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第七十九話 隙だらけの張り込みと、ネズミ注意報

「アリスたちに芝居の件がばれたですって?」


「ばれたのは、僕がアリスさんを騙していたということだけです。あなたの繋がりはばれていませんので、ご安心を」


 拓真が、「X」を相手に電話で近況を報告している。本人は、順調に進んでいると伝えたかったのだろうが、生憎やつを取り巻く状況は芳しいものではなかった。


「安心なんて出来ないわ。あなた、追われている身なんでしょ? もし、捕まって拷問染みたことをされたら、私のことをポロリとこぼしちゃうんじゃないの?」


 信用されていないことに、拓真は苦笑いしつつも、大丈夫ですと付け加えた。


「躱しきってみせますよ。相手は僕の元カノですよ? 行動パターンは知り尽くしています。あなたに迷惑がかかるようなことはありません。もう一度言いますが、ご心配なく」


 問題がないということを繰り返し説明して、拓真は通話を終えた。しかし、既にヘマをやらかしている人間の大丈夫という言葉を、すんなり信用する人間などいない。それは、「X」も同じだった。


「何が大丈夫なのかしらね。本当にそう言いたいのなら、爽太君たちの目の届かないところに引っ越してから、言ってほしいものだわ」


 元々、拓真に対して、特別な感情を抱いている訳ではないので、このまま捕まってどういう扱いを受けようと心を痛めることはなかった。ただ、自分のことまで芋づる式にばれるという事態だけは避けたかった。


「このまま放っておいたら、おそらく彼はひどい目に遭わされるわね。口では大丈夫と言っていても、そうなれば安心は出来ないわ。さて、どうしたものかしら。面倒くさいけど、手を貸した方が良いのかしらね」


 ため息をついて、面倒くさそうにしながらも、「X」はどこか楽しげに微笑むのだった。




「昨日は不甲斐ない結果に終わりましたが、今日は必ず仕留める!」


「うむ! 期待しておるぞ!」


 決意を新たにする柚子を、上から目線でアキが励ましている。どうしてこんな偉そうに構えているのかは謎。


「それで? どうして俺たちはこんなところで待機しているんだ?」


 俺とアキ、柚子の三人は、駅までの道で電信柱を背に待機していた。ここには柚子が連れてきてくれたのだ。俺は、あまり来たことのない道だ。


「拓真君がこの道をよく利用するんですよ。待ち伏せには持ってこいです」


 そして、拓真が通りがかったら、出ていってボコると。あまり穏やかに聞こえない話だな。あいつのことは気に入らないが、ここまで執拗に追われている様を見ていると、だんだん気の毒に思えてくるね。


「でも、相手が、実はお姉ちゃんに興味がなかったのは誤算でしたね。いざとなったら、お姉ちゃんを囮にしておびき出す奥の手がパーです」


「お前……。いい加減に黙らないと、さらに顔の引っ掻き傷を増やすことになるぞ」


 昨夜、家で揉め事があったのか、アキは頬に引っかき傷を作っていた。誰に付けられたものかは、敢えて聞かないが、このままだとさらに増えるのは容易に想像がついた。しかし、アキから返ってきたのは、俺の予想を真っ向から否定するものだった。


「ああ、これは野良猫にやられたものです。可愛かったんで、抱き上げようとしたら、やられました。お姉ちゃんにつけられたものじゃありませんよ?」


「ややこしいわ!!」


 てっきりアリスに付けられたものだと思ったじゃないか。そりゃそうだよな。殴ったり蹴ったりはあっても、傷が残るほど強くはやらない。アリスは、ちゃんと加減して折檻するのだ。


「さて! 柚子ちゃんだけでは、心もとないので、本日は、私も参加することにしました」


「え? いやいや悪いですよ。たかが元カレ一人をしばくのに、アキ先輩の手を煩わせるなんて」


「先輩……」


 アキ先輩と呼ばれたのが嬉しいらしい。平静を装って入るが、口元が震えている。にやけそうになるのを我慢しているのが丸分かりだ。


「いいから、いいから! 相手は男なんだし、二人でやった方が絶対に手っ取り早いって」


 先輩と呼ばれたことで、すっかり気を良くしたのか、完全にリーダーとして発言しているな。というか、この流れだと、俺も参加しなくちゃいけないよな。後輩の女子二人にやらせて、俺は傍観というのは、画にならない。……それなら、もう俺が直接拓真を殴った方が早い気すらしてきた。


「ふむ! 包囲網が狭まってきているのを感じますな。袋のネズミとは、このことよのお!」


 こっちが有利なのは明らかだが、アキが調子に乗り始めているのが、気になった。こいつが図に乗ると、たいてい上手くいかなくなるんだよな。


「『窮鼠猫を噛む』とも言うからな。あまり調子に乗るなよ。年下とはいえ、お前よりも力がある可能性があるんだからな」


「ふっふっふ! 御心配なく。寝首をかかれるような油断はしません」


 アキは自信満々に胸を張っているが、猫に既にやられているかなら。ネズミにやられる可能性は十分にあるのが困る。


 しかし、災難という名のネズミは、斜め上から降ってきたのだった。


「あ! 暇そうなやつら、発見!」


 張り込んでいるところを遊里に見つかってしまった。張り込んでいるといっても、殿中の裏で三人固まっているだけなので、簡単に見つけられるんだがね。まあ、見つかってしまったものは仕方がない。お前も十分暇そうだぞというツッコミをグッと飲み込んで、笑顔で手を振ってやる。だが、内心で、面倒くさいやつに見つかったと毒づくのは忘れなかった。


「ねえ、あんたたち、何をしているの? 面白いことなら、混ぜてよ!」


 俺たちの様子から、ただならぬものを察したのか、嬉々として駆け寄ってきた。トラブルが三度の飯より好きな遊里のセンサーに触れてしまったらしいね。


「あ、私のことを見て、厄介なやつが来たって思っているでしょ。そう簡単に離れてやらないから、覚悟しなさいね」


 やば……。遊里の登場を面倒くさく思ったことが見抜かれてしまった。内心でこっそり思っただけなのに、顔に出てしまっていたというのか。しかも、それで気を悪くするどころか、さらに会話に割り込んでくる意欲を高めてしまった。つくづくただ者じゃないな、遊里。


「ええ! 超面白いことですよ。実はですな……」


 嬉々として、遊里に説明しようとするアキの口を、慌てて塞いだ。遊里の鞄からはみ出しているものが見えないのか? いつでも動画を撮れるように、常に持ち歩いているデジカメが顔を覗かせているんだぞ。


「面白いことなんか全然していないよ」


 一応、誤魔化してみたものの、これが通用する人間など、世界に目を向けても、まずいないだろう。案の定、嘘をつくなと返されてしまった。


「下手な嘘をつかれると、こっちもエンジンがかかってきちゃうわね。デジカメをさっさと起動させてもらいましょうか」


 一番引込めておいてほしいものが、前面に出てきてしまった。アキからは、「お義兄さん……」と遠回しに非難されてしまう。分かっているよ、今の回答はなかったと、今更ながら後悔しているところだ。いきなりデジカメで撮影会を開始した遊里を、柚子が訝しそうに見ていたので、遊里のことを、変なやつには違いないが、怪しいやつではないと、簡単に紹介してやった。


「とりあえず変なことはしていないから、お前、帰れ」


「あ~、ひどい。人を排除しようとしているのが見え見えなんですけど~」


「そんなことはないさ。ただお前が満足しそうなことは、何もしていないから、勘ぐるだけ時間の無駄だと言っているのだ」


「そうですよ。私たちはやましいことは何もしていません!」


 本当は率先して実行しようとしているくせに、アキは意味もなく、自信満々に胸をバンと叩いた。その際に、妙な金属音が響いた。


「……今の音は何? アキの鞄からしたけど」


「……何でしょうかね」


 不審に思って、強引に荷物検査を実行すると、鞄からはハンマーやら、のこぎりやらが出てきた。物騒なもののオンパレードに思わず唖然としてしまった。遊里は、逞しく動画に収めようとしていたが、後一歩のところで阻止させてもらった。これで、やましいことは何もしていないという言葉が、空虚なものになってしまったのは言うまでもない。


「アキ……。お前、いつもこんなものを持ち歩いているのか?」


 「そうですぜ!」とか言われたらどうしようかと思いつつ確認してみる。帰ってきた言葉は、「今日だけです。いつもは持ち歩いていません!」という否定の言葉。良かったと思う間もなく、次の質問。


「どうして今日に限って、こんなものを持ち歩いているんだ?」


「いや……。必要な場面もあるかなと……」


 中学生一人を追いつめるのに、どうしてそんな物騒なものが必要になるんだよ。ていうか、お前、拓真をどう料理するつもりだった?


「物騒なものをお持ちですね……」


 ちょうど俺の背後から、小学生くらいの男子が呆れた声をかけてきた。俺は振り返るのが面倒くさくなってしまうほど、頭が痛くなった。


 このタイミングで、ターゲットがやってくるとは。しかも、こっちが揉めている最中に。最悪なことに、先に発見されてしまったし。そのままこっそり逃げればいいものを、敢えて声をかけるという優しさまで発揮されてしまった。


「念のため、自転車に乗ってきて正解でしたよ」


 そう言う拓真は、自転車に跨りながら、話しかけてきていた。適度な距離も、ちゃんと取っている。


「とりあえず始めますか? 僕は準備OKですよ?」


 追われる側から、やるかどうか確認までされる始末。最早、『窮鼠猫を噛む』を気にしているレベルじゃない。追われる拓真の方が、優位に立っていた。


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