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第八十九話 ノンストップ、チャイム

「暑いな……」


 部屋で寝転がって、扇風機の風が体にずっと当たるようにしているのに、汗が止まらない。あまり汗ばかりかくので、思い切って、水分補給を中断したのに、止まらない。一体、体のどこに、そんな無駄な量の水分が残っているのかね。


 ピンポーン……。


 チャイムが鳴った。暑さでダウンしていて、あまり動きたくなかったので、大の字で寝転がったままで無視していると、今度は叫んできた。


「いるんでしょう? 開けて! 私よ!」


 ああ、なんだ、アリスか。彼女なら、応対しない訳にはいかないな。まだけだるさの残る体を無理に起こして、ドアを力なく開ける。俺の姿を確認したアリスは、挨拶の代わりにため息をついて呆れていた。


「今の爽太君。まるでゾンビね」


「ははは……。じゃあ、人間に復活するよ……」


 ふらついた足取りで、リモコンに手を伸ばすと、クーラーのスイッチをオンにした。


「クーラーをかけてくれるのは助かるけど、電気代はいいの?」


「大丈夫じゃないが、人が来るときは付けることにしているんだ。来客に気を遣っていると言うのもあるが、ちょくちょくつけていないと、俺が持たないからな」


「来客を口実に使用しているということね。爽太君らしいわ」


 皮肉を言われてしまったが、俺は気にしない。さっきまで隙間からマグマが湧き出ているんじゃないかと思ってしまうくらいに、地獄の様相を呈していた部屋に、冷風と天使が同時に舞い降りてくれたのだ。その程度のことなど気にもならない。


 俺が気分良くなっている理由は、他にもあった。差し入れにアイスを買ってきてくれたのだ。アリスは自分の分のアイスバーを取り出すと、好きなものを選べと俺にアイスがぎっしり詰まった袋を差し出してきた。うおお! コンビニのビニールから、水滴が滴っているじゃないか。顔を押し付けてやりたい誘惑に駆られてしまうよ。


 俺がバニラ味のカップアイスを取ると、残りの分はアリスが冷凍庫に入れてくれた。ああ……、俺の窮状を察して、救いの手を差し伸べてくれるなんて……。アリスが女神に見えてしまう……。


「はあ……、生き返る……」


 ゾンビから人間に戻った俺は、クーラーに当たりながら、アイスに舌鼓を打つ。体に生気が戻ってくるのを感じる。さっきまで地獄だった部屋とは思えないほどの快適さだ。


「さっき冷凍庫にアイスを入れた時に、ちらっと見たんだけど、台所を使った形跡が見られないわね」


 短い時間で、そこまで見抜かれてしまったか。アリスの観察眼には、全く恐れ入る。


「ははは……、面目ない」


 料理をする習慣がないので、どうしてもコンビニの弁当と野菜ジュースが主食になってしまうんだよな。栄養バランスには気を遣っているので、これでも倒れることなく生活出来ているけどね。


「良かったら、ちょくちょく夕食を作りに来てあげましょうか?」


「え!? いいの?」


「爽太君さえ良ければの話よ。迷惑なら、止めるわ」


「迷惑なんて、とんでもない! 是非、お願いします!!」


 直立不動で、角度四十五度を意識して、頭を下げた。願ってもないことだった。高校生という身分で、彼女に夕食を作ってもらえるなんて! 俺は、何て幸せ者なんだろうか。


「どうせコンビニ弁当ばかりで、栄養が偏っているだろうから、これを機に、健康的な生活をしてもらおうかしら」


 抱きしめたくなっちゃうようなことを言ってくれるね。アリスは、何て彼氏想いの良い子なのだ。感激のあまり、今は二人きりなので、いっそ本当に抱きしめてやろうかとも思ってしまったほどだ。


「そういえばさあ。先日、廊下で倒れている女子を助けてあげたじゃない? あれからどうなったの?」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、首元のボタンを外しながら、質問するアリス。クーラーを付けたばかりとはいえ、また暑いらしい。


 無事に保健室に送り届けて、後日、お礼を言われたと、無難に説明した。助けた後に自宅に招待されたことは、もちろん省いた。拓真から電話があったことや、その電話で自分の姉の事をヤンデレ呼ばわりしていたことも省いた。省き過ぎて、嘘をついているんじゃないかと苦笑いしてしまうほど、簡素な説明になってしまったが、本当のことを言えないからなあ。


「例のヤンデレちゃんとの関係はどうなっているの?」


「ああ、やつのことね」


 「X」のことを言っているのだろう。そういえば、勝負を申し出てきてから、丸っきり接触してこないな。もしかしたら、正体を隠して、接触している可能性もあるから、安心は出来ないけど。もし、優香がやつなら、思い切りアタックを仕掛けてきていることになるか。


「分からないな。もしかしたら、アタックを仕掛けてきているかもしれないが、俺、向こうの正体を知らないから、断定も出来ない」


「ふ~ん」


 アリスが、何か言いたそうな顔をしているな。優香のことを聞かれた時に都合の悪い部分は省いた俺が言うのも何だが、言いたいことがあるんなら、包み隠さずに教えてほしいな。


「どこの誰なのか見当もついていないの?」


「怪しい人間は、何人かピックアップ出来ているんだが、まだ確証がないんだよな」


 実を言うと、アリスは、海で古城から出てきた「X」と会っているので、とっくの昔に正体に気付いているのだ。俺と話し込んだ後みたいだから、俺も気付いていると思っていたが、俺が普通に接しているのを見て、ひょっとして知らないんじゃないかと遠まわしに確認してみることにしたと後に言われることになるのだが、それはまた別の話。


「私にも怪しい人物の心当たりがあるんだけど、話してみてもいいかな?」


「いや……。かなり絞れているからいいよ。アリスは、この件ではなるべく表に出てほしくないし」


 「X」は、アリスのことを相当敵視している。だから、この件に関しては、あまり関わってほしくないのだ。俺がやんわりと協力を否定すると、アリスは「そう……」と短く言ったきり、反論はしてこなかった。


「じゃ、私は帰るとするわ!」


 まだ明るかったが、家まで送ると言ったのだが、心配ないと断られた。つれない態度に苦笑いしつつも、玄関でキスをして別れた。


 アリスが帰って、再び室内には俺一人になった。自分ルールでは、客がいなくなったので、もうクーラーは止めないといけないが、冷たい空気の虜になっていた俺は、若干の延長を惰性で決めたのだった。こういう甘いところがあるので、電気代が嵩むのだが、夏だから仕方がないと言い訳をして、アリスが冷凍庫に入れてくれたアイスをお代わりすることにした。


 再び大の字になって寝転がるが、クーラーが効いているので、快適だ。このまま寝てしまって、朝までクーラーがつけっぱなしになってしまうことも少なくないんだよなあ。


 まどろみ出した頭で、アリスが何を作ってくれるのかをぼんやりと考えた。俺のリクエストは聞いてくれるのかな? もし、何を食べたいか聞かれたら、何を頼もうか。とりあえずは肉じゃがを希望してみようか……。


 ピンポーン……。


 テンションが上がって、馬鹿な妄想に躍起になっていた俺を、現実に連れ戻すチャイムが鳴った。顔だけ起こして、閉まったままのドアを凝視したが、ノックはされない。


 ピンポーン……。


 放置していると、催促するように、再度チャイムが鳴らされた。アリスが忘れ物でも取りに来たのかと思ったが、彼女だったら、さっきみたいに玄関先から呼びかけるだろう。念のため、インターホンで外に呼びかけて確認する。反応はなし。


 ここに来て、相手がアリスでないことは分かった。じゃあ、ドアの前に立っているのは、誰か。有力なのは、新聞の勧誘。あれ、うざいんだよなあ。うっかりドアを開けようものなら、流れるような動きで、室内に身をすべり込ませてくるんだから。


 ピンポーン……。


 またチャイム。大抵は、二回鳴らしても反応がなければ次に行くものなのに、粘るな。というか、しつこい。腹は立ってこないが、相手が誰なのか気になってきたので、物音を立てないようにドアに近付くと、そっとドアスコープから外を除いた。


 鍋を両手で持った優香が立っていた。こっちを見ながらニコニコしている。


「どうしたんだ、優香?」


 新聞勧誘じゃなかったことで気が緩んだのか、ドアをあっさりと開けてしまった。そして、その後で、先日拓真から、姉の優香はヤンデレだと言われたことを思い出してしまった。ていうか、さっきアリスと話した時、こいつが「X」じゃないかと疑ったばかりじゃないか。もし、推理が当たっていたら、俺、結構ヤバいじゃん。


 しかし、もうドアを開けてしまった。今からでは、居留守も叶わない。今更ながら、自分の迂闊さを鼻で笑いつつ、優香を招き入れることにした。


「……いらっしゃい。今日はどんな用事で?」


「肉じゃがを作り過ぎちゃったから、爽太君にお裾分けをしようと持ってきたの」


 鍋から良い匂いが漂ってきた。この甘い醤油の匂いは、確かに肉じゃがだ。さっきアリスに作ってもらいたい料理の一つにも上げていたものだ。彼女でもない女子から手料理のデリバリーなんて、俺は何て幸せ者……、という訳でもないか。


 とりあえずクーラーを消さなくて正解だったな。この暑い中で、ほかほかの肉じゃがを味わうには、クーラーの冷風は欠かせない。


今回は早く投稿するというようなことを、

前回の後書きで宣言したのに、結局、また

遅くなってしまいました。

真に受けた方がおりましたら、すいませんでした……。

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