表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/188

第八十八話 ヤンデレな姉は、たった今から本気出す

 街中を優香に追われるという珍事に見舞われた。それだけなら、済んだことなのでもう構わないのだが、その光景を見た拓真から、帰宅後に電話がかかってきたのだ。


 どんな内容かと思って聞いていれば、俺を追い回していた自分の姉がヤンデレだという衝撃の告白だった。しかも、話を詳しく聞いていくほどに、優香が、俺の許嫁ではないかという疑いが、急速に高まってきたのだ。


 もちろん、拓真の話を手放しで断定するのが危険なことは承知している。何せ、舌先三寸でアリスに近づき、俺との仲に亀裂を入れた前科の持ち主だからな。


「爽太さんがつまみ食いするのを、どうこう言うつもりはありませんが、姉は止めておきましょうよ」


 血が繋がっていないとはいえ、仮にも姉に対して、ずいぶんとぞんざいな態度だな。もし、本当に優香がヤンデレなら、チクったことがばれた日には、お前の命がないぞ。


「僕が言うのも何ですけど、女性は他にもいますから。僕も男として、最低の部類に入るんでしょうけど、あの人と違ってコントロール出来ますから」


 いや、出来ていないだろ。お前を見ていると、欲望のままに行動しているようにしか見えない。


「関係を持たないようにしろと言ってもな。お前の姉が勝手に言い寄ってくるんだから、どうしようもないんだよ」


「そこは爽太さんのテクニックで、切り抜けてください。アリスさんと一緒に歩いて、彼女がいることをアピールするのも、有効かもしれませんよ?」


 姉はやばいと散々脅した後で、簡単に言ってくれるな。優香がヤンデレだった場合、神経を逆撫ですることになるだけじゃないのか? 少なくとも、優香が「X」だった場合は、まず引き下がらないだろうな。


 そこまで考えた時、ふとある予感が、脳裏をよぎった。


「お前……、実は俺と姉に絡んで欲しくて仕方がないんじゃないのか……?」


 根拠はなかったが、疑問に思ったことは指摘してみるもので、しばしの沈黙の後に、品のない笑いが……。糞ガキめ、図星か。悔し紛れに、電話口に向かって、思い切り舌打ちをしてやった。


 恐らく最初の方は、本当のアドバイスだったのだろう。だが、俺が話に耳を傾け出したら、さりげなく罠を仕込ませる。馬鹿正直に全部信じて、実行に移したらアウトという訳だ。


「お前……、友達いないだろ」


「あははは! 僕もいけないと反省はしているんですが、嫌がらせは止められないんですよ。この間の落書きのお礼です。危険な一面を知った上で、姉と付き合った方が、スリル倍増でしょ?」


 この野郎……。先に手を出してきたのは、お前だろうが。虫も殺さないような顔をして、意外に執念深いのな。


 すっかり口数の減った俺に、「たしかに友達はいませんけど、女性がたくさんいるので寂しくありません」と、止めの一撃をくれた後で、満足そうに電話を切った。後味は最悪。こんなことなら、電話を拒否し続けるんだったよ。


 通話の終わった携帯電話を耳に当てながら、いつか道を歩いている最中に刺されないように気を付けろよと毒づいてやった。拓真なら、本当に、そんな最期を迎えそうな気がする。


 電話が終わっても、立ち尽くしている俺を心配してか、アキが声をかけてくる。


「どうしたんですか、お義兄さん。難しい顔をして」


「俺がこんな顔になることなんて、最近では珍しいことでもないだろ」


 それとも、普段の俺は、お茶らけた顔をしているとでも言いたいのだろうか。


「成る程。またお姉ちゃんにどやされたんですね」


「……」


 説明が面倒なので、適当にあしらうと、変な解釈を返ってきてしまった。アキから、そんな風に見られていることに、多少愕然としてしまう。確かに、アリスから尻に敷かれる場面が徐々に増えてきていることは否定しないけどさ。


 ため息をついてしまおうかと考えていると、今度は柚子が、肩に手を置いてきた。


「深刻なお悩みがあるようですけど、こういう時は、飲んで忘れるのが一番ですよ、爽太さん」


 勝手に戸棚から取り出したコップを、俺に渡してきた。いつの間にか、冷蔵庫に入れた筈の酒瓶も取り出している。なかなか手の早いことだ。そして、封を解いた酒瓶を注ぐジェスチャーをしながら、ニッコリとほほ笑んできた。


「柚子……」


 俺もニッコリほほ笑むと、笑顔のままで柚子から酒瓶を取り上げた。どさくさ紛れに、飲酒に持ち込もうとしても無駄だぞ。俺のことを考えているように見えて、ただ自分が酔いたいだけだろ。穏やかながらも、厳しい口調で制すと、柚子はおちょぼ口になって、不満そうに視線を反らしていた。その素振り……、隣のアキもよくやるやつだ。本格的に似た者同士なんだな。これから先が思いやられる・。


「私、酔うと服を脱いじゃう性質で……」


「色仕掛けを仕掛けても無駄だから」


 酒のために、何を張るつもりだよ。もっと自分の体を大事にしろ! とにかく、酒は出さねえ。お前らには、年相応のジュースがお似合いだ。




 俺と拓真が、優香の話で盛り上がっている時、当の本人は、街の片隅で呆けていた。


「あれ……? 私、ここで何をしているのかしら?」


 記憶を整理してみるが、自分がここに立っている理由を思い出せない。俺が優香の前から、姿をくらませたところで、綺麗に記憶が分断されているのだ。


「う、う〜ん……」


 首をかしげている優香のすぐ側で、地面に倒れ転がっていたフリーター風の若者が呻いた。若者の他にも、同年代と見られる男たちが何人か倒れているが、意識があるのは、この一人だけだった。


「思い出した! 確か、この人たちからナンパされていたんだわ」


 だが、優香がそこから先を思い出すことは、叶わなかった。朧気ながら、ナンパを断ったら、乱暴されそうになった気はする。


 自分をナンパしてきた相手。本当は話しかけたくなどないが、状況だけに仕方ないと自分に言い聞かせて、相手を覗き込む。


「あのう……」


「ひ、ひぃああぁぁ!!!!」


 刺激しないように、そっと近付いて話しかけたのだが、男は優香の顔を見るなり、絶叫して走り去ってしまった。


「あんなに……、驚くことないのに……」


 まるで化け物にでも遭遇したように、ほうぼうの体で逃げて行く男の姿を眺めながら、優香はブスッと頬を膨らませた。よく見ると、腰を抜かしている。年頃の女子には、ショックな反応だ。


 ムッとしながらも、立ち上がろうと膝に手を置いて力を入れると、手に激痛が走った。


「痛い……!」


 どうして今まで気付かなかったのだろうか。何かを何度も殴ったように、優香の手の甲が紫色に変色していたのだ。少し動かすだけでも、ズキズキと痛む。最悪の場合、骨にひびが入っている可能性すら考えられるほどだ。


「き、きっと……。この人たちに乱暴に掴まれた時に傷つけたんだわ。だから、暴力的な人って、嫌い!」


 自分を痛めつけたと思われる男たちを、キッと睨む。だが、彼らも何者かに殴られたような傷を負っていた。


「でも、何だろう、この気持ち。腹が立っているのに、その一方で、すっごくスカッとしているのよね……」


 本来なら動揺する筈の事態なのに、優香は内から湧き上がる不可解な感情を楽しんでもいた。どこか嬉しそうに微笑むと、変色した箇所を、ぺろりと舐めたのだった。


「やっぱり男の人は、優しい人が一番よね。例えば、貧血で倒れている私を保健室まで運んで行ってくれる、爽太君みたいな人……」


 余談だが、優香がうっとりと惚けているのと同時刻に、俺は悪寒を感じて体を震わせていた。後から思い返すと、虫の知らせだったように思う。


「爽太君が、私の誘いに応じてくれなかったのは、きっと照れ隠しよ。いきなり言い寄られて、ビックリしちゃっただけ。私が拒否されている訳ではないわ」


 怖いくらいのプラス思考を働かせ始めた。これが、俺にとって、非常に危険な兆候であることは、疑いようがなかった。だって、この思考回路、俺を悩ませている彼女に、非常に似ているのだから。


前回の後書き通り、こんな時間の投稿になってしまいました。

次回からはまた、17時前後の投稿に戻します。

今回のサブタイトルではないですが、次回から本気出す!!

(もちろん、いつも本気ですけど、気合を入れ直すって意味です)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ