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17節 神と畏れられたもの

 悲哀の獣の塔9階「最上階」にて

「媒体5つの投下から1分経過! 未だに反応は見られません!」

 ひとりの装甲兵が装置の画面に映る何かの変動グラフと塔内監視カメラの映像を見ながら報告する。デクトは少し落ち着きがなかった。だが、言葉を語ることはなかった。

「ドリーさんとメリックさんの連絡がない……まさかやられたってわけじゃ……」

「馬鹿なこと言うな。あの方々がどこまで人間離れしているか、みんなが知っているはずだろ」

「そ、そうか……まぁ相手は引退した『罪狩り』とよくわからねぇ白髪頭の若僧だったしな」

「にしても、地面を掘り起こした時の砂埃が舞って塔の中がほとんど見えないな……コンピュータでは順調に進んでいるが……」

 屋上にいる兵たちは警戒しながら小声で話す。

 そのとき、ゴゴゴ、と地鳴りが生じる。

「社長! 反応が急に!」

 デクトはすぐさま装置の画面を食いつくようにみた。

「来たか! 操作コードはちゃんと接続しているな?」

「はい! 欠陥はありません!」

「よし、あとは勝手に目覚めるのを待つとしよう」

「社長! 倒れた兵は……」もう一人の装甲兵が声をかける。

「水を差すんじゃねぇ! ほっとけあんなもん」

「で、ですが、ドリーさんとメリックさんも……」

「ふん、連絡がないということはあの二人に敗けたってことだ。敗者を救う必要はねぇよ」

 画面を見たままデクトはそう言った。

「……っ、……わかりました」


      *


「なんだなんだ?!」

 揺れは直に大きくなり、足元がふらつく。アウォードは大剣を地面に刺し踏み堪えており、リードとエリナは地面に伏せていたが、イノはふらつくこともなく依然として立っていた。

「うわー、この揺れは凄いですね。地震の揺れ方じゃ……あれ?」

「……急に揺れが収まった……」

 リードは不安げに呟く。

「! おい、砂埃が……」

 見てみると、塔の中から漏れだしてきた大量の砂埃が風の速さで塔の中へ、そして中央ホールに開いた大きな黒い穴へと吸い込まれていった。

「……なーんか嫌な感じだなぁおい」

 アウォードが大剣を握りしめ、地面から引き抜こうとしたとき、塔の上から声が耳へと伝わる。静寂と化したのでその声ははっきりと聞こえた。

「……あの社長さんの声だ」イノが言う。



「――おまえらもよーく見ておけ! 生き残れた褒美として、この神々しい存在をその目で視れるのだからなぁ!」

 デクトは手に持っているノートパソコンに似た装置を操作すると、再び地面が揺れ始める。

「また揺れがっ」

「くそ、思ったより操作が難しい」デクトは歯を食い縛りながら操作盤を動かす。

 すると、塔から少し離れた地面が盛り上がる。

「うわぁっ! な、なんか出てくる!」

 リードはすっかり目の前の非現実的な事態に脅えている。

「塔から出て来ると思ったが、ご丁寧に俺たちの前へお出ましかよ。ていうかマジモンで怪物かよ」

「でもまぁ、塔を壊しての登場はなくなったってことですね」

「デクトがコントロールしているようだけど……」

 エリナは冷静をふるまい、塔の頂上を見ながら言う。だが、これから何が起きるのか、そのような恐怖が表情で見て取れた。

 地面から黒い鎌のような巨大な何かがボコボコと飛び出てくる。その場の誰もが驚いただろう。

「くそ、一部出やがったか。おい! おまえら二人は逃げろ! 特に怪我はしてねェンだろ! 急げ!」

「で、でもみんなで逃げ――」

「みんなで逃げたら誰があんなの食い止めるんだよ! いいから行け馬鹿野郎!」

 アウォードの怒鳴り声に少し震えたリードだが、すぐに切り替え「エリナさん早く!」とエリナの手を掴んで森へと走る。

 そのとき、ズドン! と地面が大きく振動した。

「うわっ!」「きゃっ」

 ふたりは倒れ、前を見ると、目の前に2メートルほどの壁が立ちはだかっていた。地面のズレで断層という壁が生じる。

「くそ、届きそうなのに……!」

 とてもではないが、子どもと女性の二人ではその壁は登れそうになかった。辺りを見回しても、脱出できそうなところはない。周りも同じように段差ができていた。つまり、塔とその近辺が沈降したのだ。完全に囲まれたことになる。

「ああくそ、逃げそびれたかあの二人……」アウォードは舌打ちをする。

「……」

「デッカイ虫の肢みたいだな。本体はどのくらいあるんだ?」

「……」

「……? ……っ、~~~~っ!」

「……あいたっ! いきなり何すんですか?」

「お前よくこの状況でウトウトしてたな! なんなんお前? 馬鹿か? 死ぬか?」

「だってよく考えたら今って真夜中ですよ? 眠たいに決まってるじゃないですか!」

「いや威張んなよ! 前見てみろよ!」

「ん? おー、これはまた立派な」

 目の前には夜の色に溶け込んだ、しかし月光で黒光りに照らされた巨大な生き物がそこにいた。黒い装甲を纏った巨人が這いつくばっている形にみえなくもないが、下半身がなく、代わりに黒い菌根のようなものを樹の根のように張っていた。

 塔の4階ほどあるその巨体の上半身は鍛えあげられた人間の胴体に似ている。腕の部分は確かに人の腕だが、どこか虫の肢のような棘々しさと筋肉の付き方をしている。下腹の部分からは蜘蛛の脚のようなものが5本生えている。前屈みになるときその巨躯を支えるためなのだろう。首から上は蟷螂のような頭と複眼に獣のような口と牙をもっている。耳は狼のように鋭く、黒い背は筋肉が盛り上がったように盛り上がっている。体毛は無く、すべてが黒い甲殻で護られていた。

「――おお! これが昔この国を滅ぼした、神と呼ばれた生物か! 異様にデカいのは媒体が多かったのか、それとももともとの個体が大きかったのかはわからんが、何はともあれ、成功だ!」

 デクトは嬉しそうに叫ぶ。その目はこの先の良き未来図を構想していた。

「では、その操作盤で休眠状態にさせて……」

「いや、せっかく眠りから覚ましたんだ。こいつのもつ国をも滅ぼした力というものを披露させようじゃねぇか」



「……普通に気持ち悪いですね。これあれですよ、栄養摂るとき遺伝子も反映しちゃうタイプですよ。あの黒いカビを使って死体とか虫ばっかり摂取してたからあんなのに変わり果てちゃったんでしょうね」

 イノの分析にアウォードは意外そうな表情をした。

「……一応おまえにも知識ってものがあるんだな」

「ひどいな~、少しバカにしすぎです」

 少し眉を寄せた。

「まぁともかく、あれ見てみろよ。出てきた穴の中に根を張っているらしいな。あそこを狙えばいいのか」

「一応生まれたばかりですからね。ああでもしないと身体が崩れちゃいます」

「なんかぼろぼろの身体を菌糸で繋ぎとめてる感じだからな。ああやって自己修復しているから、完全に再生する前に仕留めねェとな」

 と言ったときに辺りが一層暗くなった。同時にミチミチ、と筋繊維が千切れかねんような音が聞こえてくる。

 見上げると、巨大な腕が叩き潰そうとこちらへ振りかぶっていた。

「おいおいおいおい!」

 アウォードはエリナとリードを掴み、その場から急いで離れた。その巨腕が振り落とされた瞬間、地面が割れ、地面がぐらぐらと揺れる。



「あっははははは! 腕一振りで地面を叩き割ったぞ! 素晴らしい! 最高だ!」

 操作盤をもったデクトは狂ったように笑う。

「デクト社長! このままではこの塔が崩れます! 今すぐここを降りなければ!」

「何を言ってる。この操作盤がある限り、決してこの塔を壊すようなことはしねぇ。それに、この塔は地震程度では崩れん。地上にいるよりよっぽど安全だ」



「いってぇ……近所迷惑じゃ済まねぇぞ今の一撃。おい、大丈夫か?」

「な、なんとか……エリナさんは?」

「う、うん、大丈夫」

 3人は振り返る。そこには地面を叩き割った虫のような黒い巨人がただゆっくりと呼吸をしていた。

「……動きは鈍いみたいだな。しっかし、どうすりゃいいんだか」

「……イノは?」

 エリナが不安そうに尋ねる。

「「……え」」

 辺りを見回すも、あの白髪姿はなかった。

「まさかあの中に、巻き込まれたのか……?」

「嘘……でしょ……?」

 巨神が腕をぐぐ、と上げる。ふたつに分かれ、粉砕された地面を見る限り、巻き込まれたら確実に死ぬだろうと誰もが思っていた。

「イノ……」

 リードは茫然とその名を呟いた。

「勝手に死んだことにしないでほしいです」

「うわぁっ!」

 リードはつい声を上げて驚き、アウォードとエリナも同様に驚いた。

「おまえ……いるならいるって早く言え!」

 ドスッとアウォードはイノの頭にチョップを落とす。

「イノ……大丈夫なの?」

「普通に大丈夫ですよ。どこも怪我はありません」

 その言葉に一同はほっとするが、アウォードは再び巨神を見上げる。

「イノ、あれをどうにかしねぇと俺たちやこの塔どころか、サドアーネ全域まで被害が出るぞ。さっきの一撃の揺れでたぶん街はパニックだ」

「……」

 エリナはその言葉を聞き、より不安げな表情になる。

「でも、あれってあの社長さんが操作してるんでしょ? それを止めましょうよ」

 イノが塔の頂上を見て話す。

「そうだな。それに人の手で操ってる内はまだ安全だ。寧ろ塔の中に逃げ込めばデクトのバカも流石に塔ごと俺たちを狙ったりしないだろうな」

「そうね……じゃあ今のうちに塔の中へ行かないと」

「あのもう走るの嫌なんで、向こうがミスって自爆で終わる展開を待ちましょう。こういうの大抵自滅で終わるって相場は決まってるらしいですよ。僕はそれに賭けてみたいです」

「おまえのそのわけわかんねぇ考えはなんとかなんねぇのか。文句言ってないでさっさと――っ」

 巨神が再びグググ、とその巨腕でイノ達を横から薙ぎ払おうとしている。縦からならともかく、横から攻められては逃げ場がない。

「――おまえら下がってろォ!」

 アウォードは大剣を抜刀し、勢いよく向かってきた黒い壁のような巨腕を剣一本で受け止めた。だが、僅かしか勢いを緩めることができず、その鞭のようなしなやかな黒い腕によって叩き飛ばされ、塔の壁に激突し、地面に落下する。

「アウォードさん!」リードは叫んだ。

 3人は先ほど割れた地面の中に避難したことでなんとか免れた。

「ぐ……がふっ……ぎ……くそ……ったれ……ぇ……」

 アウォードは奇跡的にまだ意識が残っている。だが、虫の息に等しく、最早立ち上がることさえできなかった。

「早くアウォードさんを助けないと……!」

「リードとエリナさんは赤髪ちゃんとこに行ってください」

 突如イノが指示を与えた。

「イノ、何する気なの?」

「ちょっくら起こしてきます」

「? どういう――っ、イノ!」

 エリナの言葉を聞くことなく、イノは黒い巨神の方へと駈ける。



「流石の罪狩りもこれは死んだか? あと3人生きてるようだが……」

「社長! ひとりが怪物のところに!」

「はぁ? 死にたがりかあいつは?! じゃあお望み通りに……っ」

 デクトは操作盤で巨神を動かそうとしたときだった。


 ――――ズドォン!


 その音は砲撃でもなく巨神の一振るいでもなく、白髪の旅人の一発の拳から轟いたものだった。

 旅人は巨神の黒く、隆々と盛り上がっていた堅甲な胸部を殴打し、ベゴン! と凹ませた。同時にピシピシ、と胸部の堅殻にひびが割れていた。

 旅人は地に降り立ち、黒き巨神を見上げて

「目が覚めましたか? もう自由に動いていいんですよ」

 と笑った。


久しぶりの更新です。明日から投稿し続けようと思います。

完結するまで毎日投稿はします。もう少しで終わる雰囲気になっていますが、最後までよろしくお願いします。

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