15節 激突
同刻、悲哀の獣の塔前の広場にて。
「うぉらあああああああああああ!」
アウォードは錆びた大剣を駆使し、何十人もの装甲兵や重兵器を薙いでいく。
「へっ、大分片付いたみてぇだな。にしてもあいつはどこ行ったんだ?」
アウォードは辺りを見渡す。しかし、あの目立つような白い髪の人物は一切見当たらない。
「逃げたってことはないよな……。じゃあもうとっくに塔の中に居んのか?」
アウォードは判断し、塔の中へと向かおうとしたとき、丁度塔の入り口からひとりの大男が出てくる。その姿は他の装甲兵とは異なり、全身武装で、武器といったものは持っていないように見える。少なくとも、アウォードより体格は大きかった。
「ん? なんだあの真っ黒なデカブツ。2メートルあるんじゃねぇか?」
前方にいるその全身武装の大男はアウォードを見つけると、ドゥッ! とその巨体とは不釣り合いなほどの風のような速さで殴りかかってきた。
「――っ、うぉっと!」
咄嗟に大剣を構え、飛んでくるように迫ってきた大男の一撃を間一髪で防ぐ。
「――うぐっ」
だが、轟音と共に訪れたその大砲のような衝撃は凄まじく、アウォードの身体が浮き、後方の木の幹にぶつかる。
迫撃砲の爆撃でもものともしなかったアウォードがここまで衝撃で吹き飛ぶとは、どれほどの威力なのか。未だに気を失っていない兵は味方でありながらも背筋を凍らす。
「うぉぉ、生身でも十分バケモノじみてるけど、武装したドリーさんはさらに上回るな」
「ああ、流石の『罪狩り』もデクト社長のボディーガードのドリーさんには敵わねぇ」
「それに、もうひとりのボディーガードのメリックさんも相当強いからな。スタイルは違うけど、どっちも人間離れしている」
「ま、この二人がいる限り、俺たちの勝ちだな」
その場にいた数人の兵は余裕の笑みを浮かべる。
「……くそ、何だあのバカ力。マウンテンゴリラにでも育てられたのか?」
(いや、あの武装のおかげか。一瞬機械の駆動音が聞こえたからな)
アウォードは脳内で冷静に分析し、武装姿の大男「ドリー」を睨みつけるが、全身武装の為、顔の表情までは分からない。
『ふん、罪狩りも所詮こんな程度か。笑わせやがるぜ』
武装マスク越しにドリーは野太い声で嘲笑する。
「へっ、そんな全身護るような保守的男子に言われたかねーけどな」
アウォードも同様に嘲笑する。
『ハハハッ、そんな生意気な態度、いつまでもつんだろうなァっ!』
脚の装置から聞こえる機動音と共に脚部からのジェット噴射が距離を一気に縮める。
しかし、今度は防ぐことなく、ドリーの一撃を避け、手に持った大剣を横へ薙ぎ払う。
「――ぁぁああああああああああ!!」
ドゴォン! と野球のように、飛んできたドリーの巨体をその大剣で叩き飛ばし、塔の傍の岩へ衝突させ、たちまち粉砕する。
「おいおい! あの赤髪野郎もドリーさんに負けてねぇぞ!」
「俺たちで援護しねぇと」
「おまえドリーさんの獲物に手を出すのか?」
「おい! いまさっきデクト社長からの命令で準備にかかれと連絡がきた!」
「とうとう実行するのか」
「ああ」
「援護はできねぇが仕方ねぇ、ここはドリーさんに任せよう。あの人は強い」
岩が崩れ、砂埃が舞う。パラパラと礫の音とともにドリーは立ち上がり、アウォードの前へと歩きはじめる。
「……なんとかヒビは入れたが、特にダメージはなさそうだな」
『ハッ、こんな程度でこの俺がくたばるかよ。しかし、この鎧にヒビを入れたことは褒めてやろう』
「ははっ、そりゃどうも」
アウォードは軽く笑い、大剣を再び構える。
「大将のお出ましということで、やーっと面白くなってきたな。存分に楽しませてもらうぜ!」
足を踏み込み、ドリーのもとへ駈ける。ドリーも同様、弾丸のように地面と平行に跳ぶ。空中で身体を捻じり、回し蹴りを繰り出す。
「せいあっ!」
アウォードは大剣でその脚を斬り捨てる程の豪力で対抗する。しかし、金属音が甲高く響き、火花が散るだけで、その剣は弾かれると同時に、ドリーは着地し、回し蹴りの回転力を殺さぬままアウォードを殴り飛ばす。
「――ごはぁっ!」
血を僅かに吐き、大剣を手放し、塔の壁へ衝突する。壁は罅割れ、窪みができるが、崩れなかった。古くとも、それほど頑丈にできているのだろう。
「うぐ……げほっげほっ」
視界がぼやけ、口の中で鉄の味が充満する。立ち上がった瞬間、視界が塞がる。
「……っ!」
『――オルルルァアアアアアアアアア!!』
掴まれた頭部が壁に叩きつけられ、更に壁が凹む。
ドリーは掴んだ手を放し、拳を握って、頭からドクドクと血を流しているアウォードに向け、砲弾のように顔面めがけて殴りかかる。
「……っ、畜生がァ!」
アウォードの目に光が戻り、砲弾の速さに等しいその一撃を避け、ドリーの頭部を掴み、人とは思えぬ腕力で壁へ叩きつける。そして、懐から取り出した2つのダガーで両肩と肘の黒い装甲の関節部分を瞬息で切りつける。振動音と「ジュワッ」という蒸発音と共に不燃物が溶けたような臭いが鼻につく。
ドリーはアウォードを蹴り飛ばし、壁に半分埋まった頭部を抜き、首をコキコキと鳴らす。腕を回すと、妙な違和感にドリーは気付く。
『……今何をした』
丁度傍にあった、重さで半分以上地面に埋まっている大剣を杖替わりにしているアウォードは血の混ざった痰を吐いてから話す。
「こっちはただ伝統だけ引き継ぐ鍛冶屋じゃないんでね。近代の技術を使ったって文句はねぇだろ」
『……ダガーに半田鏝を搭載するとは随分工作っぽいな。笑わせやがる』
「だけど、それでそのバケモンみてぇなパワーは出せなくなったぞ。接続回路がダメになったからな」
アウォードの笑みをみて、ドリーは再び自身の腕を見ると、腕からの機動音は聞こえなくなり、時折回路が切れたような放電音が火花と共に空へ散る。
「あと、半田鏝とかいうんじゃねぇよ格好悪ぃ。ま、発案はそこからだけどな。あとスタンガン機能もついてるぜ」
余裕の表情にドリーは舌打ちする。
『……ハッ、腕がダメでもこの脚がまだある限り、まだお前は――』
足元でなにかの金属音が鳴る。足元を見ると、右足首の隙間にそのダガーが突き刺さっていた。蒸発音とともにバチバチと回路が無理矢理遮断され、漏電する。
「……あと、投げナイフにも最適だな」
アウォードはにやりと笑う。
『~~~~っ! このクソ野郎がァ!』
ドリーは屈んでダガーを引き抜き、その屈んだ体制のまま僅かに起動するその脚の機械を使い、弾丸のように跳ぶ。
「ん、場所外れたか」
アウォードは大剣を地面から引き抜き、同時に、ドリーの左脚の踵蹴りを躱し、その大剣を半円を描くように叩き降ろす。
ズドンッ! と地面が悲鳴を上げると同時に、その大剣はドリーの巨体を地面に叩きつけていた。うつ伏せで地面に半ば埋まってるドリーの黒い装備の後背部分が大剣の叩き降ろしによって深く刻まれていた。しかし、流石に頑強な装甲の為か、ドリーの肉体までには刃は届いていないようだ。
「ド、ドリーさんが!」
「嘘だろ! あの黒い装甲、鋼鉄の戦車よりも頑丈なはずなのに!」
装甲兵が驚愕の声を漏らす。
アウォードは大剣を持ち上げ、刃に触れる。
「あーあー、また刃こぼれか。こりゃ修復に一手間かかるな」
溜息をつき、アウォードは塔を見上げる。
「デクトがこんなとこで何をすんのか知らねぇが、こんだけ兵を引き連れているから大がかりなことに違いはねぇな。さっさとあいつと捕まった奴ら探さ――っ!」
何かに勘付き、アウォードは振り返り様に剣を横へ薙ぐ。ガゴン! と轟音は響くも、その勢いは完全に殺される。
「ンな……っ」
ダウンしたはずのドリーの腹部の装甲が罅割れるも、ドリーは完全に大剣の一撃を受け止め、その剣をアウォードごとぶん投げる。
空中でアウォードは剣を地面へ向け、突き刺す。ガガガガ、と剣がストッパー代わりになり、次第に投げられた勢いは弱くなる。
アウォードが刺さった剣を引き抜こうとした瞬間、爆発がアウォードを襲う。迫撃砲を使ったようだ。
「……っ、危ねぇっ」
間一髪で避けることができたアウォードだが、爆風で吹き飛ばされ、地面に転がる。爆撃を少し受けたようで、右半身が火傷したかのように痛む。
(……おかげで剣から大分遠ざかったな)
身体を起こし、目を配る。剣の位置よりもドリーの方が近い。
(……こいつのタフさは半端じゃねェ。ここから剣を取りに行くことは少しばかり難しいな)
ドリーは黒い装甲を外し、マスクをも取る。体つきと似合う髭の生えた強面だった。
「……この俺がこんなやつに負けるわけがねェ」
その目には絶対の自信が現れていた。
「……ハッ、ゲイみてぇな顔つきしてんだな」
「黙れ猫目。犯罪者の分際で会社の一大事に関わることに首を突っ込むんじゃねぇ。邪魔をすんな下等市民が」
「おーおー、高級一族がそんな下衆な言葉使っちゃって。どうせろくでもねぇことなんだろ? その一大事イベントってのはよ。テメェらにとっては大事かもしんねぇが、まず俺ら下等市民のことを考えてほしいもんだね。これ最近思ってることな」
しかし、ドリーは既に聞く耳を持たず、指をコキコキと鳴らしていた。
「……ま、やっぱ喧嘩は拳で語らねぇとな」
アウォードは血に飢えた獣のように歯を剥き出し笑う。
ボゴォン! と先程の罅割れていた壁が壊れる。
同時に、アウォードが転がり込んでくる。
「げほっ、がはっ」
腹部の痛みと舞い上がった砂埃で咳き込む。壊れた壁の外からドリーが入り、月光が彼を照らし、シルエットを作る。
「こいつ……装備なしでも相当だな」
アウォードは向かってくるドリーを見ながら立ち上がり、右フックを躱し、アッパーを繰り出す。それをドリーはヘッドバッドで衝撃を相殺した。
「――いっ」
だがドリーの方が一枚上だったのか、アウォードは拳の骨を痛めた。
「うぉらっ」
その隙をドリーは見逃さなかった。フックがアウォードの横腹にヒットする。
「――ああぐ……ンの野郎がァ!」
アウォードは踏み堪え、右ストレートを食らわせる。
「うぉがっ」
首が飛びそうなほどの勢いで殴られるも、踏みとどまり、アウォードの顔面を殴りつける。声も出ぬままアウォードは殴られた勢いで体勢を完全に崩し、頭から床に直撃する。
「ぐ……が……」
「脳震盪で思うように動けねぇだろ。まぁ安心しな。すぐに楽にしてやる」
パン、と拳を掌に当て、首をコキコキと鳴らす。ドリーは倒れているアウォードの前へと歩く。
「情けねェなぁ、引退したにしても、ただのボディーガードにやられるなんざ、プライドが傷つくだろ」
皮肉じみた同情を吐き、ドリーは拳を強く握る。
しかし、ドリーの足に一瞬の違和感が走る。そして鈍痛へと変わり、激痛へと急変する。
「――っあがぁああああああああああ!!」
ドリーの足の甲にはナイフが垂直に刺さっていた。そのナイフからは煙が出ており、ジュワワ、と装甲の金属が溶けるような音が足からする。
ドリーは身を崩し、刺さった高温ナイフを抜けないまま足を抱えてのた打ち回る。
「はぁ……げほっ、がはっ……流石の馬鹿力野郎も耐えきれなかったか。念のために一本持っててよかったぜ」
アウォードはふらふらと立ち上がり、ドリーの足に刺さったナイフを抜き取る。
ドリーは唸り声を上げながら、こちらを睨み、立ち上がり様に下からアウォードを殴りつけるが、痛みが足に集中していて思うように立ち上がれず、その動きは先ほどよりもゆっくりだった。
アウォードは獣の如く鋭い眼でドリーを睨みつけ、ひとつ深呼吸しながら拳に力をいれる。
「――しっかり受け止めろよ木偶の坊が!」
アウォードの一撃がドリーの顔面へ直撃する。ドリーの顔はめり込み、ミシミシミシと骨が粉砕直前にまで達しているのではないかというほど軋む音が鳴る。ドパァン! と弾けたドリーの身体は近距離にあった壁に激突し、ボゴォン! とその巨体に等しい穴が空く。
塔の外側にまで吹き飛んだドリーの意識はそこで途絶えた。
「……はぁ……はぁ……やっとか……」
アウォードは終わったことを確認するとそのまま地面に倒れる。
「はぁ~疲れたっ。筋肉痛どころじゃないなこりゃ」
しかし、何かを思い出したのか、がばっと起き上がる。
「寝てる場合じゃねェ! まだ事件解決してねェよ!」
そのとき、数メートル先の穴の開いた天井から誰かが降りてくる。
「……っ、おまえっ」
イノだった。だが、アウォードが見てきたその雰囲気とは異なり、妙な威圧を放っていた。
しかし、イノがアウォードの存在に気が付くなり、その真剣な表情と威圧感が消え、呑気な声が返ってくる。
「あれ、赤髪ちゃんじゃないですか。手や顔まで真っ赤になってますけど大丈夫ですか?」
その声を聞き、呆れる程安堵感を覚えたアウォードだったが、それもすぐに消える。
「……おい、あいつは……?」
見つめた先には黒衣の姿をした鉄仮面の男がいた。金属色一色のその飾り気ない仮面に不気味さを覚える。
「あの人はしずかちゃんです。話しかけても何にもしゃべらないんですよ」
「……おまえのネーミングセンスってなんか……ってうぉあ!」
突然、イノの顔面や身体が何度も爆発し、そこにあった姿は爆圧によって一瞬にして消える。熱気と爆風がアウォードの皮膚を熱くさせる。
メリックの両の手にはピストルサイズの重火器が構えられており、銃口から煙が真上へと漂っていた。
(銃にしては威力が高すぎるだろ!)
砲弾よりは軽い爆発だが、突然故、不意を突かれる。
「……くそ! 直撃しやがった!」
あの爆発だと、普通は頭ごと身体が焼け、消し飛んでいる。アウォードはそう思った。
イノは軽く吹き飛ぶが、壁の手前で足を地面につけ、爪先で急ブレーキをかける。
頭部は吹き飛ぶどころか、傷一つ付いていなかった。
「……は?」
アウォードはぽかんと唖然する。
「あーもう、それあまり使ってほしくないんですよ」
何事もなかったかのようにイノは少し困った顔で向かいの男に言う。
「……わからんな」
メリックが突然口を開く。低く、小さい声なので聞き取りづらいが、イノにはしっかり伝わっているようだ。アウォードも辛うじて聞き取れていた。
「あ、やっと喋った。名前変えないと」
イノの言葉には何一つ触れず、メリックは話を続ける。
「……何故、貴様はすべてを受け止める。護るだけでは進まぬままだぞ」
その言葉を聞き、イノは考える間もなくあっさりと答えた。
「この場所はエリナさんがずっと大切にしてきたフィルさんとの思い出の場所なんです。だから、あまりこの塔を傷つけないでほしいんです」
その表情は穏やかなものだった。
静かにメリックは再び問う。
「そうしてこの塔を守っている間にもあの御方はあのふたりを死まで連れて行く。貴様の実力ならこの戦いを避けられたはずだ。何故決着をつけようとしない」
イノは「あー……」と頬を指でぽりぽりと掻く。
「ずっと考えてなかったんでそういうことは気にしてませんでした。まぁ結果オーライでいいんですよ」
話のまとまりがない。メリックはそのいい加減な発言に仮面越しで眉を寄せた。
「言われてみればそうですね、そろそろ決着つけましょうか。いい運動になりましたし」
と言ったときだった。
再び爆撃を喰らい、イノの身体は爆発に飲み込まれる。
その爆炎が目くらましの役割をし、メリックはその隙にイノのもとへ駈ける。その速さは風のように速かった。
「――っ、速すぎだろ」
相手の奇襲をイノに知らせようとアウォードは声を出そうとしたが、既にメリックは二刀のクナイのような短剣を抜刀し、爆炎の中に切り込んでいった。
ガキィン、と金属のぶつかり合う音が塔内で木霊する。
「あいつ武器かなんか持ってたのか?」
アウォードはそう呟いたと同時に黒煙の中からふたりの影が飛び出てくる。
メリックは二本の短剣を駆使し、目にも留まらぬ速さでイノを斬りつけてくるが、イノは襲い掛かってくるそれを素手で弾き返していた。
それを見たアウォードはまたも唖然とした表情を浮かべる。
「……なんなんだあいつは……」
その体格で人並み外れた身体能力。それだけでない、人を斬るための剣を素手で対抗しているのだ。金属音が聞こえるが、とても生身の手から聞こえる音ではない。
イノは壁を蹴り上がり、天井に足を付き、タン! と勢いよく下にいるメリックへ突っ込む。だが、それはあっさりと躱されるが、地面に激突することなく、手をつき、ギュルンと回転蹴りを繰り出す。しかし、それも避けられ、距離を置かれる。
メリックの手から十数本の仕込み針が矢の如く飛んでくる。それをするりと悉く躱した瞬間、メリックの猛攻がイノを襲った。
振りかかった短剣を弾くのではなく躱すように、流すように手で払いのけ、相手の重心を崩す。だが、メリックは倒れることなく、その重心の流れを利用して思い切りの力でイノの右頭部を切り刻もうとした。
イノは右腕を盾代わりに頭上の少し右側に翳し、会心の一撃を受け止めた。
ガギィン! と金属音が反響する。とてもその女性のような白く細い腕から聞こえてくる音ではない。
すると、受け止めた短剣がパキ、と罅を入れ、折れる。折れた刃がカランカラン、と石床に落ちる。
「……その腕に金属でも仕込まれているのか?」メリックは訊く。
「普通の腕ですよ」イノは微笑む。
ドォン! と銃声が轟き、同時にイノの懐で爆発が起きる。爆風を生かし、メリックは大きく後方へ下がる。イノは吹き飛び、瓦礫の中に突っ込んだ。
「……弾切れか」
メリックはそう呟き、黒衣の中から弾を取り出し、装填しようとしたとき、いきなり銃をしまい、短剣を抜き、振り返り様に空を薙ぎ払う。
「うわっと」
すると、先程前方の瓦礫の山に突っ込んだはずのイノがメリックの真後ろにいた。振り払われた剣を躱し、後方へバク宙をして距離を置いた。
「うわーあぶなかった。よく気づきましたね」
「……ダミーか?」
冷静にメリックは問う。アウォードはただ訳も分からぬ事態を見守ることしかできなかった。
「あ、いえ、ちゃんと瓦礫には突っ込みましたんで」
「……尚更解せぬな」
メリックは一本の短剣を構え、身体を前屈みに倒し、その重心を加速へと変える。
それこそ風のような速さ。突然の一騎打ちはイノを不利にさせた。メリックはそこに居たイノをその剣で斬り払い、斬られたイノの後方を歩いている。
――ように見えた。
「――っ」
ズシャアッ、とメリックは声も上げぬまま床に倒れる。そして、倒れたまま、再び動くことはなかった。
「……」
イノはすたすたと歩き、アウォードの方へと向かう。アウォードは驚愕の表情を浮かべたままだ。
「やっぱりすぐに終えた方が良かったですね。疲れました」
イノはぐったりとする。
「……おまえ、なんなんだよ……っ」
「……ん?」
きょとんとした表情に対し、少しいらっとしたアウォードは立ち上がる。
「いや『ん?』じゃねぇよ! なんだお前!? 壁登ったり剣を素手で弾いたりなんか瞬間移動したり! それに大砲みてぇな銃弾くらっても死なねぇし、最後のなんだあれ! 俺でも何が起きたのかわかんねぇよ!」
びしっ、びしっ、とアウォードはイノの真っ白な頭に手刀を入れる。
「最後のはくるって回ってかわして首にチョップですよ」
「誰が解説しろって言った!」「あいたっ」
強めのチョップで頭にドスッと叩かれる。
「でもあの呟きマスクさん、全身武装でしたよ。首にまで鎧があったんで強めに入れないとダメでしたもん」
アウォードはイノにチョップするのを止め、倒れたメリックの方を見る。
「……やっぱりこいつも全身武装だったか」
アウォードはメリックの傍へ歩く。黒衣を剥ぎ取ると、ドリーと同様、全身武装で施されていたが、内部には特に装置のようなものは仕込んでいないみたいだった。
「意識はなし、か。そりゃあ首裏の鎧にヒビが入るほどの手刀で叩かれたからなぁ。延髄蹴りより強いんじゃねーか?」
メリックの首裏の黒い装甲はイノの手刀によって深く罅割れていた。
「そうですねー、でも死にはしませんよ」
「……なあ」
「はい?」
「おまえさっき、この塔を傷つけたくないって言ったよな」
「そうですよー」
「……そうか」
アウォードは二か所ある壁の大きな穴を見つめた。
薄暗い塔の中で、ただ小さな溜息をつく。




