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8節 憤怒

 その後、泣き終わった彼女にはいつもの笑顔が戻っていた。しかし、それが無理している様にもみえ、リードは心が痛かった。

「じゃあ夕飯でも作るから、ふたりは二階の空いてる部屋でくつろいでいいよ。できたら呼ぶね」

 エリナはそういい、夕飯の支度をする。イノとリードは部屋へと向かう。

 質素な部屋だが、整った空き部屋だった。掃除もされているのか、埃ひとつなかった。

 イノは「やった、ベッドだー」といってベッドにバフッと身を任す。リードは傍の机の椅子に腰を下ろした。

「ここにベッドひとつしかないからリードは隣の部屋ですね」

「そうだね」

リードは少し暗い顔でそう答えた。

「元気ないですよ。大丈夫ですか?」

「……なぁイノ」

「はい?」

「……エリナさんのこと、どうにかなんないかな」

 まるで自分のことのようにリードは悩んだ様子でイノに尋ねる。

「エリナさんのことって?」

「ほら、エリナさんが最後に言ってた願いとか、借金のこととか」

 イノはうーん、と言い、寝返りをする。そして枕に顔を埋めて、

「どうにもなんないですね」

 と素っ気なく言った。

「どうにもなんないって、でもこのままじゃエリナさんが」

「塔を売ったってまだ足りないんでしょう。でも売る気はない。そして身を引き渡すことになる。これって塔を売る売らない関係なしにエリナさん、人身売買されちゃいますね」

「そ、そんな風に言うなよ。なんとかなんないのかよ」

「お金関係じゃどうにもならないです。それに、あれはエリナさん自身の責任です。フィルさんは死を覚悟していたのにエリナさんは自分自身の都合で手術を受けさせた。それがなかったら今の厳しい生活を受けることもなかったし、もう少し長くフィルさんと過ごせたはずですよ。自業自得ですね」

 すると、ガタッとリードは立ち上がり、キッと睨む。

「そんな言い方すんな! いくらなんでもひどく言い過ぎだろ!」

 しかし、イノは再び寝返りをし、仰向けに寝転がって眠そうに言い続ける。

「でも事実ですよ。お金については僕もあまりわからないのですが、僕らが思う以上にお金は重たく、どんな私情があれ、どんな事情があれ、お金はそれを押しつぶす。エリナさんはきっと手術に賭けたのでしょう。しかし失敗して、借金を負った。これを批判するのは身勝手だと思いますよ」

「だからといって、そんなに冷たく言う必要はないだろ! 可哀想だと思わないのかよ!」

「可哀想だと思うことが可哀想ですよ。それに、エリナさんの願いは残念ながら叶いません。フィルさん、もうこの世に居ませんもん」

 すると、リードはイノの胸ぐらを掴み、思い切りイノの左の頬を殴った。子供なのでまだそこまで力はなかったのか、痛そうな音はしなかった。

「いい加減にしろよ! おまえは人に対する思いやりとかないのかよ! なんとかしようって思わないのかよ!」

 リードは叫ぶ。しかし、イノは平然としていた。

「思いますよ。気持ちはリードやエリナさんほどではないですが分かります。でも、リードのその分かる気持ちやなんとかしたい、エリナさんを救いたいという気持ちは目の前の現実に打ち勝てますか? 世界に、勝てるんですか?」

「勝ってやるさ! 何が何でも!」

リードはイノから手を放した。その眼は強くイノを見た。

「どうやってですか?」

「お金を何とかする!」

「どうやってですか?」

「は、働いて返す」

「リードも協力するんですか。エリナさんの為に?」

「ああ! それで、他の人にも協力してもらって」

「うーん、いますかね、そういう人」

「い、いるさ! なにもしないよりやった方がいいだろ!」

「それはちょっと難しいですね」

「……っ、うるせえ! だったらそうやってイノは逃げるのかよ! いつもの旅みたいに!」

 リードは怒鳴り続ける。イノはきょとんとした表情で話を聞く。

「イノが寝てるとき列車でアウォードさんから聞いたよ! あんな生き方は逃げてるとしか思えないって! 結局おまえも逃げてんじゃねーか! 仕方ない仕方ないって、どうにもなんないって諦めて! そんなこと勝手に決めつけて面倒なことと関わらないようにしてんだろ! おまえみたいなやつがいちばん弱くて情けねぇよ! この負け犬!」

「……」

「おまえなんか大っ嫌いだ!」

 リードはすべて吐き捨てたのか、息切れをしながらイノを睨み続ける。しかしイノはぽりぽりと頭を掻くだけで、怒ることなく、悲しむことなく、ただいつもと変わらぬ呑気な表情を保っていた。

「そうですか」

「……なんだよ、なんか言い返すことはないのかよ……!」

 そのとき、下の方からエリナの声が聞こえる。夕飯の支度ができたようだ。

「…………」リードは無言で部屋を出る。

「…………」イノはベッドから起き上がり、窓から見える夜の景色を一瞥した後、一階へと向かった。


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