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9節 唄う少女

 夕飯は3人とも楽しく会話をし、エリナも笑顔だったが、昼の時と異なったのは、リードがイノに対し素っ気なくなっていたことだった。リードから話すことはなく、愛想ない表情になっていたのがエリナには気になっていたようだったが、訊いても「なんでもない」と答えるだけだった。その割にはイノは特にこれといった変な様子はみられなかった。

 明日はサドアーネを案内するとエリナは提案し、イノは賛成した。夕飯後、風呂を済まし、全員各部屋でベッドに寝着いた。リードはなかなか寝付けなかったが、列車での旅を含め、疲れていたので次第にすやすやと眠った。

「……」

 夜中の2時近く、突然イノが起き上がり、外へと出る。


 悲哀の獣の塔。そこにイノはいた。

「……幽霊出るのかな?」

 半ば楽しそうな表情で塔へと近づく。すると、あることに気が付いた。

「……お、なんだこれ」

 見てみると塔の石壁に何か黒いものがゆっくりと動いていた。

「アメーバみたいだなぁ。粘菌かな?」

 イノはまじまじとそのアメーバみたいな粘り気のありそうな黒い物体を見続ける。粘菌にはアメーバ体という時期があり、比較的活発に移動するそうだが、流石にここまでわかりやすく動いてる粘菌なんてそうそういるものなのか。

「……あ、ここにもいる。お、あっちも」

 見渡せば見渡す程、壁や地面、木の幹など、至る所に黒い物体が発生していた。

「どこから湧いてきたんだろうこのまっくろくろすけ」

 その時、近くからガサガサと何かが来る音がした。しかし、イノは隠れようともせず、そばで活発に動いている黒い粘菌をつつきながら、ただそこに立っているままだった。

「……人だ。来たら危ないんじゃなかったっけ?」

 しかし、よく見ると、訪れてきた数人の服装が普通のとは異なり、雀蜂対策用に似た全身武装のような姿だった。暗い為か、イノの存在は誰も気が付いていない。

『おーおー、たくさん湧き出ているなぁ』ひとりが他の人に話しかける。野太い声だ。

『どんどん回収しちまおう。こんだけいることだしなぁ』もう一人の男が言う。

『でも、最近やたらと増え続けている。どうしてなんだろうな』

『いいじゃんか別に。たくさん回収できればなんだっていいさ』

「……回収ってこのまっくろくろすけのことかな?」

 イノはその人たちの様子を近くで見続けた。次々と動く黒い物体は何かの装置に吸い込まれ、収納ボックスらしき大きな箱に入れられる。


『……よし、これだけ集まりゃ充分だろ。撤退するぞ』

 誰かにばれないようにしてるのか数人の男たちはそそくさと帰っていった。

「なんだったんでしょうね……ん?」

 イノは先ほど黒い物体がいた木の幹を見た。木の幹がそこだけ腐食していた。

「……へぇ、だからか」

 イノは何かに納得したのか、そのままエリナの家へと帰ることなく、森の中の木の根元で身を倒してぐっすりと寝付いた。


       *


夜が明け、日が昇る。イノは森の草の上でぐっすりと眠っている。

 しかし、突然、イノは目を覚ました。

「……なんか聞こえる」

 静かな森の中、どこからか歌声か聞こえてくる。小鳥のように透き通った歌声。

「塔の方からだ……」

 イノは眼を擦りながら塔へと向かう。


 森を抜け、塔が聳える広間に出る。8階建て程の高さを誇るその塔からは何かの神秘を感じる。

「塔の中からか」

 イノは塔の中へ入る。


 見た目も随分と廃れている獣の塔だが、内部も相当な廃墟と化しているあまり、雑草や葉が生い茂っている上、蔦が蔓延り、瓦礫も混じり、蜘蛛の巣も張っている。壁も所々崩れており、少しだけ薄暗い中、開いた穴から日が差し込んでくる。

 閑静で広い空間。そこは外よりも静かだった。

 そんな静寂の空間にひとつの唄が聞こえてくる。そこにはエリナがいた。

「あれ、エリナさんだ」

 イノはエリナに近づくも、彼女はイノに気が付いていないようだ。

 きれいな唄だなぁとイノは呟き、瓦礫の岩に座り、唄を聞き入った。




 Was ki ra qwitte laa yorr yaha yanje art nasya.

(あなたがずっと笑顔でありますように)


 夜が来るその度に 私は寂しいと笑う


 かけがえのない思い出は 悲しくも淡く輝く


 あなたが居ない日は とてつもなく冷たいの


 Was quell gagis presia accrroad ieeya.

(でもどうか希望を与えて欲しい)


 あなたと過ごした日々


 別れを告げる 過ぎ去った想いに


 それでも私は 忘れることなんてできない


 Was ki ra qwitte laa yorr yaha yanje art nasya.


 涙零れてゆく


 瞬く星空を仰ぎ 変わらぬ笑顔を願う


 大切な想いすべて あなたに見せたい


 Was ki ra qwitte laa yaha yanje ware yos erphy.

(あなたの思い出の中の私が笑顔でありますように)


 時流れてゆく


 この手がふれあえなくても この声が届かなくても


 心は傍にいるよ ずっと、ずっと


 Was ki ra qwitte laa yorr yaha yanje art nasya.




 唄が終わり、再び静寂を迎える。

 エリナはイノの存在に気が付き、びっくりする。それだけ唄の世界に入り込んでいた。

「うわぁっ! い、イノ! いつのまにいたの?」

「はい、唄声が聞こえたので様子を見に来ました」

「そ、そうなんだ……え、と、とりあえず、おはよう」

 驚きがまだ続いてるのか、ぎくしゃくとしていた。まさか人に聞かれるとは思わなかったのだろう。

「おはようございます」

「で、その……唄、どうだったかな?」

 エリナは恥ずかしげな表情で眼を逸らし、身体をもじもじとする。

「とっても綺麗な唄声でしたよ」

 すると、ぱぁっと笑顔が戻り、嬉しそうに笑った。

「ホントに? えへへ、嬉しいなぁ」

「その唄ってフィルさんへの唄ですか?」

「うん。言語や民謡はフィルが教えてくれて、この塔でいつもいろんな唄を唄ってたな。毎朝この塔に来て唄ってるの。フィルへ届くようにって」

 届いてるかなー、とエリナは上の天井を見て呟く。

「届いてますよ。エリナさんの声、透き通ってますから」

「そ、そんな風に直球で言われると少し恥ずかしいよ」

 エリナは顔を少し赤らめ、顔を逸らす。イノは「?」を頭に浮かべていた。

「そういえば、フィルさんって銀髪ですか?」

「え? ええ、そうだけど……?」

突然の問いにエリナは戸惑った。

「やっぱりあれはフィルさんだったのかな?」

「え、どういうことなの?」

フィルという言葉にさらに疑問を抱く。

「僕らがエリナさんの家に来れたのは銀髪の青年が案内してくれたからなんです。エリナさんの家の通りについたときにはもういなかったですけど」

 一瞬、エリナの眼が大きくなる。だが、現実を見たかのように、少し俯いた。

「そう、なの……でもフィルはもう……」

「でも、見えたんです」

「…………」

「それが亡霊であれ、なんであれ、フィルさんは今でも、エリナさんを見守っていると思いますよ」

イノは微笑む。早朝の光で、その笑顔は輝いていた。

「……うん、そうかもしれないね。ありがとう」

 エリナは優しく微笑んだ。

「あ、エリナさん。朝食はいつですか?」

「え? えーと、帰ったらつくるつもりだけど……あ! そうだった。採りたての木苺のジャムを作るって約束してたね」

「それです! それを思うとおなかがすいちゃって」

「あはは、本当に楽しみにしてたんだね。なんだか嬉しいな。それにしてもイノって結構食いしん坊だよね。夕飯もがっつり食べてたし、無くなるんじゃないかと思ったよ」

「食べるのが大好きですから」自信満々にいった。

「ふふ、じゃあ特別にスコーンもつけちゃおう」

「スコーン? なんですかそれ」

「えっと、外はさっくり、中はふんわりとした焼き菓子だよ。この街で人気のお菓子なの」

「それもおいしそうです」

「うん、イノもリード君もきっと気に入ると思うよ」

「そうですね」

「リード君、今でも寝てるかな。起きていて誰もいなかったら焦るよね」

 エリナが少し心配し始める。

「大丈夫ですよ。疲れてるからぐっすり寝てるはずです」

 何の根拠もなく、イノはそう言った。

「じゃあ、帰ろっか」

 ふたりは塔を後にする。早朝の風は少し寒く、しかしほんのり温かかった。


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