第七十三話 仲直りの後は、復讐の密談を 後編
「あははは! おかしい~!」
「いつまで笑っているのよ。いい加減にしなさい!」
ずっと笑ってばかりいる妹に向かって、アリスが唇を尖らせたが、相当ツボにはまったらしく、アキはまだ笑い続けている。
自分の姉が小学生に無理やりキスされていたことを知ってしまい、アキはおかしくて仕方がないらしい。キレたアリスから平手打ちされたのにも関わらず、その勢いはまだ収まらない。
「思わぬところで、お姉ちゃんの弱点を掴んだよ。『災い転じて福となす』とは、このことだね!」
胸を張って、得意げに宣言しているが、災いを受けたのは、お前じゃなくて俺だからな。
「私の弱みを握った? 本当にそう思っているんなら、ことあるごとに持ち出してみたら? その都度、きっちりと痛い目にあってもらうから」
「へ~んだ! 子どもを相手に欲情しちゃったおばさんに言われても怖くなんかありませ~ん!」
怖くないと言いつつも、アリスから数歩下がっているのを、俺は見過ごさなかった。こいつのいまいち調子に乗り切れないところは、案外好きだったりする。
「小学生、小学生って、うるさいのよ。こいつは、こう見えても、中学生なんです! 人より発育が遅いだけよ!」
だから何だと言われればそれまでだが、よほど「子供を相手に欲情したおばさん」と評されたのが悔しかったのだろう。耐え切れずに、あまり意味のない反論をしてしまったみたいだ。
もちろん、俺だって、相手が小学生から、中学生に変わったからといって、何かが変わる訳でもない。
「ていうか。俺とアリスを仲直りさせるという当初の目的を、すっかり忘れていないか? 完全に、アリスを貶めることに熱中しているよな」
「えへへへ! そうですね。もっと深刻な事態を想像していたんですが、首を突っ込んでみれば、爆笑を誘う珍展開が続々と明らかになったので、予定を変更しちゃおうかと……。って、痛い!」
俺を家から無理やり連れ出しておいて、気が変わったから勝手に予定変更とか、ふざけるな。
「……爽太君」
「ん。どうした?」
アキの奔放な行動に呆れかえっていると、アリスが話しかけてきた。ここで挨拶した時に比べて、かなり顔色が明るくなっているのが、何か嬉しかった。
「何も進展していないんだけど、アキと馬鹿騒ぎをしていたら、急にどうでもいいことのように思えてきちゃった。こんなことを言ったら、爽太君が怒ると思うんだけど、不謹慎だよね」
「そんなことはないよ。俺も、かなり前からどうでも良くなっていたから」
俺も当事者なのに、ずっと蚊帳の外だったからな。不貞腐れた訳じゃないが、アキの馬鹿騒ぎを見ている内に、良い感じで脱力したのは事実だ。
「どうかしら。今の内に仲直りしちゃうっていうのは」
「そうだな」
仲直りという言葉が出た途端、俺とアリスは同時に噴き出した。ただし、アキのように、人を馬鹿にしたものではない。相手を敬っている、心のこもった笑いだ。
「ふむ。どうやら収まるところに収まったようですな!」
「じゃあ、仲直りの印に、アレをやってください」
「アレ?」
アキが唇をすぼめて、目を閉じて、キスをしている顔をした。え? お前の前で、アリスとキスをしろってことなのか?
「い、いくら何でも、人前でするのは……」
「チュ~」
今のこいつ、すげえムカつくんですけど。アリスがやんわりと否定しようとしたのを、軽くおちょくりやがった。
アキの思惑通りにキスをするのは腹が立ったが、だからといって、強い口調で拒否すれば、またアリスと微妙な関係になってしまいそうだしな。く……、こうなったら、自棄だ。
「アリス……。やるぞ!」
アリスは驚いたような表情を浮かべていたが、やがて覚悟を決めたのか、目を閉じて、顎を突き出してきた。
交際を始めてから、何度もしてきたが、今回は妙に緊張するな。アキが横でニヤついてみているからか。しかし、俺の方からやると言った以上、中断など出来ない。俺は勢いに任せて、アリスに自身の唇を重ねたのだった。
十秒ほど後、密着していた部位を離すと、お互いにこそばゆい雰囲気のまま、見つめ合った。
「な、何かすごく久しぶりにした気がするな」
「うん……。初めてやった時みたいにドキドキした」
どうも付き合い始めた頃に戻ったような初々しさだ。アリスの顔を見るだけで、恥ずかしくなってきてしまう。
思わず視線を外すと、こっちを冷めた目で見つめているアキと目が合った。しまった……。こいつの存在をすっかり忘れていた。
「……何だよ」
お前の勧めた通り、キスをしてやったぞ。ついでに、仲直りも果たした。何が不満だ?
「よくそんなことを人前で出来ますねえ。二人って、つくづく発情期なんですね」
「「……」」
こいつ……。振るだけ振っておいて、何て暴言を吐きやがる……。俺たちだって、本当に恥ずかしいのを堪えて、互いを抱きしめたのに、どんな言い草だよ。
しばしの沈黙の後、俺とアリスは申し合わせた訳でもないのに、アキの元へとつかつかと歩み寄っていった。
「アキ……」
「う……、どうしたんですか、二人共? もしかして怒っています?」
「「当たり前だ~~!!」」
俺とアリスの、息の合ったダブルパンチがアキに炸裂した。アキはさっきよりも派手に吹っ飛んだのだった。
いろいろあったが、アキにツッコミという制裁を加える時は、これ以上なく息が合うらしい。
荒い息を吐きながら、アリスを見ると、向こうも俺を見ていた。そして、笑われた。何がそんなに面白いのかは分からないが、ここ最近見せてくれなかった自然な笑いだ。上手く説明できないが、俺との間にあったわだかまりがスッと消えていったような気がした。
「さて、お二人共。無事に仲直りも済んだことですし、次のステップに移りますか」
ぶたれた個所をさすりながら、アキが次なる提案をしてきた。
「次のステップ?」
そんなものがあるなんて、初耳だぞ。仲直りして、それで終わりじゃないのか?
「そんな訳がないでしょ。え? マジで分かんないんですか?」
俺が疑問を口にすると、頼みますよとでも言いたそうな顔で、俺の肩に手を置いて、ため息までつきやがった。お前の考えなんて知らないから、とっとと言いたいことを話せ。
「某有名ドラマでも、しきりに説いているじゃないですか。やられたら、やり返さないといけないと!」
「それに近いことは言っていたが、そこまでは言っていないだろ」
俺も、そのドラマは観ていたが、視聴者に自分のやり方を強制するようなことはしていなかった。
「まさか……。彼女と仲直りしたからといって、笑って済ますつもりですか? 自分の彼女の唇を強引に奪われたのに、泣き寝入りする気ですか?」
そう言われると、気分が悪くなってくるが、苛立ったところでどうしようもないだろう。
「やり返すにしてもだ。相手は中学生。しかも、見た目は小学生だぞ。殴る訳にもいかないだろ」
呼びつけて、謝らせるにしても、こっちから謝れと言ってから、頭を下げられたって意味がない。言われたからやったような謝罪には、心がこもっていないから。そんな形式だけの謝罪ならいらない。余計むしゃくしゃするだけだ。
「それで、出した結論が何もしないと。やはりお義兄さんだけに任せなくて、正解でしたよ」
俺のことを、まるで自分が助け船を出さないと何も出来ないやつみたいに言ってくれているが、さっきまで姉を散々馬鹿にしていたやつから、自信満々に言われてもなあ。俺が疑いの目を向けていることにもめげずに、アキは話し続けた。
「あるんですよ。お義兄さん向けの飛びっきりの復讐方法が……」
「俺向けの方法?」
いつになくニヤついてやがる。俺がその方法を行使して、アリスの無念を晴らす瞬間をどうしても見たいらしいね。もちろん、姉を想ってという訳ではなく、ドロドロな愛憎劇を見たがる視聴者としてだが。
どうする? アキの考えを聞いてみるか? 正直、アリスと仲直り出来たんだし、余計なことはすべきじゃないと、警告している自分もいるんだよな。
アキのターンはまだ続きます。