ZERO・START
例え話をしよう。
そこには一冊の本が置いてあった。それはとても分厚い年代記。
歴史の真実と、この先の未来が委細に記されている大きな本。真実を知りたい者、未来を知りたい者は当然、その本を求めるだろう。
それだけではない。ひとつひとつの生命、物質、それらが作り上げた文化や環境、そして思想。それらもひとつひとつが事細かに、まるでデータの様に膨大に記録されているとしたら、その本の中にひとつの『世界』が出来ていると言えるのではないだろうか。
本は「世界」であり、文字の配列を形成している文章は「運命」という命令文で構築されたシナリオである。
本は誰でも著作でき、いつまでも、どこまでも限りなくその想像を膨らませられる。そうやってできた本がどのぐらい存在しているのだろうか。あり溢れた書冊の中の一冊のほんの一頁、それが私たちの生きている時間。つまり、ひとつの存在の一生なんて、ちっぽけなもの。それがどう改編されようと、この莫大な文字量の前ではなんてこともないだろう。
その本を書いている者たちを文章の中の登場人物たちから見れば何と呼ばれるか。紛れもなく、「神」と呼ばれるだろう。だが、「神」様が「世界」を描く偉大な存在であろうと、所詮は「著者」として扱われる。では、その「著者」たちから崇められる「神」はどれだけ素晴らしいものなのか。
そんなもの、知るわけがない。
ただ、世界は本の中で描かれた物語だと例えられるのではないかと話しただけだ。
それ以上の答えを求めるなら、自分が「著者」になればいい。好きな物語を好きなだけ書けるのだから。
「本気で仰っているのですか? そんなこと、赦されるわけがないでしょう!」
「何を言っている。こんな『場所』があるから我々は変われないのだ」
「何故、そこまでして変わりたいのですか。今のままでも不自由はないはずです」
「こんな毎日を何年も、何千年も、何億年も繰り返せと言うのか! 縛られた運命は我々に進化を与えない。ならばこちらから鎖を破るしかないだろう。変わらなければ何も始まらない。存続維持は次第に衰弱し、頽落していく。このまま断絶の結末を辿りたいというのか貴様は!」
「何が起こるかもわからない、そんな得体の知れない思想の領域に浸れと言うのですか。過ちを犯せば、この『場所』はすぐにでも消失してしまうかもしれないというのに! それでも、あなたは『禁忌』を犯すのですか!」
「このまま滅びゆく運命を辿るなら、可能性のある『希望』に挑戦した方が断然良い! 貴様は不可解に恐れすぎだ。そのようでは『我々』の『王』は務まらぬぞ。ただこの世界を平和に支える管理人を演じるぐらいなら今すぐこの世界から立ち去れ!」
「あなたは身勝手過ぎます! 退屈しのぎの為に命を巻き込む娯楽に手を出すなんて、そんなの――――」
「貴様の頭は腐っているのか! これは遊びじゃない! 世界を含む我々の存在が絶滅しない為の生存法なのだ! この『場所』を『無』にしない為に! 我々の存在が今ここにあることを証明する為に! それらをこの先の者たちに受け継いでもらう為に! 私は実行するのだ」
「しかし、だからといって……
――現創造主の私を殺し、この世界を一度『零』に還すなんて、やはりどうかしています!」
「我々の革新と存続の為だ。矛盾はしているが、それしか方法はない。一度リセットするしかないのだ」
「どうしてそこまで……」
「どうして? 変わりたい、いや、変わらなくてはならないのだとそう何度も言っているだろう。努力して何かを得る者や美を追求する者。彼らは何故そんなことをする? ……自分を変えたいからだ。己を変えようと足掻いている。そんな彼らの終着点、求めた先の究極が『死』、つまり『無』だ。そして一からやり直す。醜い芋虫から動かぬ蛹になり、一度全細胞を破壊し、組織から作り変え、美しき蝶へと羽化する。それと同じだ。生まれ変わる為に、この世界を一度殺し、彩りのある美しき世界を創るのだ」
「それが、あなたの本音なのですね。それが善処なる方法なのかは、肯定しかねませんが……」
「己のしていることが善だとは主張しておらん。禁忌であろうと、絶対悪であろうと、我々の願いを私は使命として果たすのみ」
「失敗すればそれで終わりなのですよ! あなたのその願いだって叶わないかもしれないのですよ!」
「それで終わるのならそれでいい。だが、何もしないという選択が一番嫌いなのだ。そして、莫大な希望を望むならそれだけの『賭け』が必要だ。一か八か。面白いではないか!」
「あなたは狂っています。私は赦しませんよ。このありのままの世界を守る為に! 『無』という終焉をあなたなんかの手で迎えさせません!」
「これは『終わり』などではない! 『始まる』のだ! 『零』から無限に産み出される、新しい世界がなァ!」
INCUBATE FROM APOTOSIS
そして、物語は始まる―――




