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第七十八話 少年少女のデッドヒートと、怒りの連鎖

 道端で、拓真とばったり再会することになった。俺の彼女の唇を強引に奪った相手で、出来ることなら、写真でも二度と見たくない相手だった。


 当然、激しくはないものの、互いに火花を散らせるような舌戦が展開された。しかも、そこに柚子まで乱入してきたのだ。


 それまで俺と舌戦を繰り広げていた拓真は、柚子の姿を確認すると、一気に逃げ腰になった。と思っていたら、既に駆け出していた。


「あっ、こら! せっかく追いついたのに、逃げるな!」


 定番通りの展開だが、そう言われて律儀に待つやつは、この世には存在しないだろう。拓真も、その例に倣って、全速力で柚子から遠ざかろうとしていた。


 いきなりのことだったが、大体の状況は掴めたので、柚子のサポートをしようと、拓真を掴もうとする。だが、やつも紙一重で、俺の手を躱すと、一気にスピードを上げた。


 小癪なと、もう一度掴もうとする俺の横を、柚子が勢いよく駆けていく。


「む!」


 拓真を追う柚子と、一瞬だけ目が合った。俺の元に駆けてくると、勢いよく敬礼をしてきた。いやいや、俺、お前の隊長でも何でもないんだけど。


「撒いたと思ったんだがね!」


 振り返ることもなく、ただ前だけを向いて疾走しながら、拓真は吐き捨てるように声を張り上げた。


「ふん! あの程度で、私を撒ける訳がないだろ」


「一回突き放したくらいで、ホッとしているなんて、甘い。覚悟!」


 柚子の目は拓真を捉えている。一気に勝負をかけるつもりのようだ。


「話し込んでいる場合じゃなかったな」


「好きなだけ話し合えばいいさ。ただし、私にぶちのめされた後でな!」


「爽太さん! あなたとの話し合いは、また今度です!」


 俺に向かって叫んでいるが、こっちの返事を待つ気はないようだ。既に、拓真の姿は、曲がり角の向こうに吸い込まれようとしていた。その後を追うのは、柚子だ。


「後ほど報告に向かいますので、お酒を用意しておいてください」


「そういう台詞は、制服を脱いでから言え! それから、俺の部屋に、わざわざ来なくても、電話でいいぞ!」


「あなたの携帯番号を知りません!」


 そう言えば教えていなかったな。って、思っている間に、制服を脱ごうとしているし! 止めろって。今のは冗談だ。本当に脱いだら、俺が強要したみたいになるじゃないか。そこまでして、酒が欲しいのか、お前は!!


 走りながら制服を脱ぐという荒業に挑戦していたが、やはり動きを拘束してしまうようで、幸いなことにすぐに諦めてくれた。再び軽快に走り出した柚子は、拓真の後を追って、同じく曲がり角の向こうに消えていったのだった。


「本当に何なんだ、あいつら……」


 走り去っていく二人の後ろ姿を見つめながら、一人取り残された俺は、次第に離れていく喧騒に、ぼんやりと耳を傾けていた。




「すいません。取り逃がしました……」


 その日の夜、俺の部屋を訪れた柚子が、申し訳なさそうに頭を下げた。本来だったら、俺がやるべきことを、率先してやってくれているので、成果が上がらなくても、彼女を責める気はなかった。


 しかし、あれだけの勢いで追いかけたのを撒くとは、拓真もなかなか侮れないな。


 部屋には、他にアリスとアキもいた。何故か俺の家で集合しているのだ。号令を下した訳でもないのに。


「大丈夫ですよ。次で仕留めれば、問題なしです。気長に攻めましょう」


 アキが何故かリーダー面で、柚子の肩をさすっている。このメンバーの中で、今回の件にもっとも関係の薄いこいつが、何故主導権を握っているのかという当然の疑問は、敢えて持たないように努めることにしよう。


「警察沙汰になっても困るから、そんなに鼻息を荒くしなくてもいいんだぞ」


「いえ……。拓真に関しては、私もかなり腹を立てているので」


 拓真のこととなると、どうもこいつの顔色が変わるんだよな。どれだけ恨みを抱いているんだよ。


 圧倒され気味に柚子を見ていたが、怒りに満ちていた顔から怒気が一気に引いた。どうかしたのかと思っていると、何かを察したように、当たりをきょろきょろと見回しだした。


「うん? ちょっと待て。何か私好みの匂いが……」


 そう言って、俺の部屋を嗅ぎまわるように、顔を動かして、匂いを嗅いでいる。普通なら、俺の部屋が臭いとでも言いたいのかと、気を悪くするところだが、俺には心当たりがあった。


 柚子は、やけに俺の鞄の方を重点的に、匂いを嗅いでいた。まさか……、鞄に入れっぱなしにしている酒の存在を嗅ぎつけたというのか。


 虹塚先輩に半ば強引に買わされた酒は、まだ開封しておらず、しかも鞄の中だ。万が一にも、匂いが外に漏れるなどということはあり得ない筈だ。それを感じ取るということは、酒に関しては、犬を凌駕する嗅覚の持ち主という訳か!? というか、怒りよりも、酒への執着が上なのか?


「でも、拓真君のことを思い出すと、未だに思い出すとブルッときちゃうわ。あんな大人しい顔をして、ちょっとでも隙を見せれば、強引にくるんだもの」


 柚子の隠された超能力に愕然としていると、アリスが唇を奪われたことを思い出しているのだろう。一人、身を震わせていた。


「ちょっと違うかな。あいつは年上専門というより……」


 アリスの告白を聞いた柚子が、部屋を嗅ぎまわるのを中断して、申し訳なさそうに、拓真の弁解を始めた。


「? 年上好きじゃないの?」


「いや……。それは間違いないんだが、少し違う」


 柚子の説明を、訳が分からないという顔で聞いているアリス。彼女を見ながら、一旦は言いあぐねていたが、やがて意を決して話してくれた。


「年上専門というより、年上に見える人専門だな」


「……」


 空気が瞬間的に変わったのを、誰もが肌で感じ取った。


 決して口に出してはいけないというのは、みんなが分かっていたのだ。


 余計なことを考えずに、柚子を見ると、ショートカットに大人びた顔、俺と同じくらいの高い身長。見様によっては、大人にも見えるルックスだ。身分を証明する書類を提出しなければ、大人だと言い張って、コンビニで酒を買うことも可能だ。


「あ、私、ちょっと用事を思い出しました」


 アキは、何かをこらえる様に、ぼそぼそと呟きながら、俺の家を後にしていった。


 やつがどうして急に帰ると言い出したのかは、薄々分かっていたが、やがてドアの外から爆笑する声が聞こえてくると、アリスの機嫌が目に見えて悪くなっていった。


「……あの馬鹿が」


 せめて笑い声が聞こえなくなるまで我慢しろよ。俺の家は、あまり防犯性能が整っていないんだ。部屋の外の声なんて、駄々漏れなんだよ。


 アリスの怒りに震える顔を見る限り、これは帰宅後に嵐が吹き荒れることになるな。今の内に、俺が叱りつけて、少しでも怒りを軽減させておいた方が、後々のためになりそうだな。


「とりあえず私は、明日もう一度トライするよ」


「じゃあ、俺は、ドアの外で狂ったように笑っている不届き者に、天誅を与えることにしようか」


 俺と柚子が、ターゲットこそ違うものの、互いに決意を表明し合っている横で、アリスが無言で立ち上がった。


 肩までかかっているウェーブのかかった髪を振り乱しながら、無礼な妹に迫るのかとも思ったが、単に空になったコーヒーカップを流しで洗うためだった。


 慣れた手つきで、カップを洗うアリスの後ろ姿を眺めながら、クッキーを一枚口に運ぶと、また柚子と打ち合わせ染みた決意表明を再開したのだった。


 しかし、アリス本人は、決して冷静でいる訳ではなかったのだ。


「あんな私に首ったけみたいな顔をしておいて、本当は興味がなかった? 私を弄んだの……」


 アリスの手の中で、強く握られたカップにひびが走ったのを、本人はもちろん、俺たちも気付くことはなかった。


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