていた。
剣は両刃で掬はなく、刃として加工されていない部分を彼女は素手で握っている。刀身の後ろに空いた穴には同色の鎖が繋がっており、それより後の鎖はコートの袖の中で腕に巻かれていた。
(さあ、第二ラウンドよ……)
次に先制したのはクレハだった。
ダンッ‼︎ と力強く踏み込み、地面を滑走する勢いで一息で間合いを詰め、二つの黒い斬撃を見舞う。
しかし、恐ろしいほどの反射速度でコクマはサーベルを構え対応する。
そして、二刀の黒剣と白銀のサーベルが、幾度も競り合い、幾多の火花を散らす!
ーーだが、延々とそれが続くことはないし、続けることはできない。
クレハの左手から振り下ろされる斬撃を右足を引いて回避したコクマは、素早くクレハの右腕の進路をサーベルで塞ぎ、右足を引いた勢いのまま回転蹴りを食らわす。
(ジェイクス・ブラスト・コレクション!)
咄嗟にそう念じる。
少女の手元に既にピンが抜かれた手榴弾が出現する。
それを蹴り飛ばされる寸前に男の懐にそっと投げ入れる。
(なに⁉︎)
その一瞬の動揺によりコクマの蹴りは若干勢いが殺される。が、それでもその一撃はクレハにしっかりと届いていた。
「ぐっ!」
腹に一撃を入れられ、勢いを失ってもなおその蹴りはクレハを10メートル以上もふっ飛ばし、コンクリートの塊の中に追いやった。
そして、それが終了すると同時。
コクマの懐で手榴弾が炸裂する。
ドンッ! と爆音が彼の耳に響き、爆煙が彼の身を包み込み、爆風が彼を吹き飛ばす。
倒れずとも後退りで終わった一撃だったが、彼の顔面の皮膚は一部火傷で爛れていた。
「…………はぁ」
強烈な蹴りで吹っ飛ばさた少女は灰色の瓦礫の上で仰向けになって一つため息をつくと、ゆっくりと上半身を上げる。
(なんてやつ……、ゼロ距離からの爆発よ? もっと効いていいでしょ……)
数メートル先には、爆心地の中央に立つ軍服姿の男が見える。
(近距離戦ではあっちに部がある、かといって遠距離からの射撃は無効……、なら)
クレハは、手元の鎖を握りしめるとその先に繋がる黒羽を引き寄せる。
そして、右手に握られた黒羽の根の鎖を左手で持つとバキッと、金具を一つ壊す。
「私に手傷を負わせるとはな。砂利のくせしてよくやる……」
その言葉を言い終わると同時。
ーーズカッ……とコクマの体が音を鳴らす。
玉虫色の瞳は色を変えながら、そっと視点を自身の胸に向ける。
並の刃物ではかすり傷すらも与えられないペネトレーターの肉体に黒剣が突き刺さっていた。それもクレハは数メートル先から一歩足りとも動いてはいない。
「……舐めてんじゃないわよ。さっさと本気出さないと次は首を狙うわ」
その一撃は、クレハの投擲によるものだった。並の刃物ではかすり傷すらも与えられないペネトレーターの体を貫通。それも投擲による一撃でだ。
「ほう、まだ何かあるようだな」
そう言いながら、男は自身の胸に突き刺さった黒剣に手をかけようとする。
「リストア」
と少女が一言。
「むっ」
そして、コクマの手が届く前に肉体に突き刺さった剣は淡い粒子となってその場から存在を消す。
軍服の胸部に穴が空く、そこからは紅い血のような体液が染み出しているが、人のように大量に出ることはなく、じわりと黒い布を濡らすだけで、コクマ自身もいたって普通にその場に立ち尽くしている。
(やっぱり、人間とは皮しか似てないようね。どこを狙えばいいのやら……)
(ふむ……我々(ペネトレーター)の硬度を無視するか、厄介な武器だな)
三度目の沈黙がこの戦場に滞留する。
そして、それを破ったのは剣でも弾丸でもなかった。
ピシピシ……と何かが犇めく。
二人は同時に周囲を見回す。決して耳を壊すような轟音ではない。だが、この付近ならどこにいてもそれは聞こえた。
「な、なに?」
何気ないだが、明らかに不自然なこの現象に思わず目の前の敵をも意識の外にして周囲を見回してしまう。
(この感覚、もしや……)
男はフッと笑う。
「クレハといったか、残念だがお互いもう時間がないようだ」
周囲を見回すのを止めコクマは言った。
その声に反応してクレハは意識を再び男に向ける。
「どういう事よ?」
「私もこんなにも早く来るとは想定していなくてな、少々驚いているよ」
「だから何が来るってのよ⁉︎」
「まあ、見れば分かるさ」
コクマは右手のサーベルを再びクレハに向けた。
「それまで、もう少しだけ楽しもうじゃないか」
そして、男は一歩踏み出す。
(くそっ!一体何が何だってのよ⁉︎)
左手に巻かれた鎖の先端の金具に再び黒剣を呼びだし右のそれと同時に手に取る、その瞬間ーー。
ズカッ! と大きな音を立ててクレハの周りで何かが飛び散った。
「外したか。まあ、返すよ」
コクマの右手からはサーベルが消失していた。
それを確認すると恐る恐るクレハは音がした左方向に目を向ける。
「ーー!」
左腕が肩から切り飛ばされていた。
そして、左肩、飛んだ左腕。それぞれの断面からは光沢のある金属と四色のコードが見え隠れし、肩と腕の間には幾つもの金属部品が散乱していた。
「ほう、それがお前の秘密か」
瓦礫の山の上から、感心するようにしてコクマはそれを眺めていた。
「道理で血も汗も流さず、呼吸も乱れぬまま戦い続けられたわけだ」
そして、愚者を見下すような目でこう言い放つ。
「まさか、人の精神に機械の身体。挙句には封術までその身に宿すとは、業の塊のような存在よ!」
そう、クレハは人間でも機械人間でも、ましてや化物でもない。
現在、人類で唯一開発に成功した人間と機械の融合、改造人間なのである。
「ちっ!」
クレハは必死に残った右手で鎖を操り、黒剣を飛ばす。
それはまっすぐ男の脳天に向かうが、黒剣ではなく鎖を掴まれることにより容易く防がれてしまう。
(ジェイクス・ブラスト・コレクション‼︎)
コクマが掴む黒い鎖の周囲に大量の手榴弾が現れる。もちろん全てピンが外されている状態だ。
(手元だけではないのか⁉︎ だが遅い!)
手榴弾が爆発したその瞬間。コクマの持つ謎の能力により、爆炎、爆風の全てが彼元から遠ざかっていくように広がっていく。
「……流石に遅かったようね」
「ああ、しかし驚いたな。てっきり自分の身の近くにしか呼び出せないと思っていたからな」
「身の近くよ」
「なに?」
クレハは手元からコクマの元にある鎖を全て戻し、残った鎖の先端に再び黒剣を呼び出し繋げる。
「この鎖、六鎖と言うのだけれど、これには私が純粋な人だった頃の血と肉と骨を砕いて練り込んであるわ。つまり私の身体の一部というわけ」
「はっはっは! ……それはちょっと屁理屈が過ぎるんじゃないか?」
「なんで? 現にあんたはこの機械の身体を私だと認識してるじゃない?」
至極当たり前のようにクレハはそう返した。その返答に男は。
「……お前。どのくらい残っているかは知らんが、人道とは程遠い様だな」
「言ってくれるわね人外。いや、生物としても少し怪しいわね?」
「はぁ、まあいい。お前との戦い楽しかったぞ」
そう名残惜しそうに軍服姿の男は言った。
「……まさか⁉︎」
「ああ、そのまさかだ」
クレハは空を見上げる。
黒いヒビはすでに密度を極限にまで上げ、この一帯のみに影を落としていた。
ピシピシ……と延々と響いていた音はいつの間にかその存在感を大きくしていた。
音は強く。
キシキシ、ミシミシ、ガリガリ、バリバリ……様々な破壊の音を立てて。
そして、空は破れた。