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7節 悲哀の獣の塔

 外は快晴。だが眩しすぎず、日陰も多い為か、そこまで暑く感じない。

 イノとリードはエリナと一緒に人気の少ない街中を散歩していた。

「どんなところなんでしょうね」

 イノは少し浮き浮きした表情で言う。

「ふふ、それは見てのお楽しみだよ」

 エリナは微笑む。

 歩いて5分。森のような緑の生い茂った場所へと着き、そこにあった錆びついた鉄檻の小さな門が穏やかにただずんでいた。

 その開いたままの門を抜け、森の中を歩く。木洩れ日が流れるように森の中に光を射し、鳥の鳴き声が耳に透き通る。

「こんな気持ちのいいところあったんですね。ここで昼寝でもしたいですね」

「イノって本当に昼寝好きだなぁ」

 リードは笑って言った。

「そうですか?」

 イノは自覚していないかのように首を傾げる。

 乾いた土を踏みしめながら3人は談笑する。道はあるようで、雑草は斑に生えていながらも歩く道は把握できた。辺りを見渡せば草木が生い茂った、まるで山奥の森の中にいるような気分に浸った。静かな上に明るい。とても水の都にある場所とは思えない。

「そういえばイノって『エーデルの町』を通ってここに来たんだよね? てことは『獄龍の爪痕』を途中で見たと思うんだけど」

「なんですかそれ」

「とても大きくて底が見えない程の大渓谷だよ」

「あ、それなら見ました。あれなんですか?」

「数千年前にここオルトブレイス大陸の中央に突然できた大きな裂け目だよ。その裂け目を基準にいろんな地方やそこにある国の国境が出来たの」

 イノは「へぇー」と関心を示す。

「突然できたってすごいですね。どうやってできたんですか?」

「巨大な地震と共にできたから大陸プレート同士が離れたことでできた大地溝だっていわれてたけど、近年の調査でそれが間違いだったらしくて、そもそもこの大陸ってプレート一枚しかなかったという事実が明らかになったの。それに、内部からの作用はなかったって」

「なるほど、さっぱりです」イノは納得した顔できっぱりと言った。

「えーと、つまり自然災害でできた地形にしては不自然過ぎるの。科学的根拠もないから確信のある説明もできない。簡単に言えば不思議現象なの」

「なるほど、不思議渓谷ってことですか」

 ふむふむと納得する。今度こそ理解したようだ。

「うん、まぁ、そうだね」

「俺聞いたことあるぞ。そういう科学系はわからないけど、『獄龍の爪痕』って渓谷の形が龍の爪痕に似ていることからそう名付けられたんだろ? 伝説じゃ地の底から地獄に棲む獄龍が大地を引き裂いて這い出てきたって話だし、それに轟音も凄まじかったって。それがまるで地獄の底から出てきた獄龍の咆哮のようだって」

「へー、ホントにあるかもしれないですね。でも、大陸移動とかの内部の作用じゃないなら外部からの影響かもしれないですよ?」

 イノの言葉にふたりは「え?」とイノの顔を見た。

「まさか、それはないと思うよ」

「イノ、それは言い過ぎだって」

「えーそうですか?」

「だってあの大渓谷、何百キロもあるんだよ? あんな大穴を作れるほどの技術、今の時代どこにもないよ」

「じゃあ生き物でそういうのは?」

「もっと有り得ないよ。いたら世界滅ぶじゃん。もしいたとしてもなんでそんな大穴作ったんだよ」

「う~ん、そうですか」

 イノは腑に落ち無いようで頭をぽりぽりと掻き続けていたが数秒後「まぁそういうこともあるか」と考えるのを止めた。

「あ、そろそろ着くよ」「お、なんか見えてきた」

 森を抜けると、大きな広間に出た。森の中にぽっかりとできたその空間には草花が咲き誇る一方、土がはだけているところもある。所々には岩が転がっており、生い茂った樹もあれば枯れ果てた樹もぽつりぽつりとある。

 なにより、目の前には大きな古い塔が何も語ることなく、だがなにかを訴えかけるようにその広間の中央に聳え立っていた。

「うぉー、すごいなーっ」

 イノはその塔を見上げ、感嘆の声を出す。

「塔ってこれのことだったんだ」リードも同じように塔を見上げ、呟いた。

「うん、ここの街の人でもあまり知られていない場所なんだよ。まー、見ての通り廃墟だから知っている人でも噂じゃ幽霊塔って呼ばれてるの」

「幽霊でるんですか?」

 イノが嬉しそうに訊く。目が輝いていた。

「うーん、私は見たことないからわからないけど、夜になるとその塔に近づいた動物がそこに棲む亡霊によって魂を抜き取られて、朝には跡形もなくなるっていう話があるの。その真相をつきとめようとした人も塔に向かったっきり帰ってこなくなったらしいの。明るい時に様子を見にいったらその人たちの服や持ち物が落ちていたんだって。だから夜には誰も近づかないようにしてるの」

「ちょ、エリナさん、怖い話は勘弁してよ」

「あれれ? リード君男の子なのに怖いの苦手なのかな?」

 エリナがイタズラっぽい笑みでリードをからかう。

「そ、そんなんじゃないよ! 俺に怖いものなんかないさ!」

「ほんとかな~? じゃあもっと怖い話しちゃう?」

「や、やめろって、そんなん聞いたら眠れなくなるだろ!」

「あれれ、さっきと言っていることが違うぞ~?」

「あ、ち、違う! 今のは……え、と」

「怖くて眠れなかったらエリナお姉さんと一緒に寝てもいいんだよ?」

「なっ、そっ、それは」

「にっひひ~、顔赤くなってる」

「う、うるさい! からかうなよ!」

 ふたりのやりとりを見てイノは「はは」と笑う。

「あはは、リード君反応がおもしろいからついからかっちゃうよ。あ、この塔はね、時計塔でもないし、鐘もあるわけじゃないの。何もないから、何のためにあるのかわからないってこの塔の存在を知ってる人は言うけど、私は彼から聞いたから知ってる」

「何のためにあったんですか?」イノが聞く。

 エリナが塔を見上げ、感慨深く話す。

「この塔って『悲哀の獣の塔』と昔から呼ばれているの」

「どうしてなの?」リードが聞く。

「大昔、この土地は飢えていたらしいの。でも、そこに大地の神様が現れて、貧しい人々に食料を与え、やがてそれは儀式を行うごとに与えられるようになった。だけど人々はある程度豊かになっても欲を出して、その神様を殺しちゃったの。その神様は人々の技術で無限に食糧生産できる機械に変えた。人々はより豊かになり、国ができ、それが大国となってどんどん進歩していった。だけどある日、死んだはずの大地の神様が生き返ったの。神様は人々の利己的感情とその欲深さ、そして自分を殺したことに怒り、人の姿から獣の姿に豹変して天罰を下した。繁栄し続けた大国は一日もしないうちに滅び、神様は人々を喰い殺し、殆どの人間が命を失った。

 だけど、いちばん貧しかった利己的でない一族がいて、その一族は欲に溺れていない故に神様に殺されることはなかったけど、そのかわりに力を使い果たした神様のお墓を作ってほしいと頼まれたの。『この悲劇を作ったのは人間だ。この悲劇を忘れぬために、我の悲しみを忘れぬために、この地に塔を創れ。この悲しみを、戒めを忘れてはならない』そう言い残して、神様は涙を流してその命を絶やした。その一族はもう二度とこのような惨劇がないように、神様の願いのために、そして、国民の供養も含めて大きなお墓、つまりこの塔を建てたの。あくまで神話だけどね」

「この塔にそんな話があったんだ……」

「その生き残りの一族の末裔がフィルなの。白銀色の髪と黄色の瞳がその一族の証。私と彼は恋人同士だった。永遠の愛を誓ったの。だけど……」

「だけど……?」

 リードの問いにエリナは少し躊躇ったが、震える口で精一杯言葉をひとつひとつ出していく。

「だけど、フィルは病にかかったの。不治の病だった。何処の医者も初めて見る症例だって口をそろえて言った」

「どんな症状だったの?」

「最初は神経麻痺で、次第に物は掴みとれなくなって、上手く歩けなくなっていった。失明もして、日が経つごとにどんどん身体が衰弱して……。でも彼はこの病気を受け入れていて、死も覚悟していた。でも、私は彼がいなくなることに堪えれなくて、頼れる医者を探し続けた。そしたら、有名な医者を紹介するってある大きな会社の人が紹介してくれたの」

「それが、あの人たちなの?」

 エリナはこくりと頷く。イノは大きな欠伸をし、目を擦る。

「うん、確かデクト財閥といって、医療や軍事の企業と関わり合っている巨大企業らしいの。その代表格のデクトという人が今日直々に来るなんて思ってもいなかったよ」

「え! あのちっさくて偉そうな怒鳴り男が社長?」

「……それを本人だけじゃなくて他の人にも訊かれたら大変なことになるからあまりいわないようにね。でも、不治の病を治せる医者を紹介された以上、私はその希望の光に頼りすがった。その代償が一生かけても払えないような金額だとしても」

「それで……」

「……手術は失敗。瀕死になった彼は入院されることなく、私のもとへ帰ってきた」

「入院させてくれなかったの? なんで?」

「やっぱり白い髪と黄色い眼が不気味だったみたい。世間から差別対象にされてた。でも、私にはそんなこと関係ない。それに、入院しなくてよかったって彼が言ってたの。私も同じだった」

「どうして?」

 エリナは一呼吸を置き、泣きそうな表情になる。

「彼の最期を見届けることができるから。フィルも私の傍で最期を迎えたいって……そして夜、塔の最上階で、彼は……」

 エリナの目からは涙が流れていた。風が優しく撫でるが、それでも涙は止まらなかった。

「ご、ごめんなさい、こんなこと聞いて……」

泣いているエリナに焦りを感じ、リードが申し訳なさそうに謝る。イノは彼女を見ることなくただ塔を見るばかりだった。

「ううん、いいの。こんなこと、今まで誰にも話してなかったから」

 エリナは涙を拭い、話を続ける。

「彼が死んでもそれで終わりじゃなかった。残ったのは彼の診察料と手術代。とても払いきれるものじゃなかった。お金があまりなかったから私はいつもよりも働いてお金を稼いでは返済して……二年過ぎたけどそれでも全然足りない」

「それで、あの人たちが来てたの?」

「うん、一か月ごとに訪問してきて、間に合わないからこの塔を売ってくれって言うばかりで……当然、私は断り続けているよ。この塔はフィルの形見なの。この塔にはフィルが眠っているの。どんなことがあってもこれだけは手放したくないの」

「そうだったんだ……」

「フィルが言ってた。『この塔は人の手に渡ってはいけない。この塔は何があっても守らなければならないんだ』って。だから、私はこの塔を守るの」

「それで、イノのことフィルって言っていたのは……?」

 すると、エリナは顔を少し赤くし、俯きながら、

「イノが……フィルに似ていたから……」

 リードはエリナとイノが初めて出会った瞬間を思い出すように視線を変える。あのときのエリナの顔は本当にうれしそうだった。

「……でも」

「うん、フィルは二年前に亡くなった。でもそれがいまだに信じられなくて。だから、もしかしたら生きているんじゃないかって思ったりするの。馬鹿だよね私。私の傍で、目の前で旅立っていったのに、まだ生きてるなんて錯覚しちゃって」

 声が微かに震え、エリナは必死に泣くのを堪えている。だが、流れる涙は止まらないまま。

「たった一度だけでいい。フィルに会いたい。ふたりでもう一度、塔のてっぺんで星空を眺めたい……っ」

 エリナは泣いていた。堪えるように泣く様子はリードには苦しかった。イノは静かに目を瞑っていた。

 彼女が泣き止むまで、イノとリードはそこに居続けた。淡い風に髪を靡かせながら。


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