第2話:研究者
前回から大きく間があいてしまったことを謝罪します。
いろいろ忙しいんです本当(ー ー;)
また、この話を投稿すると同時にストーリーの進行に支障が出ると思われた前まで話を一部削除させていただきました。
読んでしまわれた方は忘れていただかなくても結構です。あくまでストーリーに支障が出るのであって設定がブレる訳ではありませんので。
ーー早朝、クレハは都市から数十キロ離れた郊外に姿を見せた。
眼前には、かつての人類の文明が暁をスポットライトに照らされている。
十数年前までは、相当な大都市であったであろうと確信付ける摩天楼の数々は、今崩れるか、あと少しで崩れるかの二択を迫られるだけとなり、アスファルトの大地は、土から這い出た雑草たちが掌握されている。
先日の事件と座標は違うもののシチュエーションとしては全く同じこの場所。ここで、今回の再現実験が行われる。
「これより先は、崩壊率80%超のペネトレーター警戒特区並びに、フラグメントの作戦区域となっております。許可証または、身分証明書の提示をお願いします」
万里に渡る強固な金網のうちの数少ない出入口と思われる扉の前に立つ二人の警備兵のうちの一人が一歩前進後、敬礼をし、クレハに懇切丁寧に話しかける。
「はいはい、これね」
そう軽く返事をすると同時に事前にコートのポケットから取り出していたカードを渡すと、警備兵はそれをじっと見つめる。
(目視解析……アンドロイドかしら?)
「認証完了いたしました。通行を許可します」
数秒間見つめたアンドロイドと思わしき警備兵はそう言うと、カードを返却した後もう一人の警備兵と目線を合わせ、扉を開放する。
「これより先は、大変危険な区域となります。ご注意ください」
「ありがと、お勤めご苦労様」
そう言ってクレハは、迷うことなく扉を潜って行った。
彼女が扉から5メートルも離れれば再び扉は閉じ、二人は元のポジションに戻っていた。
(二体とも機械人間の警備か……、先の事件でこの区域も人手不足の様ね)
普段の警備態勢なら機械トラブルなどを防ぐために各門に人間一人とアンドロイド一体の二人一組が定石なのだが、さっきの出入口にいたのは二体ともアンドロイドだと行動と言動のパターンからクレハは悟る。
アンドロイドは、高い自立した人工知能と戦闘能力を持つ強力な兵器と言えるが、まだ人の手無しでは不安要素が多いのもまた事実。しかし、手を離さなければならないほど、今この周辺区域は追い込まれている様だ。
「猫の手も借りたいとはこの事かしらね」
「確かに人手不足で猫の手も借りたい事態だが、俺なら機械の体を幾らでも出せるぞ」
扉を潜り数百メートル歩いたところ、一人の青年がクレハの眼前に立った。
黒い短髪と眼鏡をかけて纏う白い白衣には角が離れた菱形の枠の中で目一杯に茎と根を伸ばす樹木のマークが描かれている。
「あなた……、フラグメントの研究員ね?」
「ああ、第45番支部部長の瀬崎浩平だ。よろしくな」
そう自己紹介したいかにも研究者といった風貌の彼は、白衣のポケットから出した右手をクレハに差し出し、握手を求める。
「第47番支部所属、独断戦争よ。こちらこそよろしく」
名乗りと同時に右手を出し握手も返す。
そしてその瞬間、瀬崎浩平の眼の色が変わる。
ーークレハには分かっている。それが研究者の探究心が高まったというサインであるということが。
「ほう、お前が先日の事件を一人で片付けたという独断戦争か」
そう言いながら彼は握った手を一瞬強く握ったのちに離れたその右手を白衣の中に入れる。
恐らく、握手の間合いより、一歩下がった目線から全体観察をしようという心理が働いているのだろう。
「……まあ、大したことじゃないわ」
「そう謙遜するなよ。お前は機関にたった八人しかいない最高戦力の一人なんだからな」
境壊対策機関のメンバーの内、最高戦力と呼ばれる八人。
その名の通り対ペネトレーター戦において最も貢献する戦力となる、とされるメンバー八人のことで、クレハはその内の七番目にあたる。ただし、あくまで最高の『戦力』となるということであって、必ずしも戦闘能力がずば抜けて高いわけではない。
もちろん、それも個々の戦力として評価されるが、それ以外にも戦場に武器や戦力を開発・提供できる技術力なども評価の内に入る。
クレハは数十体のペネトレーターを無傷で殲滅するというその高い戦闘能力を買われ、最高戦力の席に着いたが、最高戦力というには組織的な動きに役立つものかといえばそうでもない。
「そんな肩書き……、ない方が自由でいいわ」
「そりゃ、隣の芝生は青いってやつだ。贅沢言うなよ。周りの奴らからは尊敬と憧れの眼で見られるそれでいいじゃないか」
「その眼が枷になるって言ってるの」
「そんなもんかねぇ」
「そんなものなのよ」
一連の会話を終えると白衣姿の男は顎に指を添えて考えるそぶりをする。彼なりにクレハの視点とクレハのいうことの意味を考えているのだろう。
「ま、いいか。作戦について詳しく説明する。ついて来てくれ」
そう言い終わりながら瀬崎は踵を返し、クレハの返答を待ちながら警戒区域の奥へと進んでいく。
自分勝手な人間だ。というのが正直な感想だった。だが、常に現代の技術を凌駕する技術を求める彼ら研究者とはこういうものなのかもしれない。というか絶対そうだ。クレハの上司に当たる研究者の久世美里だって結構なマイペースだ。
ーーよく考えたら慣れたことだった。
「……はいはい」
ただ、一回くらいはため息をつかせてもらう。
「……はぁ」
瀬崎について行くと目の前に現れたのは天を指す数多の摩天楼の内、目立って大きいわけでもない一つの廃ビルだった。
「今回の再現実験はこのビルの三階を使う。お前には……」
実験の中心地となる7階建てのビルに指を指し、その後を弧を描いて隣のビルの屋上に指先は移る。
「あのビルの屋上で待機してもらう」
隣のビルは実験場よりやや背が高く10階建てで、周りのビルと調子を合わせるように荒廃している。
「あら最高戦力って讃えてた割には、結構遠くに追いやるのね」
「誤解するな。別に手柄を独り占めしようってわけじゃない。今回の作戦は、俺たち45番が取り仕切ることになってるんだ」
それは知っている。45番支部といえば、この区域を含めた周辺都市などの管理・警備を担当する40番台支部の中でも最も研究者の数が多い支部だ。
今回の事件。装置の異常か、それとも何か別に仕掛けがあるのかは分からないが、それを暴くには45番支部に任せるのが一番だろう。
「そんなこと分かってるわよ。私が聞いてるのはなんで戦力を手元に置かないのかってことよ」
「実験を行う三階は45番支部が計測機器なんかも置くからスペースがない。万が一ビルの崩壊が起きるようであれば、他の階に待機させていた場合危険だろう? だから、あえて遠くから観察して状況に応じて上からでも下からでも遠くからでも援護に来て欲しいんだ」
「……ペネトレーターがあんた達の眼の前に現れた場合、私たちはすぐには助けられないわよ?」
「まあ、アンドロイドの数体くらいは中に配置してある。少しはもつさ」
そう言った白衣の青年の顔は得意げに見える。
推測するにその配置するアンドロイドというのは彼か彼ら45番支部が造った自信作か何かなのだろう。
ーーだが、本当にそれでペネトレーターの軍勢を相手にできるのかは不明だ。
(……この状況で油断してる? 呑気なやつね)
瀬崎は白衣の袖を数センチ捲り上げ、右手に付けられた腕時計を見る。
「もう他の支部の奴らも集まる頃だな。30分後に始めよう」
「……分かったわ」
日の出は終わり、東日は和らいだ。
ただ、割れたガラスの様な空の後ろに隠れた太陽が、満足に地を照らすことはなく。暗い昏い白昼の夜が少しの間、荒廃したこの世界に夜を与えた。