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第六十九話 帰れない部屋と、開けられないドア

 散歩兼買い物の帰りに、自分の家に向かって歩いていくアリスを見かけた。自分の彼女が家に来てくれるのだから、本当ならテンションが上がって、ガッツポーズでも捕るところなのだが、俺は避ける方を選択した。


「じゃあ、カラオケに行きましょう。ストレスがたまった時は、大声で絶叫するのが一番です!」


 俺がまだ散歩したりないと言うと、アカリたちまで乗ってきてくれた。突き合わせて悪いと断ったが、「私たちも遊びたいだけだから」と笑って流された。ていうか、虹塚先輩、店に戻らなくていいんですか? 配達の途中ですよね。


 不安がる俺の両腕を、アカリと虹塚先輩ががっちりホールドして、俺は半ば連行される形で、カラオケ店まで連れて行かれたのだった。何だかんだ言っても、この二人、意外に息が合っている。


「爽太君、デュエットを歌いませんか?」


 個室に入って、荷物を下ろすと、アカリが早速すり寄ってきた。


「そういう心境じゃないから……」


 遠回しに断っても、全然退く気配がない。


 予想はしていたが、アカリからのアタックは激しかった。俺がアリスに拒否反応を示しているのを横で見ていたのだ。俺と交際したがっているアカリからすれば、千歳一隅のチャンスなのだろう。浅ましいとは思わない。欲しいものが目の前に転がっているのなら飛びつく。自然な人間心理だ。


「それなら、私と一緒に歌いましょうよ」


「いや……、ですから、そんな気分じゃ……」


「女性同士で歌うのも面白いと思うわよ、アカリちゃん!」


「……」


 今日の俺は、な~んか面白くないことが多いな。……この小悪魔め!


 結局、アカリは、俺と一緒じゃないなら、デュエットを歌う気がないと、やんわり断った。仕方がないので、虹塚先輩が八十年代のヒット曲を熱唱している。自分の生まれる前の曲なのに、やけに上手いな。


 フライドポテトとコーラを交互に頬張りながら、虹塚先輩の美声に耳を傾けていると、メールを着信した。マナーモードにしていたおかげで、虹塚先輩の邪魔をすることはなかった。ポケットから携帯電話を取り出して、差出人を確認する。……アリスからだった。


『今、あなたの家の前にいます。出来たら、今から会って、話せないでしょうか。返事、待っています』


「……」


 やはりアリスは俺の家に行くところだったんだ。どうしよう、すぐに返事を出した方が良いかな? って、馬鹿! 出すべきに決まっているだろ。何を悩んでいるんだよ。


「次、爽太君の番よ」


 歌い終えた虹塚先輩が、俺にマイクを渡そうとしている。俺はそれどころじゃないというのにね。


「メール。誰からですか?」


「え?」


「今、携帯の画面を見ていましたよね。誰からですか?」


 アカリがはしゃぎながら聞いてきたが、よく見ると、目が笑っていない。もしかしたら、誰からのメールなのか、見当がついた上で聞いてきているのかもしれない。というか、俺の様子を見れば、事情を知っている人間なら、容易に察することが出来るだろう。驚くことでもないな。


「なんて……、誰からでも良いんですけどね。すいません、変なことを聞いてしまって」


 そう言って、依然目だけが笑っていない顔で、虹塚先輩からマイクを受け取ると、次に歌いだしたのだった。


 虹塚先輩の手拍子と共に、アカリが軽快に歌っているのを聴きながら、携帯画面と睨めっこした。そして、結局、アリスに返事を出せないまま、携帯電話をポケットへとしまったのだった。ごめんな、アリス……。


 アリスに対して、何の意味もない謝罪を、心の中でそっとすると、彼女のことを忘れるように、歌にのめり込んだ。良く言えばストレス発散だが、実際はただの現実逃避だ。




「……ちょっと散歩するつもりが、だいぶ遅くなったな」


 三人共、カラオケにかなり熱中してしまい、店を出る頃には、時計の針が身も心も凍りつくくらい進んでいた。


「お、お母さん? 私……。ごめんね、ちょっと配達の途中で、道に迷っちゃって……」


「あ、お、お父さん……。図書館で勉強に熱中していたの。そうしたら、こんな時間に……。う、嘘じゃないよ。だから、そんなに……、怒鳴らないで……」


 一人暮らしの俺は、一晩帰らなくても、誰からも怒られることはないが、普通の高校生にとっては、かなり不味い話なのだ。実際、親に遅くなった言い訳をしている二人を見ると、原因である俺の心は、これ以上ないほど痛んだ。


「俺も一緒に謝るよ。連れ回した張本人だし……」


 責任をとろうと申し出たのだが、二人共焦点の定まらない目で大丈夫と、俺の同行を頑なに拒否したのだった。この時は悪いことをしたと思っていたのだが、後になってよく考えてみたら、当然のことだ。門限をとっくに超えた時間に、男と帰宅でもしようものなら、どんな目に遭うことになるのかなど、少し考えれば想像に難くない。


 危ないから家の近くまで送るという申し出も断られて、口から魂が抜け出ようとしている二人とは、この場で別れた。


 他人にまで迷惑をかけて、今の自分は何をしているのかね。不甲斐なさに、ため息が出るのを抑えきれんよ。


 とぼとぼと帰路につき、アパートの前まで来た時に、もう一度時間を確認すると、既に日付が変わっているではないか。アパートの前の通りには、仕事帰りのサラリーマンすら、姿が見えない。


 学校はサボるわ、午前様になるわ、もうすっかり不良学生だな。あと、やっていないのは、喧嘩くらいのものかね。


 それだって、いつやらかすかは分かったものではない。例えば、そこの角を曲がったところで、アリスの唇を奪った、あの生意気な小学生と遭遇したら、すぐにでも殴りかかってしまいそうだ。……相手は小学生なのにだぜ? 情けない話だよな。


「アリス……。やっぱり自分と同じ身長の人間と歩く方が楽しいのかな?」


 観覧車でのアリスの告白を忘れて、つい軽口を叩いてしまう。気分転換のつもりで散歩に出たのに、こうして何かの拍子に、また落ち込んでしまう。時間を浪費しただけで、ストレスは発散出来なかった訳だ。俺のために、今頃親に絞られているだろう、アカリと虹塚先輩が聞いたら、激怒しそうな結果だな。


 案外、平手打ちでも喰らった方がシャキッとするかもと考えつつ、帰宅すると、更なる問題が発生。ここ数日の俺は、本当に悪魔にでも魅入られているのかね。


 俺の家の前に誰かいるのだ。ドアのところにもたれかかって、眠ってしまっている。一瞬、アリスがずっと待っていてくれて、疲れて眠ってしまっているのかと思ったが、全然違うやつだ。


「……ドキドキして損した」


 そうだよな。アリスが家を訪れてから、かなり経っているし、普通はこんなに待たないよな。何をヒロイックなことを考えているんだ、俺は。


 もっと現実を見ろ。現実は、もっとシビアなんだ……。


 それでもアリスには待っていてほしかったかも……という、自分に都合の良い願望を、慌てて打ち消した。メールの返事も出さないくせに、何を言っているんだ。


 とにかく! ドアの前で寝ているやつを起こさないと、家にも入れん。なるべく刺激しないように、声をかけないとな。起こし方によっては、喧嘩に発展するかもしれない。そうなれば、俺は文句なく不良の道に堕ちてしまう。


主人公とは少し違いますけど、職場の前で酔っ払いが寝ていた経験はあります。

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