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20節 遥かな世界へ

「――もう、行っちゃうんだね……」

 エリナは寂しそうに言った。

 水の都サドアーネの港。一隻の白い漁船が桟橋の傍に留まり、静かに青い波が揺れる。

デクト財閥による巨大生命復活の件から三日が経ち、巨大生命による地割れ等の地震被害はこの街に傷跡を残し、数十軒に及ぶ建物の倒壊、死傷者も人口の五分の一を占めた。

 この震災勃発事件の主犯であるデクト財閥の社長デクト・ランジェルは雇用兵と共に自警団のひとつ「非営利結社防犯自警団」、通称「罪狩り」に逮捕され、デクト財閥の解散、デクト自身は監獄送りにされた。元「罪狩り」のアウォードは今回の功績を称え、寄付金が貰えた上に、「罪狩り」入社の

誘いが来たが、アウォード自身は未だ答えを出していない。その本人は今、サドアーネの病院で治療を受けている。

 「悲哀の獣の塔」の地下から発生した古生代巨大生命、学名「Hyumanos-Mantoria」の生態については個体ごとに姿形が異なる以外未だわかっておらず、地面から植物のように生えた左腕一本しかない蟷螂狼頭の黒い巨人は石のように硬化しており、だが中身は骨粗鬆症の骨のようにスカスカしていたらしい。塔は倒壊の恐れと、塔に住む新種の黒いカビの夜行性による凶暴化の被害の危険性があるので原則立ち入り禁止となった。

 この三日間でエリナの知った情報はこのぐらいだが、ひとつ気になっていたことがあった。

「――はい、もう十分に満喫しましたんで」

 アウォードを始め、エリナやリードも一時は保護され、半日ほどいろいろと事情を訊かされたが、イノのことだけ何も取り上げられていないのである。まるで、存在していなかったかのように。

 しかし、何はともあれ、解決した出来事なのだから、わざわざ気にする必要はない。

エリナはそう考えた。

「リード君はこのあとどうするの?」

「うん、ひとりでエーデルに帰るよ。この街で起きたこと、お母さんに全部話すんだ。イノのことも、エリナさんのことも、アウォードさんのことも」

 少年のリードの顔や体は傷だらけで絆創膏や包帯等が巻かれていたが、その表情は純粋にうきうきとしていた。

「一人で帰る間にフルボッコにされそうですね」

「やめてよイノ、冗談でもない」

 リードはゾッとした表情をみせる。

「あ、そういや赤髪ちゃんは入院中だから来てないんですね」

「でも、みんなでお見舞いに行ったんだからいいんじゃない? そのときにお別れも言ったんだし」リードはそう言った。

「そうですね」

「せっかくなんだ、もうエリナと結婚しちまえよ旅人さん」

 エリナの小さいころからの友達の漁師サルフが茶化す。

「ちょっ、サルフ! 恥ずかしいからそういうことは言わないで!」

「あっはっはっは! こいつはホントわかりやすい! 顔真っ赤だぞ」

「結婚か~、ずっと一緒にいるってのもいいですね」

「……へ?」

 エリナが顔を紅潮させたまま唖然とする。

「でも、やっぱり僕は旅を続けようと思います。一緒に居られないのはさびしいですけど、やっぱりやりたいことは続けたいです」

「……そ、それもそう、だね。だけど……」

 少しだけ期待していたエリナだが、少し寂しそうな顔を浮かべる。

「大丈夫ですよ。これでさよならってわけじゃありません。またいつか、ここに来ますんで」

「え……それって、ほ、本当?」

 寂しそうな顔から嬉しそうな表情へと変わった。

「はい! またいつか、みんなで会いましょう!」

 イノは満面の笑みをエリナに向けた。それを見て涙が出てきそうになる。

「おっと? おいおいエリナ~、おまえ泣いてんのか?」

「な、泣いてなんかないわよ! ちょっと最近涙脆くなっただけ……」

「あっはは……じゃ、僕はこれで行きますね。おサルさん、お願いしますね」

「だから俺はサルフな! 酷いニックネームだぜ全く」

 サルフは先に白い漁船に乗り、操縦室に入る。イノもついていくように船に乗ろうとした。

「あ、イノ!」

「ん?」

 エリナがイノを呼び止める。

「あの、これ……」

 渡されたのは黒く厚い布がかかった藁の籠だった。

 イノは黒い布をめくると、籠の中にはたくさんのクッキーが入っていた。

「おおっ!」

「家の木苺や他の木の実が入ってるクッキーを作ってみたの。イノ、お菓子好きでしょ? だから……」

「ありがとうございます! じっくりと味わいますね。……あれ、この黒い布、コートだ」

 分厚い布を広げると、それは半ばロングに近い大きめの黒いコートだった。

「もしかしたら寒いとこにもいくかもしれないからって。フィルが使ってたものだけど、よかったら貰ってくれるかな?」

「でも、いいんですか?」

「うん、いいの。フィルはね、世界を旅することに憧れてたの。だから、フィルの分も旅してきてほしいっていうお願いなんだけど……いいかな?」

「もちろんです。大切にしますね」

 満面の笑みでそう言った。

「あ、えと……イノ、最後にひとつ、お願いがあるんだけど……」

「なんですか?」

 エリナは恥ずかしながらもイノの眼をまっすぐ見て、囁くように

「……も、もう一度、抱きしめて、ほしいの……」

 イノは少し「……」と沈黙した後、やさしくエリナの華奢な身体を包むように抱く。

 周りの視線がどうなっているか少し気になったエリナだが、すぐに気にすることなく、イノの胸の中で想いに浸った。

 そして、

「ありがとう、イノ」

 といって、イノの頬にキスをした。

 顔を赤くしたまま、イノから離れたエリナは

「いってらっしゃい」

 といって微笑んだ。イノも「はい、いってきます」と答え、微笑む。

 イノはコートとクッキーの入った籠を持って船に乗る前に、リードに顔を向ける。

「リード、夢、叶えましょうねっ!」

 ニッとイノは笑った。先程の展開で恥ずかしくなって顔を赤くしてるリードは気持ちを切り替えるように、顔の表情を凛とさせ、

「イノ! 俺、旅人になるか、探険家になるか、お父さんみたいな調査員になるかわからないけど、世界をこの目で視たい夢は必ず叶えて、イノを越えてみせる! 強くなって、誰でも守れる人に俺はなってやる!」

 その輝いた決意をイノは見つめ、

「そっかぁ、それは楽しみです。じゃあ……はい」

「?」

 イノに渡されたものは青色の輝く玉でできたブレスレットだった。

「臨海の国で作ってくれたものです。その青いの全部真珠なんですよ。その国で青は平和と信念、そして旅路の無事を表しているって教わりました。それあげます」

「い、いいの? こんなにいいものを」

「いいんですよ」

 イノはリードの右手首を掴み、青いブレスレットをつける。

「僕はリードを応援してますから。これは僕らふたり、旅する人同士の絆の証です」

 イノは再びニッと笑う。

「……っ、おう!」

 リードもニッと笑った。

「よし、それじゃ、また会いましょう!」

 イノは船に乗り込み、ふたりに向けて笑う。

「じゃあなーっ」「じゃあねイノ!」

 船が動き出し、港から離れていく。空は快晴。青色が水平線の先まで続いていく。

 互いの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。


       *


 海風の匂いが鼻をくすぐる。強い風が肌を撫で、気持ちがいい。日は温かく、日光が海面に照らされ眩しく感じる。

 カモメの鳴き声がハーモニーを奏でる。

「サドアーネに数日過ごしてどうだったよ! なぁ旅人さん!」

 操縦室の窓からサルフが顔を出し、彼の大声がイノの耳に届く。

「とっても楽しかったです! 料理もおいしかったですし、おもしろいこともたくさんありました!」

 同じようにイノも大きな声で返事する。

 サルフは少しスピードを緩め、運転音を小さくする。

「それにしてもよ、本当にいいのか?」

「なにがですか?」

「まぁ、エリナのこともそうだし……」

 サルフは、友人のひとりとしてエリナのことを話した。

「大丈夫ですよ。エリナさんは強いです。前よりも遥かに」

 その眼は真っ直ぐと水平線の先を見ていた。

「そうか……まぁ、おまえの目にそう見えるのならいいんだが」

「むしろおサルさんがやってくれればいいと思いますよ。昔からの仲じゃないですか」

「まぁ、それもそうだな。これからもう少し声をかけてやるか。てかいい加減その呼び方やめてくんねえか? ……あぁ、あと行き先は東マガラ大陸だが、このまままっすぐ行けばアリオン地方に着くぞ。本当にいいのか?」

「そこになにかあるんですか?」

 サルフは一呼吸置き、少し真剣な表情に変わる。

「厄神の祠っていう厄災を司る地獄龍が封印されている場所があって、なんでも、その龍は昔幾つもの地を地獄絵図に変えてきたらしい。それがほんとかは知らないが、それらしい痕跡はあるんだってよ。まぁそれ以前にあの『竜』っていうえげつねぇ生物の巣窟となってる危険地帯だからむしろそっちに気を付けた方がいいな」

「そうなんですかー、じゃあ尚更行かないとですね」

「本気かい旅人さん?」

 サルフは半ば驚いた表情になる。

「はい! 危険も楽しさのひとつ。何があるかわからないこその旅ですからね」

 イノはそう言って楽しそうに笑う。

「そうか、やっぱりおもしれーわ旅人さん。お、うっすらとだが見えてきたぜ!」

「おお! じゃあ着くまで、エリナさんの作ってくれたクッキーでも食べますか」

 白髪の旅人は黒いコートを羽織り、吹き往く風を浴びながら次の行き先を見、その紅い眼を輝かせる。

 旅人は風と共に遥かな世界へと旅立ってゆく。


「第零頁 風は遥かな明日へと旅立つ」はこれで完結しました。

読んでくれた読者の方々、本当にありがとうございました!

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