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第九十八話 幻想の世界の、崩壊の序曲

 俺が監禁されている部屋に、アリスがやってきた。ちなみに、その前にも、アカリと虹塚先輩が訪ねてきている。アカリは大人しく退散したが、虹塚先輩は今もベッド下で粘り続けていたりする。


 あからさまに怪しいとはいえ、偽造メールまで送って、誰も近寄らないようにしたのに、計算違いの訪問が続く。優香は、さぞかし機嫌が悪いかと思えば、そうでもなかった。


「あら…、妹さんじゃない。健気ねえ、あんな小さい体なのに、こんな大きな声を出して……」


 アリスが、俺の彼女だということを知らない優香は、ドアの向こうから声を上げている彼女を見下したようにあざ笑っていた。彼氏として、頭にくるものはあるが、ここで変に目くじらを立てられるよりはマシだと、怒りを収めた。


「……アカリちゃんの言った通りだわ。呼びかけても、返事はナシ」


 一方、外では、アリスがため息をついていた。これだけ呼びかけても、返事がないのだ。収穫なしでは、ため息が出るのも仕方がない。


 この部屋のことは、アカリから聞いてやってきたらしいな。ドアノブに鎖がかかっているのを見ても、落ち着いているのは、事前に聞いていたからか。しかし、意外だな。あの二人って、あまり仲が良いイメージがないのに、情報共有なんて。


「だ~か~ら~! 言ったじゃん! お義兄さんは旅に出たって! ほら、いないことが分かったら、隣人からクレームをもらわない内に帰ろうよ」


 アキも一緒なのか。優香が俺に成りすまして出した、「旅に出ます」メールを真に受けている発言だ。しかも、アリスと違って、諦めが早い!


「でも、お義兄さん。どこに旅に出たんだろう。探さないでくださいって断っているくらいだから、しばらく帰ってくることも考えられないし……。もしかしたら、浮気相手も一緒だったりして……。プププ……!」


 ドアの向こうから、何かを叩くような乾いた音が聞こえてきた。どうせ、いつものきつめのスキンシップだろう。


「じょ、冗談に決まっているのに~」


「冗談だと分かっていたけど、今のあなたの私を嘲る顔が、と~ってもイラッとしたから、とりあえず引っぱたいたの」


 相変わらずだな。ほんの数日前に会ったばかりなのに、もう何年も会っていないような気さえするよ。


 ちなみに、妹から見下されてキレるんだから、妹と間違われていることに気付いたら、どれくらいキレるんだろうか。ただじゃ済まないことだけは確かだが……。


「きっと何か事件に巻き込まれているのよ。爽太君は、彼女である私を裏切って逃げるような奴じゃないわ!」


 アキの戯言など聞き逃せばいいのに、真に受けて恥ずかしいことを声を大にして叫んでいる。そんなことは後回しでいいから、まず俺の救出を優先してほしいと、赤面しながら考えていた。


 一方で優香は、彼女という単語が耳に入ったことが引き金となって、表情が一変していたのだ。


「……彼女?」


 たった今、アリスが呟いた言葉を、心底忌々しそうに反復している。目には、憎しみすら讃えている。


「あのチビ……。妹じゃなくて、彼女なの……? 嘘でしょ?」


 魔女が呪文を唱えているような重い口調で、俺の顔を覗き込んでくる。きっと「違うよ」と否定してほしいのだろう。


 残念。ドアの外で声を張り上げている美少女こそが、俺の彼女、雨宮アリスなのだ。……と、自慢出来たら、どれだけ気が楽か。


 今、アリスが彼女だと告げたら、激高した優香が、どんな行動に出るか分からない。いや、既に豹変しているところから察するに、俺の返答次第で、アリスに危害を加えるのは間違いない。彼氏として、自分の発言で、彼女を危険な目に遭わせることだけは、どうしても避けねば。


「こ、声を聞いただけじゃ分からないな。体を動かしていないせいか、耳までよく聞こえなくなってしまった」


「……答えになってないよ」


 はっきり否定すべきところなのに、曖昧な返答をしてしまった。嘘とはいえ、アリスとは赤の他人だと言えなかったのだ。しかし、これでは、アリスが彼女だと肯定しているようなものじゃないか。


「……でも、いいわ。彼女という話が本当でも、あれじゃ手ごたえがないくらいに、あっさりと私が勝っちゃうから」


 アリスを完全に見下すような発言をしている。どんなことがあろうとも、自分が選ばれると信じて疑わない顔だ。自信を持つのは良いことなんだが、選ぶ側の俺からすれば、哀愁しか漂ってこないんだよな。


 外では、アリスたちが、何やら次の手について相談している。それは、思ったよりも物騒なもので……。まあ、優香の所業に比べれば、子供のイタズラレベルだがね。


「もう! 埒が明かないわ。部屋の中に入って、調べるわよ。もしかしたら、室内に、爽太君の行先を知る手掛かりがあるかもしれない」


「強行突破ってやつですな! 今日のお姉ちゃん、滅茶苦茶アクティブじゃん! こんなに行動的になったのは、お義兄さんを騙した時以来じゃ……、痛い!?」


 こっちの緊迫した状況など知らないアリスは、まだ声を荒げて、叫んでいる。自分がいかに危険なことをしようとしているのか気付いていないのだ。何と言っても、部屋の中には、俺の他に誘拐犯までいるんだぞ。ドアを開けた途端、脅威と遭遇する羽目になるんだぞ。同行しているアキまでやる気になっているし、このままじゃ二人ともアウトだ。


 そんな俺の気持ちなど察することもなく、鍵をピッキングで開けようとしている音が漏れてきた。意地でも入るつもりなのだ、二人とも。


 向こうがそこまで本気なら、俺も覚悟を決めなければいけない。


 アリスとアキの安全がかかっているんだ。躊躇なんかしている場合か~!!


「おい……」


「駄目」


「~~!!」


 捨て身の覚悟で、外の二人に危険を知らせようとしたが、失敗に終わった。優香の方も、俺が大声で呼びかけていないか、ずっと警戒していたのだ。その監視下の中では、覚悟を決めたところで、彼女の裏をかくことは叶わず、顔を床に叩きつけられてしまった。口の中に血の味が広がったので、もしかしたら、どこが切ったかもしれない。


 というか、いくらアリスたちを思いやったとはいえ、行動がストレート過ぎたな。もっと工夫しないといけなかったんだ。アリスのことで、頭がいっぱいになって、行動が単純になってしまっていたのが悪かったな。


「あれれ? 今、中からお義兄さんの声がしましたぜ?」


「それ……、本当なの?」


 でも、いいや……。俺の存在は、向こうに伝えることが出来たみたいだし……。


 アリスには聞こえなかったみたいだが、アキには届いていた。この地獄耳め。ここを脱出出来たら、しっかりとお礼を弾んでやるよ。


「どうして?」


 一方の優香は、完全と思い込んでいた要塞にひびが入っていくことに、心底イライラを募らせていた。俺の顔を床に押さえつけたままだが、手が震えていた。


「爽太君……。どうして邪魔をするの? 私との二人きりの世界じゃ不満なの?」


 お生憎様……。こっちはアリスと一緒の世界にしか興味がないんだよね。


「そんなに……、外にいる、あの女の方が良いの……?」


 だんだん思考のズレが激しくなっているな。このままだと、収拾が効かなくなるかもしれない。


 俺は大きく息を吸った。とはいっても、顔を床に押さえつけられている状態なので、呼吸するのには苦労した。


「浮気性の彼氏には……、お仕置きが必要かな」


 俺はお前の彼氏じゃないと正論を言ったところで、通じそうにないのは雰囲気で分かった。虚ろな目で、優香が俺の顔にそっと触れる。木下だったら、キスでもしてくれるのかと、頭の悪いことを想像するんだろう。


「でも、その前に、ドアの前の害虫の処理が先だね」


 優香は立ち上がると、トンカチを手にした。


「これ、借りるね」


 やばい。使う気満々だ。


 次の瞬間、爆音が室内に響いた。ドアの向こうのやつも、大胆な行動を取りだしたな。


「ちょ、ちょっと……! 何をしているのよ」


「何って、ドアノブを破壊するのよ。鎖を外せないんだから、こうなったら、強行突破ですぜ!」


 鍵が開かなきゃぶっ壊すか。相変わらず滅茶苦茶なやつだな。アリスは、慌てて妹を止めようとするが、アキだって退かない。


「……お義兄さんを助けたくないの?」


「……」


 妹の蛮行を止めに入っていたアリスだったが、アキの一言に黙り込んでしまった。


「アキ……。そのトンカチを貸して」


「え? 別にいいけど……」


 会話が中断したかと思うと、さっきより高い音が室内に響いた。


 今度はアリスがドアノブの破壊を始めたのだ。さっき俺が捨て身で出した声のおかげで、ここに俺がいることを確信したアリスが覚悟を決めたのだ。


「無茶をするわね」


 ここにきて、優香が圧倒されている。だが、気持ちは分かる。同時に、アリスと喧嘩しても、絶対に勝てないことを、改めて思い知らされた。


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