11節 少年の決意と電話の声
1時位にエリナの家へ帰り、昼食を3人で食べた。久しぶりの肉や高級魚などの豪華食材を前にやる気に満ちたエリナは腕を振るい、昼食にしては豪華でボリュームがあったが、イノは平然と料理を平らげた上、おかわりまでもした。
昼食から4時間後、日が沈みかける頃。
「あれ~、どうしちゃったんだろう突然」
「どうかしたの?」
「う~ん、リード君、イノどこにいるか知ってる?」
「……知らない」
「じゃあ散歩かな? でも中心街に行くほど迷いやすいし、心配だなぁ」
「……」
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「ふ~ん……」
エリナはじっとリードを見つめる。それに気づいたリードは少し顔が赤くなる。
「な、なんだよ」
「リード君今日元気なかったからどうしたのかなって思って」
「……」
リードは目を逸らし、黙り込む。
「よかったら私に話してほしいな。何もできないと思うけど、聞くことだけならできると思うし」
エリナはやさしく語りかけたが、それでもリードは話すのを躊躇った。
(エリナさんのことだからな……)
「なんでもいいから、話すだけ話したら少しは楽になるよ。ほら言った言った!」
元気づけるようにエリナは笑顔で言う。リードは有耶無耶した気持ちを少しは外に出してもいいかと思い、呟くように話し始める。
「……ケンカしたんだ。昨日の夜にイノと」
「ケンカ? イノはリードのことなんにも怒ってなかったけど」
「俺が怒ったんだ。しかも殴っちゃったし」
「そこまで? あんなに尊敬してたのに、どんなことで怒ったの?」
その質問に答えるのに間ができた。一呼吸置き、リードは口を開く。
「…………エリナさんのこと」
「えっ」
エリナは意外そうに驚いた。
「エリナさんの借金とか、叶えたい願いとか、なんかとても大変そうだったから、なんとかしたいって思ったんだ。だけど、イノは全く関心がないような顔で『どうにもならない』って言ったんだ。あれは全部エリナさんの自業自得だって。説得しても、へらへらして諦めて、どうでもいい顔してたんだ。だから、怒った。今でも俺はイノにがっかりしてる。あんなに情けなくて思いやりがない人だと思わなかった」
しん、と静かになる。エリナは自分のことでそんなことがあったとは思いもしなかった。申し訳なさが自分を責める。
「……ごめんね、私のせいでそんなことがあったなんて」
「エリナさんは悪くないよ。俺たち二人の話だよ」
「でも……」
「旅人ってさ、戦い抜いてきて生き残る人と、逃げ回って生き残る人、要領良く行動して生き残る人に分かれるんだ。俺は戦い抜いてきて生き残る人に憧れている。逃げ回る人生なんかごめんだ」
それを聞いたエリナは何も話さず台所に行き、何かを淹れている。その間の沈黙がリードにとって少し苦痛だった。
「……ねぇ、本当にイノのこと情けなくて思いやりがないって思ったの?」
ついにエリナは話し始めた。その表情はやさしいものだったが、リードにとっては少し怒っているかもしれないと目を逸らしたが、
「……あぁ」
それでも、自分の思いを否定はできなかった。
エリナは「はい」と淹れた珈琲をテーブルに置く。
「あ、ありがとう」
リードは熱いコーヒーを口につける。ほんのり苦いが、どこか癖になる味だ。
「……私から言えることじゃないけど、イノは私たちが思う以上に案外考えが浅いかもしれない。けど、それが底の見えない程深かったりするかもしれない」
「……?」
「イノはちょっと変わってる。でも、だからこそ決めつけられるような人じゃないと思うの。リード君の気持ちは分かるけど、それだけでイノを嫌いになったらダメだと思うよ」
「……でも、本当にそう言ったんだ」
リードは何か納得がいかないような表情でうつむいている。
「……まぁ、私の自業自得なのは事実だよ。言われても仕方ないし……」
エリナは自虐し、苦笑した。だが、少年は一切笑わない。
「……そうやって『仕方ない』で片づけるのかよ……っ」
少年の声は悲しく且つ怒りが含まれていた。
「リード君……」
「……俺、もうイノから旅なんて学ばない。自分で強くなることにするよ。守るべきものは守る、やるときはやる、そんな強者になってやるんだ……!」
独り言のように呟いた少年の眼は今までにない程光が強く感じられた。
エリナはこれ以上何も言えなかった。
*
イノはサドアーネの水路街でぶらぶらと歩きまわっていた。目に映る景色、人々を見ては楽しそうな顔をする。
「賑やかだなぁ」
浮き浮きした気分で街を見渡す。
ゴンドラに乗り、着いた先に広場らしき場所を見つけたのでそこへ向かった。
そこは石畳が円形状に並んで埋め込まれており、中央には大きな噴水があった。その真ん中に歯車で複雑に構成された時計台が針を刻む。
「ちょっと休むか」
イノは広場の隅にあるカフェテリアらしき店のいくつかある円形の白いテーブルの椅子に座る。他のテーブルにいる人を見てみると、新聞を見ながらコーヒーを飲んでいる男、談笑している4人の女性などが見られた。
テーブルにぐでーっと突っ伏する。そのまま寝てしまいそうになったときだった。
『――はい、やはり日を重ねるごとに増え続けいます』
「……?」
顔だけをあげると、視線の先に街灯に設置されている電話でなにかひそひそと話している怪しげな男がいた。イノは耳がいいのか、ここから電話まで数メートル近く離れていても容易に聞き取れているような表情をしている。その男を遠くからじっと見つめた。
『そうか、まぁその原因はどうだっていい。それだけ回収できて、開発に使えるからな』
「……この声どっかで聞いたことある。なんだったっけ」
『しかし、それに比例するかのように塔周囲の草木の腐食する速度が早まり、近くの動物の死亡率も高くなりました。やはりあの黒い菌が原因なのでは?』
『だからどうした。それは関係ないことだろ。いいから俺たちは開発すればいいんだよ。で、早くあの塔を手に入れねぇとな』
イノは突っ伏しながら目を瞑って聞き入っている。しかし、どうみても寝ているに等しかった。
『あの女性はどうします?』
『ほっとけ。あんな頑固娘うんざりだ。時間は分かっているな? 気を抜くなよ』
『わかりました。……あの、本当にあの塔にそのようなものが存在するのですか?』
『ははは、まぁ疑うのも無理はねぇが、あれは必ず、あそこにある。変更があればまた連絡する。じゃ、後でな』
『はい、失礼します』
男は電話の受話器を置き、どこかへ走り去ってしまった。
「あの電話の声……エリナさんの家に来た人の声だったな」
イノは目を開け、身体を起こし、あくびを一つする。
「夜あたりかな。そんときにエリナさんとリードに言っておこう」
そう呟き、そのままうとうとと寝てしまった。
目を覚ますと、日は沈み、夜を迎えていた。ここからでも見える海の景色には夕日が映っている。
「……帰ろうかな」
立ち上がり、振り返ると、そこには見たことのある筋肉質な大柄な赤髪の男とばったり出会った。
「お、また会ったな旅人さんよぉ」
「あ……えーと…………はいそうで――」
「おまえ絶対忘れてるだろ」
「忘れてませんよ、思い出そうとしてるんです」
「それを忘れたって言うんだよ」
「あ、わかった! 赤髪ちゃんだ!」
「見た目そのまんまじゃねーか!」
「赤髪ちゃんこんなところでどうしたんですか」
「……」
額に包帯を鉢巻のように巻いている傷だらけの赤髪の男が溜息をつく。
「その呼び方やめろ。俺はアウォードだ」
「あーそんな名前でしたね」
「ま、今やっと仕事を終えたところだったからよ、気分転換に外の空気吸ってんだよ」
「へぇ」
「で、今度はそこに寝てたのか。ほんとに寝るのが大好きだな旅人さんはよぉ」
アウォードはバカにしたように笑う。
「明るかったはずなんですけどね、気が付いたら暗くなってたのでびっくりしましたよ」
「それ以前に店の人によく注意されなかったもんだ。影薄いんじゃねーの?」
「かもですね。よくありますよ」
イノは広場の中央の噴水にある時計台を見ると、時刻は八時を過ぎていた。
「あー……、エリナさんのとこに帰らないと」
「誰かに泊めてもらってんのか?」
「はい、エリナさんとってもいい人ですよ。リードもその家にいます」
「ほぉ、エリナって女か」
「そうですよー、あ、なんなら一緒にご飯食べます? エリナさんの料理とってもおいしんですよね」
「……いやお前が言う台詞じゃないだろ。ま、折角だし行くだけ行ってみるとしようか」
イノはアウォードを連れ、エリナの家へ向かう。
涼しげな夜空は輝く星でいっぱいだった。
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