14節 旅人の瞳はどこまでも紅く
「……おい!」
ひとりの装甲兵が話す。
「なんだ! こんなときに!」
「ここに来たの二人だよな! もう一人は何処にいる!」
「…………」
しかし、辺りを見回しても、そのもうひとりの姿は見当たらない。
「……どこいった?」
*
「……くそ、まさかこの街にアウォードがいたとはな。『罪狩り』を辞めたとはいえ、実力は健在か」
塔の三階の壁の崩れた場所からデクトは眼下の戦況を眺望していたが、その顔は苦虫を噛み潰したかのようだった。
「道理で見たことあるやつだと思ったわい。おい、急げ! さっさと準備にとりかかるぞ」
「――なにをするんですか?」
「……っ、うおっ!」
デクトは背後からの声に驚き、危うく転びかける。その場にいた十数人の装甲兵も驚く。
月明かりの夜空を背後に、崩れた壁の傍にはイノが立っていた。
「イノ!」
エリナは泣きそうで、しかし嬉しそうな表情でその名を叫ぶように呼んだ。
「どうやってここまで来た! あの大勢の兵の中、どうやってかいくぐってきた!」
「リードとエリナさんを返してください」
デクトの詰問に答えず、イノは用件をただ言った。
「ハッ、まだ言うか。いい加減言葉で言っても通じないってことぐらい理解しな!」
「え、でもこの言語以外喋れま――」
「そういう意味じゃねぇ! 何言っても無駄だってことだ!」
「……じゃあどうしましょ」
イノはう~んと悩む。デクトは「なんだこいつは?」と拍子抜けのようだ。
「イノ……おまえなんで来たんだよ!」
そう叫んだのはリードだった。顔も体も傷だらけで、痛々しい姿だったが、その瞳は依然と変わらぬ輝きを放っていた。
「リード、僕よりも強くなってみせるんじゃなかったんですか?」
「う、うるさい!」
「でも、護ってくれましたね」
「……何をだよ。俺こうやって捕まってるんだぞ」
「エリナさんを必死に守っていたんじゃなかったんですか?」
「え……」
まるでその場を見ていたかのような台詞にリードは驚く。
「床に血があったんです。見ていなくても、その姿を見れば、リードが必死にエリナさんを守ろうとしたってことぐらいわかりますよ」
「……でも、俺は……」
「そういえば、リードに言い忘れていたことがありました。今思い出したんですけど、世の中どうにもならないこともあります。エリナさんの借金だって、死んでしまったフィルさんに会えることだって、この世界じゃどうにもなりません。でも……だからといって諦めるだなんて僕は一言も言っていない」
「え……」
しかし、イノはリードにこれ以上言うことなく、デクトと装甲兵に話しかける。
「リードとエリナさんを傷つけたのは君たちですか」
イノは一歩進む。
「僕は別に殴られたって蹴られたって、馬鹿にされたって、事が済むならなんだっていいんです。でも、どんな理由であれ……」
月光に照らされ、輝く白髪越しの紅い眼がぎらつく。凛としたその表情はさっきまでの表情とは打って異なり、紅蓮に輝く瞳は炎のように熱く、しかし氷のように凍てつくそれだった。
姿は同じであれ、その中身はまるで別人だった。
「――仲間を傷つける奴は決して許さない」
イノは叫ぶように、しかし静かな声で言い放った。
覇気が籠る。畏怖あるその声はここにいるすべての者を怯ませる。
その威圧ある静寂を最初に破ったのはデクトの声だった。
「はっ、これが友情ってやつか。素晴らしい名台詞はいいんだが、それがこの兵力の前で通用するのか?」
デクトの前に二十人以上の装甲兵が剣や銃を構えてイノの前に立ちふさがる。
「……」
「イノ! 逃げて!」
エリナは必死の思いで叫ぶ。
「っ、イノ! おい! やめてくれ! イノは関係ないだろ!」
しかし、リードの声はデクトの耳には入らない。
「武器一つ持ってない、特に力もなさそうなおまえに何ができる! 何事にも首突っ込んじゃいけねぇってことを思い知るんだな!」
デクトはそう言い残し、数人の兵にエリナとリードを引きつれるよう指示し、共に奥へと向かおうとする。同時に、二十人越えの装甲兵の銃から一斉に火を噴く。
「――っ!」
「――やめろぉぉぉぉぉっ!」
「……え?」
数人の兵が唖然と目の前の人物をみた。
パァン! と破裂音が塔内で轟くが、それは発砲音とは異なるものだった。
そして、撃たれたはずの白髪の旅人が無傷だった。
「何が起きた……? いや、とにかく撃て!」
兵の合図とともに今度は乱射を仕掛ける。
先程は一度の一斉射撃でわからなかったが、数秒も続く連射により、その場の兵は更に衝撃を受けただろう。
「こいつ……っ! 銃弾を手で弾いてんのか!」
自分へ向かってくる銃弾を悉くその白く細い少女のような素手で弾いている。否、弾くというより、銃弾の流れを変え、その速度を格段に弱めている。その銃弾は空いた壁の外へと流し出され、夜空の虚空へと消えていく。
その目にも留まらぬ手さばきは誰もが驚く。
「くそ、これならどうだ!」
用意した3台の携帯式戦車砲が一斉に徹甲弾を撃つ。
しかし、ふたつの砲弾はその各々の手で受け止められ、あとの一発は腹部に被弾する。しかし、それは爆発することなく、まるでクッションのように受け止められた。
「……え?」
再び唖然とする。
デクトも異変に気づき、運ぶ足を止め、その様子を見る。しかし、数多くいる兵でイノの生死がわからないままだった。エリナとリードを担いだ装甲兵は先へと向かい、その他の兵はデクトと共に立ち止まる。
「戦車の装甲を貫通するほどの砲弾だぞ?! なんだあいつは!」
「弾が駄目なら近接戦だ! 行くぞ!」
全兵が槍や剣を構え、イノに襲い掛かる。
イノは砲弾2つを床に置き、残った一つを手に持ち、前方へと放物線上に投げる。一瞬だけその徹甲弾を見てしまった前線の兵はそれを避け、再び前を見る。
「……っ、消えた?!」
「どこいった!」
突如消えた旅人を十数人の装甲兵は探す。冷たい石床に徹甲弾が落ちても爆発はしなかった。
「ここですよ~」
「!」
兵が見たものは、雇い主であるデクトがイノに捕まっている瞬間だった。
「は、放せ! 俺を誰だと思ってやがる!」
羽交い絞めにされ、デクトはじたばたと暴れている。
「中年男性の人間って思ってますよ」
「くそ、どこまでも舐めやがって……!」
淡々と言ったイノを背に、デクトの顔は怒りで歪んでいたが、半ば恐怖心も含まれていた。
「あいつ、社長を盾に……っ」
突然の形勢逆転。兵全員はデクトを人質にとっているイノに銃口を向ける。
「お、おい! 撃つんじゃないぞ!」
デクトは脂汗を額に滲ませる。
「捕まえたはいいけど、このあとどうしよう。社長さん、どうすればいいですか?」
イノの問いにデクトは答えず、ただこの生死を分かつであろう状況に脅えていた。
「……っ! メリック!」
デクトが叫ぶと、イノの首筋に冷たい感覚が走る。
「ぅわっと!」
そう感じた瞬間にイノはデクトから離れ、床を転がって立ち上がって相手を確認しようとしたとき、眼前に刃が迫ってきていた。
「わわわっ」
イノは背中を反らし、突きつけられた刃の先端を避ける。しかし、その脚を強く蹴られ、イノは一瞬宙に浮かぶ。その隙を突き、刃がイノの喉元へ振り落とされる。
「ぃよっと」
しかしイノは空中でありながらも身体を捻じらせ、体勢を変えたおかげで間一髪、その突きを避けることができた。捻った体勢をそのまま生かし、床に着地する。
「ふぅ、危なかっ……てうわっ」
再び刃が眼前に襲い掛かる。イノは後方へ下がるが、ふたつの刃はヒュンヒュンヒュンと攻め続け、まるで無数の鎌鼬が襲い掛かっているようだった。
イノは相手の下へもぐりこみ、身体を転がし、反対側へ移動する。距離を取ったイノは頭を掻く。
「いやぁ~人にしては速いですねー。誰ですか?」
全身を黒衣で纏い、鉄製の何のデザインも施してない鉄板に褶曲をつけただけの仮面を被った男は両手の五十センチほどの短剣をくるくると振り回す。
「……」
「あり、無言ですか」
イノは少し頬を指で掻き、うーん、と何かを考えた後、
「無言で静かだし、名前はしずかちゃんでいいですか?」
「……」
それでも、黒衣の男は黙ったまま。
「よし、後は頼んだぞ! 5人ぐらいの兵は俺についてこい! 残りはそいつを始末しとけ!」
デクトはそう言い残し、人質二人を連れて奥へと消えていった。
「あ、ちょ、待って下さ――」
空を切る音が耳元で響く。イノの頬が短剣の切っ先に掠り、傷ができる。
イノの前にメリックと呼ばれた黒衣の男が道を塞ぐ。
「参ったな、正直動きたくないんで見過ごしてほしいんですけど……やっぱだめですか」
イノは頬の傷をさすりながらじりじりと近づく装甲兵たちとメリックと呼ばれた黒衣の仮面男を見眺める。
「……よし!」
イノはにっと笑い、肩を回す。頬の傷は無くなっていた。
「久しぶりにちょいと暴れますか!」
と言った同時にメリックを除く全兵が武器を構え、駆け出した。
振り落とされた剣をするりと避け、その剣を持った手を掴み、くるっと回す。
「っ! うぉあ!」
その兵はいとも簡単に宙を舞い、円弧を描き、ガシャンと装甲の鎧の音を荒く立てながら床に叩きつけられる。
「よっと」「うぐっ!」
他の兵もあっさりと宙返りし、背中から床へ叩きつけられる。
「うおおおおお!」
槍を持った兵が勢いよく突進するも、イノはするりと躱し、その槍をすぽんと引き抜き、その兵を持った槍の柄で背中に一撃を与える。その兵は床を滑るように身体を何度もバウンドし、壁にガンとぶつかる。
「ありゃ、ちょっと強かったかな?」
あらら、とイノは意外そうな目で叩き飛ばされた兵を見た。
「まぁ大丈夫か」
「うぉあああああ」
次々とイノに襲い掛かるも、ひざ裏を蹴られたり、重心を崩されたりして、兵は無傷でありながらも身体を投げとばされたり、倒されたりし、床に転がる。
「な、何が起きてるんだ……?」
「あの装甲も含めて、重さは100は越えてるはずだぞ!」
「何故あんな簡単に投げ飛ばされてるんだ? 何者なんだあの白髪頭は」
デクトの護衛としてついている数人の装甲兵は同胞が逆にやられている姿を見て驚愕の声を漏らしていた。
「……なるほど、合気道か」
少し様子を見ていたひとりの兵は予想外の状況に最初は戸惑っていたが、直に冷静を取り戻し、分析を行っていた。
合気道とは、相手の呼吸と自分の呼吸を一致させ、相手の重心を流す、武術の一種。相手を傷つけない、護る武道。
イノの場合、普通のとは違う型だが、なんにせよ、床に倒すだけでは敵は減らない。
倒された装甲兵は立ち上がり、再び襲いかかる。
「う~ん、やっぱり倒すだけじゃキリないか」
イノはそう言い、今度は兵のうなじを手刀で軽い感じで叩く。
すると叩かれた兵は気を失い、ガシャン、と倒れる。
トスン、トスン、トスン、と四方八方から襲い掛かる刃を切り抜け、イノは次々と相手のうなじ、つまり延髄に衝撃を入れ、気絶させていく。
背後から兵が剣を振り上げる。しかし、イノはそれに勘付き、くるりと振り向きざまにデコピンを相手の額に当てる。
「うごぁ!」
とてもデコピンを当てられたとは思えない程の叫びと装甲の振動音が響き、その兵は後ろに倒れ、気を失った。
「よし、これで全員!」
イノは「にひひ」と笑う。さっきまでの騒動はなんだったのか、今はすっかりと静寂を迎えていた。イノの足元には気を失っている二十人以上の装甲兵が倒れていた。
「……」
メリックは腕を組んでおり、ただこの状況を見ていた。
そして、両袖からサバイバルナイフのようなものを出し、手に持った。
イノは上着の白シャツを脱ぎ、丸めて壁際へ投げる。
白く華奢な腕と肩、肩甲骨が露出した黒いタンクトップの姿になったイノは屈伸や伸脚といった準備運動をする。
そして、骨の鳴らない首を一回回し、
「さてと、もういっちょいきますか!」
戦闘表現はどうも文章が長くなってしまいます。わかりづらかったら申し訳ありません。




