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第八十二話 復讐を実行する彼女と、後始末に走る彼氏

「ねえ、あれって、お姉ちゃんじゃないの!?」


 先を歩いていたアキが、さらに前方を指差しながら叫んだ。


 何でこんなところにアリスがいるのだと、最初はアキの見間違いで片づけようとしたが、確認してみると、確かに彼女がいたのだ。しかも、側には、俺たちが追っていた筈の拓真までいた。


「アリス! ここで何をしているんだ? というか、そいつ、どうした!?」


 拓真が、アリスにぶっ飛ばされたことをまだ知らない俺は、てっきりやつが事故に遭って意識を失ったものと思っていた。そして、そこに偶然居合わせたアリスが、彼の様子を窺っているものと、自身を納得させていた。


 だが、本人から事の経緯を伝えられると、拓真をノックアウト出来てよかったというよりも、年下とはいえ、男を一撃でノックアウトさせるアリスの力に恐怖を感じたのだった。


 俺以上に震えあがっていたのは、いつ姉から暴力を振るわれるか分からないアキだった。


「スタンガンで動きを止めて、必殺の一撃を放つなんて……」


 実際に食らう危険があるだけに、笑い話では済ませられないのだろう。……俺も気を付けないとな。


「やっぱり自分で処理するのが一番よね。他人に押し付けないで」


「ああ……」


 今回一番被害を被ったのは、アリスだからな。当然、一番怒りを感じているのも彼女だ。しかも、そのせいで、俺との関係にひびまで入って、別れる危険まで生じてしまったのだ。極め付けに、その理由が、ただの遊び。冷静に構えていたように見えても、腸は煮えくり返っていたのだろう。それが一気に形となって表れたのが、さっきの一撃という訳だ。


「とりあえずノックアウトすることは出来たけど、慣れないことをするものじゃないわね。拳で人を殴ったのは初めてだから、手がジンジンするわ」


 今まで人を殴ったことがないと言うアリスを、アキが納得いかないという驚愕の表情で見つめていたことは、敢えて流すことにしよう。


「ふっふっふ! まだまだ殴ってやりたいところだけど、もう気を失っているし、心の広い私は、一発で勘弁してあげるわ」


「……」


 そう言いながらも、アリスが失神している拓真に向かって、シャドーボクシングをしている。まだ意識があったら、二発目三発目もあったんだろうなと、しみじみ思う。一発目で、上手い具合に気を失ったのは、拓真にとって、ラッキーだったといえる。俺はというと、この件で、アリスが変な衝動に目覚めないか、気が気でならない。


 新たな恐怖に、俺と一緒に震えていたアキだったが、何かに気付くと、表情がパッと明るくなった。さっきまであんなに震えていたのに、もう跡形も感じられない。


「良いことを思いついた!」


 こいつの良いことは、大抵の場合、ろくでもないことなので、期待しないで見ていると、黒のマジックペンを取り出した。大体、何をしようとしているのかは、それで分かってしまった。ある意味で、殴る以上の辱めをかけるつもりだ。


 アキは鼻歌を歌いながら、拓真に近付くと、まず額に目の周りに黒丸を描いた。メガネのつもりなんだろう。次に、口周りに濃い髭を追加した。童顔の拓真も、髭があれば、大人びて見えるな。


 しかし、何て古典的な……。さすがに呆れかえってしまったが、アキのいたずら描きが意外に面白くて、不覚にも噴き出してしまった。アリスと柚子もツボに入ったようで、ゲラゲラ笑っている。


「猫の毛も描いたら、もっと面白いんじゃないかな」


 アキに触発されたのか、柚子も元カレの頬に、毛を左右三本ずつ追加した。これにもたまらず爆笑。


「い、意外に面白いもんだな……」


「え、ええ……。わ、笑い過ぎてお腹が痛いわ……」


 もし、拓真が意識があったら、いたずら描きをするくらいなら、むしろ殴ってくれと懇願されていたかもしれないな。


 そうやって、盛り上がっていたものの、一定時間が過ぎると、一気に笑えなくなった。四人共、さっきまであんなに爆笑していたのに、どうしてこんなもので笑っていたんだろうと首を捻りだす始末だ。


「……帰りましょうか」


 アリスが呟くと、その場の全員が首を縦に振ったのだった。




 拓真をぶちのめすことに成功した俺たちは、アリスの先導で、駅まで歩いていた。一時はどうなるかと思っていたが、アリスが駅までの道を覚えていてくれて助かった。彼氏の威厳は、多少損なわれてしまったけどね。


「いや~、思ったより呆気なかったですなあ」


「自転車で良い様に翻弄されていたくせに、よく言うよ」


 俺は軽口を叩くアキに呆れていたが、そんな俺はアリスから呆れられていた。


「本当に連れて行くんだね、その子」


 アリスの視線は、俺が肩に担いでいる拓真に注がれていた。あの場に置き去りにしようとしていたのを、俺が家まで送ってやろうと言い出したのが、お気に召さないらしい。彼女からしてみれば、どうして拓真に情けをかけるのか分からないのだろう。実を言うと、俺もよく分かっていない。もしかしたら、これ以上辱めを与えることが可愛そうになったのかもしれないな。相手は、俺とアリスの仲をぐちゃぐちゃにしようとしたというのに。


「あの場で、ただの通行人相手に見世物にするのも面白いけど、家まで運んで、家族相手に見世物にするのも面白いかもな~って!」


「それはそれで、面白いかもね」


 拓真が血相を変えた家族から尋問されて、あたふたしている姿を想像したのだろう。ようやくアリスは笑ってくれた。関係はないが、アキからも、天才だと褒められた。こっちはあまり嬉しくなかったりする。


「私もついていくよ。爽太さん、拓真の家、知らないでしょ?」


 指摘された通りだ。それも分からないで、家まで運ぶと言っていたとは、俺も計画的な行動が出来ていないな。


 そういう訳で、このまま自宅に戻るアリスとアキ、拓真を自宅に送り届ける俺と柚子の二組に別れることになった。


「じゃあね、爽太君。その子が、目を覚まして騒ぐようだったら、放り投げちゃいなさいよ」


「ははは……! 善処するよ」


 心なしか、ここ数日で、アリスがワイルドになっている気がする。このまま尻に敷かれないか心配になりつつも、笑顔で返答するよ、アリスからお別れのキスをもらった。


「じゃあ、また明日!」


 唇を離すと、アリスははにかんだ笑顔で、駆けていった。思わぬ不意打ちに呆ける俺は、もちろん、アキと柚子からからかわれてしまった。二人共、口を合わせて、「熱いねえ~」と連呼してやがる。お返しにデコピンしてやったのは、言うまでもない。


 そこでアキとも別れた俺は、右肩に拓真を担ぎ、さらに後ろに柚子を乗せた状態で走り出した。ハッキリいって、警察官とすれ違ったら、間違いなく職務質問される体勢だ。こっちを物珍しそうに見つめる通行人の群れの中に、警察関係者が混じっていないか、本気で観察しながらの走行だ。


「おい……。拓真の顔が周りから見えないように、ちゃんと俯かせておくんだぞ?」


「爽太さんにしがみつきつつ、元カレの顔の位置を気にしなきゃいけないか……。一応、言っておきますけど、結構大変ですよ? まあ、私は出来ますけど」


 こうして走り出すと、拓真の顔の落書きが、嫌に気になってしまう。一言で言うと、やり過ぎた。こんなことなら、もっと手加減しておくんだった。通行人からは見えないように、柚子に巧妙に隠させているが、周りに見えていないか気になって仕方がない。


「魔が差したとはいえ、馬鹿なことをしているよな。こんなことしていないで、アリスたちとカラオケで祝勝会を開いている方が良かったって、遅いながらも感じているよ」


 そんなことを今更言わないでくれと突っ込まれそうな弱みがつい漏れてしまったが、柚子からはやけに好意的な言葉が返された。


「私としては、喧嘩の強い男よりも、情け深い男の方が、ポイント高いですよ」


「俺に惚れても無駄だぞ。もう彼女がいるからな」


「分かりませんよ? 元カレから、いざとなったら、寝取ればいいって教わっていますから」


「からかうな!」


 どこまで本気で言っているか分からない柚子の戯言を突っぱねながらも、頬はついつい緩んでしまう。


「あと……、一つ言いたいことがあるんだが……」


「何ですか?」


「いくら自転車とはいえ、三人乗りはきついな……」


 思うようにスピードが上がらない。そんなに走っていないのに、既にかなりの様の脂汗をかいてしまっていた。


「言っておきますけど、私は軽いですから。試してみます?」


 そう言うと、俺にグッと体を押し付けてきた。そういう意味で言いたかったんじゃない。お前が軽いのは認めるから、離れろ~。あ、でも、背中に当たる感触は気持ちいいかも。こいつ、着痩せするタイプか。……って、何を考えているんだ、俺は。


最近、自転車に乗ってないな~。昔は、あんなに乗っていたのに……。

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