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第八十六話 昨日の敵は今日も不敵、今日の彼女は明日はヤンデレ

 廊下で倒れていた優香を、保健室まで運んでやったら、そのことでお礼をしたいので自宅に招待したいと言われた。


 本当なら、感涙物の筈だが、生憎と、俺にはあまり興味がない。なので、丁重にお断りしたのだが、優香はしつこく食い下がってくる。ずいぶん熱心なことだが、俺にはアリスという容姿と背丈が共に可愛い彼女がいるのだ。そのことを分かった上で、アタックをかけているのだろうか。


 思い返してみると、優香は、俺に彼女がいることを知らなかったんだ。だから、こんなに積極的にアタックしてきているのか。


 彼女持ちであることを言えば、優香のアタックは止むだろうが、まだ彼女は、俺に気持ちを伝えてきていない。ただ、この間のお礼に、家に招待してきているだけだ。それで、自分には彼女がいるからと断るのは、俺の早とちりに過ぎなかった場合、かなり恥ずかしいことになってしまう。


 こうなっては、強引だが、この場を駆け足で後にするしかない。優香が納得するとは思わないが、逃げ回っていれば、その内に諦める筈だ。


「じゃっ、じゃあ、俺はこれで……」


「えっ! ちょっと待ってください……!」


 早速優香に背を向けて歩き出す。彼女も後を追ってくるが、もうこの場を去ると決めたのだ。俺も早足で、撤退を図る。


 すぐに諦めると思ったのに、優香はしつこかった。俺が学校から街へと出ても、尚も俺の名を呼びながら、ついてくる。


 うわあ……、通行人から、奇異な視線で見られているよ。絶対に、別れ話がこじれているカップルと思われているんだろうな。


 いっそ、今からでも遅くないから、俺の功績を全部木下に丸投げしてしまおうか。あいつなら、快諾してくれる筈だし、責任を投げる訳じゃないから、倫理的にもOKだ。冗談のようにも思われるが、俺は本気だ。実際、既にポケットの中の携帯電話に手が伸びているんだからな。


 だが、携帯電話が仕事をすることはなかった。


 通行人の目が気になって、ちらちら周りを見ている時に、偶然見つけたのだ。向かいの通りを歩いている拓真をだ。


 この間、アリスにぶっ飛ばされたばかりだというのに、懲りずに他の女性と歩いている。さすがに、落書きの後はきれいに消えているか。ていうか、思い切りこっちを凝視しているよ。連れの女性と一緒に。無理もないけど。


「待って……。待ってくださ~い!」


 後ろで、まだ諦めていない優香が叫んだ。そりゃあ、見るよね。興味がなくても、目が自然とこっちを向いちゃうよね。


 もう一度拓真を見ていると、俺を見て微笑んでやがる。しかも、手なんか振りやがって。その余裕にまみれた態度が本気でムカついたので、無視して歩き去ってやった。元々、声をかける余裕なんてないけど。どうにか声をかけたとしても、どうせ他人の振りをされるだろうけど。




「ふう……。ようやく撒けた……」


 まさか一時間も追って来るなんて。人混みに紛れて姿をくらませても、通行人が一斉に俺を見るせいで、あっという間に優香から発見されてしまう始末だ。最終的にはお互い走り出して、持久走の様相まで呈していたからな。おかげで、まだ息が苦しい。


 早くシャワーで汗を流したいと自宅の玄関のドアに鍵を差し込むと、鍵が開いていた……。


 一瞬、泥棒かと焦ったが、すぐに自分が今朝鍵をかけないで出てきてしまったことを思い出した。というか、またやっちまったのかよ。


 前回、鍵をかけ忘れた時に、二度とやらないと誓ったのに、すぐに再びやらかしてしまうとは。俺の防犯意識は、お医者さんの治療が必要なレベルなのか。などと、冗談交じりに、靴を脱いでいると、中から声がする。ここでまた血が凍る思いをした。


 え? 一回鍵をかけ忘れただけで、泥棒に入られちゃったのか? どれだけ運がないんだよ、俺!?


 己が不運を嘆きつつ、声の主に気付かれないように、足音を殺して近付きながら、一方で耳に神経を集中させた。


「へえ! アキ先輩は、お姉さん相手に下剋上を狙ってらっしゃるんですか!」


「まあね! でも、相手もなかなか手ごわいやつでね。未だに向こうの方が、一枚も二枚も上手で、実現はまだまだ厳しいのだよ」


「……」


 聞き覚えのある声だった。というか、どっちも知り合いだった。息を潜めているのも馬鹿馬鹿しくなり、今度はわざと足音を乱暴に立てて二人の不法侵入者に接近した。


「お! お義兄さん、お帰りなさい!」


「お邪魔してます」


 俺が憤怒の形相で歩み寄っているのに、相手もたいしたもので、まるで反省を感じさせない態度で、右手を振ってきた。


「人の留守中に、何をしているんだ、お前ら……」


 挨拶代わりに、振り上げた右手で頭をはたいてやった。アキは頭を抑えながらも、「今日は鍵をかけ忘れていそうな気がしたので、遊びに来た」と言い返してくる。


「本当に開いていた時は興奮しましたよ。アキ先輩と爽太さんで、私を担いでいるんじゃないかって、疑っちゃったくらいです」


「いや~、危ないところでした。私たちが臨時警備員を勤めなければ、きっと泥棒に家財道具を全部持って行かれていたでしょうね」


 だからって勝手に入ることはないだろうと思ったが、そこで入ってしまうのが、アキの性質の悪いところなのだ。そして、そんなアキの相棒ともいえるのが柚子。今朝の自分の不注意を呪いつつ、害虫よりも面倒なのが増員してしまったことに、頭を抱えた。


 俺も甘いのか、さっさと追い出せばいいのに、ジュースとお菓子を用意し始めてしまったのだ。こういうことをするから、こいつらが寄ってきてしまうのだろう。だが、自覚していてもやってしまう。損な性分だよ、全く。


 ため息交じりに、冷蔵庫をいじっていると、携帯電話が鳴った。しかも、見たことのない番号から。一体誰からだろうと思い、不用意に出てみると、あまり聞きたくない人間の声が漏れ聞こえてきた。


「やあ、僕です」


「すいません、人違いです」


 電話の主が拓真だということは、すぐにハッキリしたのだが、前述した通り、俺はこいつとあまり話したくない。だが、相手も、俺に用件があるらしく、めげずにかけ直してきた。


「はい、もしもし」


「いきなり電話を切らないでくださいよ。僕からの電話だって、分かっていましたよね?」


 そこまで分かっているのなら、俺がお前と話をするのも嫌がっているという心情も、察してもらいたいね。


「電話に相手が出たら、まず名乗れ。お前の番号は、登録もしていないから、誰からなのか分からないんだよ」


「声で分かるでしょ。それに、人にイタズラをするような人に、礼儀正しくする必要もないでしょう」


 やはり根に持っていたか。ただ、声には怒気が感じられなかった。あれだけのことをしてやったのに、案外冷静だな。


「さっきすれ違ったときだって、さっさと行っちゃいましたよね。意外とショックだったんですよ。そんなに姉さんとの甘い時間が癖になったんですか?」


「お前には、アレがイチャついているように見えたのか? だとしたら、今すぐに眼科に行くことをお勧めするよ」


 馬鹿な冷やかしに脱力しつつ、こっちも拓真のことを冷やかしてやる。


「お前だって、この間、アリスに手ひどくフラれたばかりなのに、新しい女を作るとはやるじゃないか。だが、服装がイマイチだったな。青い猫型ロボットと同じ三本毛を頬に書き込めば完璧だったのにな」


 思い切り皮肉って言ってやったが、拓真は愉快そうに笑ってきやがった。 思い切り皮肉って言ってやったが、拓真は愉快そうに笑ってきやがった。全く応えている様子はない。


「根っからの女好きですからね。あれくらいでは考えは改まりませんよ。僕に女遊びを改めさせたいと思ったら、腕を一本へし折るくらいしないと」


「そんなことをしたら、警察に捕まって、人生を改めることになるだろ」


 怖いことを簡単に言っているが、この調子だと、腕をもがれても、自身の行動を改めることはないんだろうな。


「それで? わざわざ俺に電話をしてくるとは、何か用事でもあるのか?」


 琢磨と皮肉の応酬をするのは、やはりつまらない。とっとと本題に移ることにした。


「さっきも言いましたが、僕の姉と親しげにしていましたよね」


「さっきも言ったが、お前には、あれが親しげな会話に見えるのか?」


 用件はやはり姉のことか。


「ずいぶん気にしているようだが、俺とお姉ちゃんが仲良くしているのが気に食わないのか?」


 実はお姉ちゃんっ子で、他の男とイチャイチャしているのが我慢ならないとか? もしそんなことを口走ろうものなら、噴き出してしまい、しばらく笑いが止まらなくなるだろうな。とりあえずお前の姉からのアタックには面食らっているので、気に食わないようなら、すぐに手を回してくれて構わないぞ。


「正直、僕は爽太さんのことが好きでも嫌いでもありません。幸せになろうが、道端でのたれ死のうが、何とも思わないでしょうね」


「……用件というのは、喧嘩の誘いなのか?」


 拓真がこういう性格だということは、百も承知だったが、言われて気持ちの良い言葉ではない。俺が声を低くして、半分本気で威嚇すると、すぐに撤回したが、反応を楽しんでいる感じはいつも通りに感じた。


「この間のお礼という訳じゃないですけど、一つアドバイスをしておきますね」


 声の感じが変わったので、マジだということは察したが、もう少し俺が気持ち良く耳を傾けられるように考えてもらえないかね。


「爽太さんには、アリスさんという可愛い彼女がいるので、いらない心配でしょうけど、僕の姉と仲良くするのは控えるべきです。早めに別れた方が身のためですよ」


 言われなくても、そのつもりだ。万が一にも交際に発展すると危惧しているようなら、それは無駄な心労というやつだ。声には出さないようには務めたが、内心で拓真のことを嗤っていると、洒落にならない言葉を囁いてきた。


「あの人、ヤンデレですから」


「ヤンデレ……」


「爽太さん。ヤンデレとの相性は最悪でしょ?」


 「ヤンデレ」という単語に、思わず電話を持つ右手が、ピクリと反応してしまう。困ったことに、俺の知り合いにも、同じ属性の持ち主がいるのだ。どこのどなたかは存じ上げないのが、最大の悩みどころだが。


 というか、どうして、拓真が、俺がヤンデレに悩まされていることを知っているのだ?


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