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18節 そして旅人は神に終わりを告げる

「どうした? おい! くそ、操作が全く利かない! 髄がバラバラにでもならない限り言うことは聞くはずじゃなかったのか!? あの白髪頭何をしやがった!」

 塔の上、デクトはノートパソコン型の操作盤をでたらめに打ち込むが、黒い巨人の神はピクリとも動かなかった。

「デクト社長! 僅かですが、あの怪物の身体から何か黒い水蒸気のようなものが発生してます。今すぐ塔内へ避難しないと危険です!」

「うるせぇ! ほっとけ屑野郎!」



 エリナとリードはアウォードのもとへ走り、塔の入り口にいた。

「……なにしたんだ? あいつ……げほっ」

 軽い吐血をし、アウォードは塔の傍で倒れたまま掠れたような声を出す。

「……人間って思えないぐらい飛んで、バケモノを殴ったけど……」

リードは呟くように目の前で起きた現状のままに答えた。

「様子が変……何か、黒い煙みたいなのが漂っているような……」

 瞬間、その場に一閃が走る。目が眩むほど眩しく、思わず目を瞑ってしまう。そして次に聞こえたのは雷鳴だった。同時に、塔のそびえる地に雷が降り注ぐ。



「うぉっ、なんで雷が?! 空は曇っていねぇのに!」

 デクトが叫ぶ。屋上に設置してある装置に電撃が走り、被弾点が黒焦げになる。

「あの怪物から発生してるようです! おそらく先程の黒い水蒸気が……」

「流石にマズイ! 塔から降りるぞ! 雷に打たれるよりまだマシだ!」



「――っ、おいおい、あいつの一発でバケモンがブチギレたんじゃねェか?」

 アウォードは冗談気味で苦笑するが、目は全く笑っていなかった。

「さっきまであんなにゆっくりだったのに……それに、さっきからなにか叫んでいるように見えるけど」

 リードの言う通り、黒い巨神は大口を開け、何かを訴えるように咆哮する。しかし、声帯がないのか、激しい呼吸音しか聞こえなかった。

「イノ……」

 エリナは巨神の前に立っている旅人の名を口にするのみだった。



 巨神がうずくまる。背中に力を集中し、硬直させている。すると、隆々とした背中がぼごご、と盛り上がり、殻から孵化するように背中から翼脚が飛び出てきた。甲殻類の肢のような翼の骨格に、粘液が覆う翼膜が脚のように地面にへばり付く。まるでその巨体を支えるかのように。

 そして、イノの前に顔を近づけ、ゆっくりと口を大きく開く。イノは一歩も引き下がらなかった。

 巨神の半透褐色の複眼はイノの姿を映していた。

「……くるしいのですか」

 旅人は巨神に問いかける。

 巨神は鋭い歯を食い縛り、息を荒くする。目の光は強く増した。

 巨神は旅人を睨みつける。

「大丈夫」

 しかし旅人は微笑む。

 そして、

「僕はただ、助けたいだけだから」



 急に巨神の大口が開き、黒い噴煙を放出する。その色は、巨神に寄生し、その未完成な巨体を無理矢理繋ぎ、支えている黒カビの色と同じだった。だが、その噴出力は凄まじく、突風よりも爆風に近く、木々は根こそぎ取られ、地面が捲れていた。そこにイノの姿はなかった。

 しかし、巨神は気配を察したのか二時の方向を見、そこにいたイノに向けてしなやかな翼脚を叩きつける。イノは手の甲で自分の身体の数倍はある翼脚を軽く受け止め、くいっ、と手首を曲げる。すると翼脚は流されるかのようにイノのいる位置から逸れ、地面に激突する。地面は爆発したかのように吹き飛び、小さな地割れと地鳴りが起こる。

 巨神の挙動ひとつひとつで黒い粉塵が舞い、それが巨神の体表から発する電流に伝導し、粉塵の成分によって電気が増幅し、雷と化して地へ落とされる。周囲の木々は雷に打たれ、炭化する。

「こっちですよ」

 声という音の振動に反応し、音の発した方向めがけて右翼脚と右拳を同時に繰り出す。瞬息の速さ且つ巨大な一撃はまたもや、この地サドアーネを揺るがした。

 地面に深く埋まった2本の黒い腕と翼脚をズガガガ、と横にスライドさせ地面を抉る。

「ちょ、おい、こっち来てるぞ!」

 アウォードは叫ぶ。だが、先程の巨神の一撃でほとんど動かない身体ではリードとエリナを抱えて逃げるどころか、ひとりで立ち上がることすらできなかった。

「早く逃げろ!」と言う間もなく、目の前には黒い大きな柱のような巨神の腕が迫ってきていた。

 しかし、巨大な2本の腕はボゥン! と腕の髄から破裂し、パラパラと黒い粉末が砂埃と共に舞う。

「あ、危なかった……今の、イノが、やったの……?」

リードは目の前の景色を見ながら呟くように訊く。最早、何が本当かわからないような目をしている。

「だろうな。俺の大剣ですらびくともしなかったのに……まぁ、体力の限界と刃が錆びていたというのもあるが」

 アウォードは上体だけを起こし、塔の壁に寄りかかってリードやエリナと同様に目の前の状況を見ていた。

「……『人は神に逆らえない。逆らう意思があるのなら、天罰が下される』……」

「……エリナさん?」

「……フィルに教えられた言葉のひとつなの……でも、目の前の出来事を見ていると、なんだか信じられなくて……」

 エリナの言葉にアウォードはため息をつく。

「神様っつったって、所詮ただの生きもんだ。天罰も何もないだろ。ま、これは流石にただの生きものとは言い難いけどな」


 砂埃が舞う。風が強く吹き荒れ、木々が揺らぎ、木の葉が散り往く。塔は未だ崩れてはいないが、それも時間の問題だろう。その上、景色が一変する程、塔の周辺の地は巨神の猛威によって凄惨な景色と化していた。街はどうなっているのか、見当はつかないが、少なくとも被害は零とは言い切れないだろう。

 砂埃越しに白い髪が揺れているのをエリナは見逃さなかった。

「イノ!」

 エリナの声が届いたのか、イノはエリナの方を見た。

「大丈夫」。その一言を笑顔だけで示した。

 巨神が左翼脚を鞭のように柔軟にしなり、その遠心力でイノを潰そうとした。

「これ以上はちょっとまずいですね」

 そう呟いた瞬間、目にも留まらぬ速さでイノの真上から巨大な黒翼脚が振り落とされる。

 イノはそれを右手で受け止めた。しかし、潰されることはなく、地面が壊れることもなく、何事もなかったかのように自分の何倍もある巨神の腕を片手で止めた。受け止めた右手に、ぐっと力を込めた瞬間、ドゥン! と右手から爆発に似た衝撃波が巨神の翼脚を吹き飛ばす。その勢いで巨神の上体が上がる。

 パァン! と地面が破裂する程の脚力で巨神の懐まで一瞬で駆け抜け、その勢いで巨神の腹部に蹴りを入れる。その体躯は堅い甲殻で出来ているため、衝撃で横一線に腹部に罅が入る。巨神は蹴られた勢いで前屈みになり、凹んだ胸部と頭部が地面に近づく。

「…………」

 イノは拳を握りしめ、近づいてきた巨神の頭部を殴った。バギン、と頭部の甲殻と頭蓋骨が割れたような音が響く。


 それを最後に、辺りが静かになる。時間が止まったかのように、巨神も頭部に大きな罅が入ったまま微動だにしなかった。

 イノは拳を降ろし、一歩下がって、静止した巨神を見つめる。

「…………」

 しばらく見つめ、そして微笑んだ。イノは巨神に背を向け、その場を去る。


「……これ、結局どうなったんだ……?」

 突如終わりを見せた目の前の光景に、アウォードたちは状況をうまく理解できなかった。

 塔は少々傾き、前よりも罅の数が多くなっているものの、依然として立ち聳えていたが、塔の周囲は凄惨であり、地面は捲れあがり、地割れが幾つもあり、森の奥、その向こうの山にまで達している地割れもあった。木々は倒れ、砂埃がうっすらと漂っていた。巨神の身体から発し、鳴り響いていた雷は一切なくなっていた。

 夜風で砂埃が流れる。晴れた景色から白髪の旅人が三人の前に現れる。

「……っ、イノ!」

 リードが駆けつける。

「イノ、無事か? どこか怪我とかないのか?」

「あーはい、大丈夫ですよー」

 リードの真剣な表情に対し、イノはいつものように笑っていた。

「寧ろリードが怪我だらけですよ。あのときの子ども達よりえらい目に遭っていません?」

「うん。でも、エリナさんを護るためだと思えばこんなんへっちゃらだよ。そのときは死ぬかと思ったけど」

「リードの人生フルボッコですね」

「この先は絶対ないって。もうボコボコにされるのは懲り懲りだぞ俺は」

「あっははは……あ、エリナさん。無事で何よりです」

 イノはこちらへ歩んできたエリナを見、声をかける。

「イノ…………っ」

「っ、エリナさん?」

 エリナはイノに抱きついた。彼女の目は潤んでおり、声も微かに震えていた。

 抱きつかれたイノよりもその光景を見たリードが驚いていた。

「エリナさん……」

 エリナは何も言わず、ただ身体を振るわし、すすり泣く声を出していた。

「……泣きたいだけ泣いてください。もう、すべて終わりましたから」

 イノはやさしい声で彼女に語りかける。その手を彼女の背に回した。

「イノ……ごめんね……私……っ」

「大丈夫ですよ」

 イノはエリナの顔を見つめ、微笑んだ。

「みんな無事に生きているんですから。ね?」

「……っ、ぅん……」

 その微笑にエリナはまた涙が出そうになっていた。

「――いつまでやってんだバカ白髪!」「のふっ!」

 イノの頭上に錆びた大剣がゴン! と当たる。エリナはびっくりして思わずイノから離れる。

「アウォードさん、も、もう動けるの?」リードは半ば恐る恐ると訊いた。

「フラフラだけどな。なんとか大丈夫だ」その割には表情に余裕が見られなかった。

「いったぁ~、殺す気ですか?」

「おまえがこんな程度で死なねぇと思ってやってんだよ。んなことより、まだ終わってねぇぞ。あのクソ財閥のやつらを捕まえねぇと意味ねぇだろ」

「あっ、そうでしたね」

「そこらへんしっかりしてくれよ」

「大丈夫ですよ。あそこにいますもん」

 イノが指差した先は塔の傍にある石壁の一部だった。その裏にデクトらがいるのだろう。

 イノの声を聞いて居場所が知られたと判断したデクトは、その場にいる銃を持った数人の装甲兵に指示を出した。

「――撃てェ! まとめてぶっ殺せ!」

「っ、マジかおい!」

 アウォードは焦った表情をする。

「大丈夫です」

 三人の前にイノが立つ。

 ドォンドォンドォン! と何発もの銃弾がイノ達に向かってくる。しかし、イノは先程やったように、素手ですべての弾に触れ、その軌道を逸らした。

「……え? え?」

 リードは一瞬何が起きたのかわからないような顔をしていた。エリナも同様だった。

「畜生! なんで手で防げるんだ! こっちは銃弾撃ってるんだぞ!」

 デクトは苦虫を噛み潰したような顔でイノを見る。半ば訳が分からないという驚愕の表情も含めて。

「……そうでしたね、あの方々にはまだ何にもしてませんでしたね」

 イノはすたすたとデクトらの方へ歩く。装甲兵も恐れをなしたのか、その場から離れ、イノから離れるように遠くへ逃げようとしたが、突然回転しながら飛んできた大剣をまともに喰らい、痛みでその場にうずくまる者もいれば、大剣の下敷きに遭い、動けない者もいた。

「一人も逃がすかよ……ぜぇ……ぜぇ……」

 アウォードは内心運よく命中してよかったと思いつつ、口から血を一度吐き、手で拭う。身体が命に関わるほど限界であるにも関わらず、百キロを超えた大剣を投げた故だろう。

「クソォ! 来るなバケモノ!」

 デクトは所持していた拳銃をイノに向け、発砲する。しかし、一発の銃弾はいとも簡単にイノに叩き落とされた。

「クソ! バケモノが! 下等のバケモノの分際で! 俺を誰だと思ってやがる!」

 ドォン、ドォン、と発砲するも、すべて弾かれる。普通の人と変わらない手に弾かれる。

「……っ、弾切れかよ畜生! お、おい! こっちへ来るなバケモノ!」

 デクトの表情は憎しみと恐怖で歪み、逃げたくてもうまく身体が動かない。

「あなたもバケモノでしょう」

 イノは紅き眼を鈍く輝かせ、静かにそう言った。

 それがどういう意味なのか、今のデクトには理解できなかった。

 そして、地に腰をついたデクトの前でイノはしゃがみ、その脅えきった顔に手を触れた。


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