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第八十七話 血の繋がらない姉の、トラウマ体験

 自宅にて、自称自宅警備員の二人に、お茶を出そうと、冷蔵庫をまさぐっていたら、拓真から電話がかかってきた。


 拓真とは、アリスの件を巡ってのいざこざがあったばかりで、ハッキリ言わなくても、話をしたい相手ではない。もっと言うなら、顔すらも見たくない相手なのだ。当然のように、言葉少なく電話を切ってやったのだが、向こうは食い下がってきた。


 相変わらず会話をする気はしなかったが、俺も鬼ではないので、熱意に免じて話をしてやることにした。だが、拓真は、そんな俺の優しさをあざ笑うかのように、自分の姉がヤンデレだと明かしてきたのだ。


「お前の姉がヤンデレ?」


「ええ。小耳に挟んだんですけど、爽太さん、ヤンデレとの相性が悪いんでしょ? 早めに知らせておいた方が良いと思いましてね」


 恩着せがましいことを言っているが、拓真が俺のことなんて気にかけていないことは、百も承知だ。アリスにノックアウトされても、まだ改心していないことは、話しているだけで伝わってくる。ヤンデレとの相性が悪いというのは、「X」との軋轢のことを言っているんだろう。そんなことまで調べているとはな。


 拓真に言われるまでもなく、優香には関心を抱いているのは事実だ。だが、決して、性の対象としてではない。俺をここ最近、悩ませてくれている、正体不明の許嫁、「X」ではないかという疑いを抱いているのだ。


 ことのあらましは、俺が昔の夢を見たことが、発端となっている。夢の中で、「X」と思われる女の子は、自ら「優香」と名乗っていた。そのため、俺の周りで唯一、優香という名前の、拓真の姉のことを、証拠不十分ながらも意識していたのだ。


 拓真から直接、彼女がヤンデレだということを聞かされて、より一層容疑を深めるが、そこで思考にストップをかけた。


 いや、待て待て。優香が「X」だったら、俺と会った時に、あんなに落ち着いている訳がないだろ。二人きりになろうものなら、すぐにでも本性を露わにして、迫って来る筈じゃないのか!? いや、でも、あれが演技だとしたら?


 あっという間に、混乱して、拓真に返事をするのも遅れていると、電話の向こうからクスリと笑う音が漏れてきた。こっちの動揺を確信して、ほくそ笑んでいる。相変わらず、人をおちょくった、趣味の悪い笑いだ。


「お前……。仮に、今の話が事実だとしても、姉の恥部を晒すような真似をよく出来るな」


 琢磨のことは嫌いだったが、家族の顔を潰すようなことまでする人間とはな。元々高くない拓真への評価が、さらに下がるな。


「正直、僕に対して、あまり面白くない印象を受けるのは分かっています。ですが、感謝してもらえる日は来ると思いますよ?」


 俺の心の中を見透かしたかのように、拓真が弁解してきた。そういうのは、内心でチラッとぼやくのに留めておいた方が、年上には好かれるぞ。とりあえず、お前のアドバイスで難を逃れることがあっても、絶対に感謝だけはしてやらん。


「お義兄さ~ん! 電話、誰からですか~? 押され気味なら、私も参戦しますよ~?」


 電話が長いことで邪推したアキが、大声で呼びかけてきたが、必要ないと意地を張った。


「アリスさんの妹が一緒なんですか?」


「お前の元カノもいるぜ。積もる話をしたいのなら、快く代わってやるよ」


 柚子をちら見しながら話すと、しばらく沈黙した後で、丁重に断られた。ここまで向こうのペースだったので、軽い反撃を食らわせてやれたことに、今度は俺がほくそ笑んでやった。


「さっきまで姉と一緒だったかと思えば、もう他の女子と遊んでいるんですか? 人のことを言えた義理じゃありませんが、あなたもなかなかですね」


「そういうのじゃない。だいたい、あの二人は、無理やり押しかけてきたんだ。柚子については、元カレのお前がよく知っているんじゃないのか?」


 あまり楽しくない思い出を回想しているのだろう。沈黙を挟んで、「その通りですね」と力のない返事がした。


 拓真を黙らせるには、柚子が有効だと再認識した上で、彼女たちに与えるジュースを、冷蔵庫から出そうとする。だが、携帯電話を持ったままだと、手が滑りやすいらしい。会ゆく、ジュースの隣にある酒を落としそうになってしまった。


 知り合いの先輩から無理やり買わされたもので、飲む予定はないが、床にぶち撒けるのはごめんだ。どうにか寸でのところでキャッチする。


 間一髪と思ったのもつかの間、柚子がこっちを見ながら、嬉しそうに声を上げた。


「あ~!」


「しまった……」


 やってしまった! 大切に隠していた筈の酒を、柚子に発見されてしまった。あいつめ……。酒瓶がガチャリと音を立てると同時に、両目をビカリと輝かせやがった。


「……現在進行形でいろいろあるみたいですけど、話を続けさせてもらいますね」


 こっちが大変なことだけは察してくれたようだが、それでも、拓真は話を続けるつもりらしい。そこまでして、尚も話さなきゃいけないことが残っているのかと、うんざりしてくるね。


「今話した、ヤンデレの話の補足になるんですが、姉には困った一面がもう一つありましてね。彼女ね、時々記憶が飛ぶんですよ」


「記憶が?」


 俺の問いに、拓真が「そうです」と頷く。


「その状態の姉は、まるで別人で、たいへんヒステリックになります。さっきヤンデレと言ったのは、主にその状態の時ですね。騒ぐだけ騒いで、落ち着いたら記憶がないと言い張るんですから、手に負えませんよ」


「そういうのは、多重人格というんじゃないのか?」


「そうかもしれません。多重人格と表現しても構わないくらいに、まるで別人です。一度目の当りにしたら、爽太さんもドン引きしますよ」


 冗談半分に、多重人格を持ち出したのに、あっさりと肯定しやがって。しかも、どこか、俺がドン引きするのを期待しているような口調だ。


「多重人格というのは、幼少時代にトラウマになるようなことがあった人間がかかるものなんだろ? 虐待でも受けていたのか?」


「虐待の話は聞いていません。でも、トラウマになることはあったみたいですよ。おっと! まるで他人の話をしているみたいに聞こえちゃいますね。実の姉のことなのに」


 全くだ。同じ屋根の下に住んでいるんだから、お前だってその現場にいた筈だろ。そんな人から聞いたような説明はおかしいぜ。


 しかし、拓真は咳払いの後で、とんでもないことを口走ったのだった。


「あの人……。父の知り合いの子なんです」


「何だと……?」


「僕が小学生くらいの時ですかね。母親を病気で亡くして、路頭に迷っていたのを不憫に思った父が引き取って、養子にしたんです。だから、実際は血が繋がっていない赤の他人なんです」


「それじゃ、優香の本当の父親は!?」


 他人の俺が干渉すべきではないことは重々承知だが、つい声を荒げて質問してしまっていた。さっきまで興味なさそうに聞いていた俺が、いきなり話に食いついてきたので、拓真は驚いていたようだったが、質問には答えてくれた。


「詳しく聞いていませんけど、他の女を作って、家を出ていったそうですよ」


 優香の幼い頃の境遇……。海で「X」が話してくれた境遇と一致していた。何てことだ。聞けば聞くほど、容疑が固まっていくじゃないか。


 手にジュースを持った姿勢のままで、俺は固まってしまう。マジで、優香が「X」なのか!?


次回の投稿ですが、仕事の影響で、遅い時間になるかもしれません。

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