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第九十二話 籠の中の俺と、拘束する鎖

 ある朝、目覚めてみると、俺は自室から出られなくなっていた。玄関ドアは、外から固められているのか開錠しても、ピクリとも動いてくれないし、窓ガラスは内側から回すタイプのカギが破壊されていた。


 外に助けを呼ぼうにも、携帯電話が紛失していた。代わりに、冷蔵庫の横に、缶詰めとミネラルウォーターがぎっしり詰まった段ボールが二つ置かれていた。窓ガラスの鍵が破壊されていることといい、寝ている間に、何者かがこの部屋に侵入してきたのは確かだ。ていうか、ここまでやりたい放題されている横で、目覚めることもなく、爆睡していた俺って、どれだけ危機感に乏しいんだよ……。


 どうやって脱出するか、途方に暮れていたところに、宅配便の業者さんがやって来てくれたが、彼も救世主にはなってくれなかった。俺が返事をするのも待たずに、さっさと帰りやがった。


 粘りの足りない業者さんに文句を言ってやりたくなったが、もうドアの向こうにいない以上、言ったところで仕方がない。それよりも気になったのは、この部屋のドアのところで、苦虫を噛み潰したような声を上げていたことだ。声の感じからして、かなり異様なものを見つけたようだが、それは一体なんだ? 俺の部屋のドアに何かされているのか? 距離的には十センチにも満たない筈だが、室内の俺からは確認することが出来ない。


 納得いかない気持ちで、ドアスコープから外を除くが、当然何も分からない。もしも、ドアに落書きがされていたとしても、内側から覗いたところで、分かる訳もない。


 すると、そこに若い女性が通りがかった。彼女はこちらを見ながら、怪訝な表情を浮かべて去っていった。やはり、ドアに何かされている。おそらく、ドアが開かない理由と無関係ではないだろう。


 ここまでのことを整理して、玄関ドアから出るのは、まず諦めた方が良いという結論に達した。


「こういう時って、警察や消防に連絡しても、いいんだっけ?」


 果たして自室に閉じ込められましたといって、信じてもらえるかね? いたずらかと思われないかな?


 まだ危機意識の沸いてこなかった俺は、自身のプライドと葛藤していたが、良く考えてみたら、携帯電話がないので、そもそも連絡を取ることが出来ないということに気付いて苦笑いしてしまった。結局、自分でどうにかするしかないって訳ね。


 まあ、考えることもないか。玄関ドアが駄目だとなると、もう脱出可能な場所は一つだ。


「……仕方ないか」


 工具入れから、トンカチを手に取り、窓ガラスへと近付く。俺の目が捉えているのは、捻じ曲げられて回らなくなった鍵だ。


 本意ではないが、こうなっては仕方がない。壊すしかない。


 トンカチを右手に構えながら、窓ガラスと向き合う。昨日、優香が、物珍しそうに窓ガラスを眺めていた時は、こんなものを見て何が楽しいのだろうと思っていた俺が、じっと見ている。この状況だけに仕方がないとはいえ、皮肉なものだな。


 ため息が漏れてしまうが、よく考えてみれば、ここまで変形してしまった以上、どの道、修理を頼まねばならない。今更悩むことでもなかったのだ。


「せめて一思いに壊してしまうか……」


 俺はトンカチを握る手に力を入れると、思い切り振り上げた。


 こういうことでもないと、部屋の備品を壊すことはないと、むしろ良い機会だと自分に言い聞かせたのが良かったらしい。気持ちの良い音を立てて、根元から折れた鍵は、勢いよく床に叩きつけられた。見るも無残に転落していく姿を見ていると、逆ホームランと言ってみたくなる。


 再度、窓ガラスを横にスライドさせてみると、鍵を壊したため、すんなりと開いてくれた。


「なるべく早く修理を頼まないとな……」


 修理業者には、何て言い訳をしようか。寝ぼけて壊したと言っても、信じてはくれないだろうな。


 俺は玄関から靴と、床に投げ出されている鞄を持つと、こんな時に呑気なことだが、学校に行くことにした。今から行っても遅刻は確定だが、休むよりはマシだろう。今回の件について、警察よりも、まず木下やアリスに話を聞いてもらいたいという理由もあった。


 靴を履いて、部屋の外に出ると、言葉にならない開放感を得た。一方で、この後どうするかという思いにも駆られた。


 この部屋から、ひとまず退散するとして、今夜どうしようか。こんなことがあった直後だから、さすがにな……。アリスの家に転がり込む訳にはいかないしなあ。……本音は泊まりたいけど。木下も家族と同居しているから、難しい。


 知り合いは高校生ばかりなので、今夜から泊めてほしいという無茶振りに答えてくれそうな人に、心当たりがない。ホテルを利用するなんて、もっての他だし。


 いっそ、学校に泊まるか? 屋上に潜めば、案外ばれないかも。うちの学校、警備とか手薄っぽいし。


 ……何てな。普通に考えて、叔父さんに事情を話して泊めてもらうのが、得策だろう。幸いなことに、同居していないとはいえ、仲が悪い訳ではない。しつこく事情を聞かれるだろうが、仕方がない。寝ている横で、良からぬことをしてくる輩がいる状況下で、野宿する危険に比べれば、なんてことはない。


「どこに行くの?」


 突然、横から声をかけられた。


 外に出られたことで警戒心が緩んでいたらしい。今後のことなど、考えている場合ではなかったのだ。まず、自分の身の安全を確保することこそが、最優先だったのだ。


「優香……」


 まず目に入ったのは、彼女のチャームポイントともいえる胸の前で編み込まれた髪だが、注目したのは目だ。やはり完全にいってしまっている。あまり接したくない方の、ヤンデレ状態の彼女だった。状況的に彼女が、俺を室内に閉じ込めた犯人と見て良さそうだな。


「駄目だよ。お外に出ちゃ……」


 俺の体を電流が駆け抜ける。スタンガンを当てられてしまったらしい。痺れて、動けなくなったところに、頭に強烈な一撃。途端に、俺の意識は遠ざかってしまう。


 もう一息で、脱出できたと思うと、自身の詰めの甘さがとことん歯がゆい。悔しさを噛みしめながら、俺は床に倒れたのだった。




 気が付くと、周りが真っ暗になっていた。目隠しをされているからではない。寝ている間に夜になっていたらしいな。それは良いとして、いったい俺は、どのくらいの時間、眠っていたのだろう。


 まだ暗闇に目が慣れないが、ここが自宅なのは雰囲気で分かった。


 とりあえず電気でもつけようと、体を起こそうとしたところで、体が動かないことに気付いた。


 これは……、鎖か!?


 鎖でがんじがらめにされていて、ご丁寧に両足まで縛っている。せめて縄だったら、千切ってやることも考えたのだが、鎖では厳しい。


 今の俺の体勢を動物で例えるなら、芋虫がしっくりくる。これでは、電気をつけるどころか、手探りで脱出を図るのも厳しいな。


「起きた?」


 暗闇のせいで、顔が見えないが、すぐ近くに優香がいるのは分かった。まだ寝ている縁起でもしてみようかとも思ったが、起き上がろうともがいたからな。俺が返事をするまでもなく、意識が戻ったことは、彼女には筒抜けだろう。


「派手なことをしてくれたな……」


 最近のドタバタのおかげで、耐性はついているが、あまり良い気はしないね。


「仕方がないわ。爽太君のことを考えると、いても立ってもいられなかったんだもの。せっかく再会したのに、爽太君ってば、私に見向きもしてくれないんだもの」


 全く悪びれることもなく、平然と語ってくる。これは、説教したところで効果はないな。むしろ、下手に刺激すると、俺が危険かもしれない。


 というか、今、再会という言葉を使ったな。俺と優香が、昔会ったことがあるのは確かだ。


「声をかけようとは思っていたよ。でも、なかなか機会がなかったんだよ、ゆうちゃん……」


 さりげなく鎌をかけてみる。さあ、どう反応する?


「もう! 今更そんなことを言ったって、遅いんだよ? でも、私は優しいから、大目に見てあげるね!」


 ゆうちゃんと呼んだことについては、反応がない。もし、何も知らない人間が、拘束したやつから、馴れ馴れしい口をきかれたら、気分を害するものだ。だが、優香からは、そんな気配が感じられない。


「でも、嬉しいな。ずっと優香って、他人みたいな呼び方で呼んでいたのに、やっとゆうちゃんって呼んでくれたんだもの」


 ははは! 昔、俺からゆうちゃんと呼ばれていたことをカミングアウトしてくれた。もう間違いない。優香、お前が「X」だったんだな……。


「お願いがあるんだが、拘束を解いてくれないか。あと、出来れば、部屋の電気も点けてほしい」


 駄目元でお願いしてみたら、拘束は解いてくれなかったが、部屋の電気は点けてくれた。まず目に入ってきたのは、満面の笑みで、俺を見下ろしている優香だった。ただし、目はいってしまったままだ。あと、口紅を薄くつけている。


 互いにしばらく見つめ合った後、優香は、俺にキスをしてきた。まるで勝利宣言でもするかのように。


 おいおい……。俺の方からキスしなきゃ、お前の勝ちにはならないんだぞ? こんな強引な手まで使ってきやがって。サッカーならレッドカードで、退場になっているところだ。


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