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第六話 あいつは足音も立てずに、俺との距離を詰めてきた

 これ以上アリスに妙な真似をされないように、許嫁を探し出して婚約を解消すると宣言してから、一夜が明けた。


 アリスのことが心配で、あまり寝ることが出来なかったけど、ベッドでじっとしていたためか、体力はある。


「さて……。Xを探すと言っていたけど、一晩明けて妙案は思いついたか?」


「いや……」


 眠れなかった理由は、アリスが心配だっただけではない。Xのやつをどうやって炙り出すか考えていたのだ。しかし、時間が経過しただけで、有効な作戦は思い浮かばなかった。何しろ、相手の情報が足りないのだ。


 これでは相手の出方を窺うしか方法がない。そうなると、アリスの警護を強化するしか……。現状では打つ手なしの状況を歯がゆく感じていると、俺の携帯電話が振動した。画面を確認すると、初めて見るメルアドだった。


『あはは! 初メールを送っちゃった! 私が誰だか分かる~?』


 一瞬にして、血液が沸騰しそうになった。名前は記載されていなかったが、心当たりは一人しかいない。ちょうどコンタクトを取りたいときに、メールを送信してきてくれるとはね。


「……前にもこんな感じの手紙を見たことがあるような……。メールで見るのは初めてだけど……」


 木下が顔を引き攣らせている。心当たりがあるのだろう。俺にもあるぜ。


「俺の許嫁。Xか……」


 俺がそう呟くのと同時に、またメールだ。


『当たり! 私のことをXと呼ぶのは心外だけど、まあいいわ。いずれ名前で呼ばせてみせるから!』


 俺が口走っただけの内容にメールで触れている。これはもしかしなくても……。


「おい! お前、近くにいるのか!? いるんなら、返事をしろ。いや、姿を現せ!」


 叫びながらも、周囲を見渡す。だが、息を潜めるのが上手いのか、何の物音もしてこない。でも、近くにいるのは確かなんだ。イライラしながら、探していると、またメールが送られてきた。


『そんなに邪険にしないで。私、デリケートな子だから泣いちゃう。そんなに焦らなくても、数日中にあなたの前に現れるつもりよ。正体はまだ明かさないけどね❤ その時までにしっかり今の彼女と別れていてね』


 ふざけるな……。


「用事があるなら、今出てこいよ! あと、アリスとは絶対に別れない! お前こそ諦めろ!!」


 もう一度叫んでやったが、またも反応なし。今度はいくら待ってもメールも来ない。


「行った……のか?」


「行ったんじゃないのか?」


 向こうは気配を消すのが抜群に上手いので、いなくなった振りをしているだけで、まだどこかに潜んでいるのかもしれない。でも、相手が名乗り出てこない以上、俺だけが焦っても仕方がない。こうなったら普段通り振る舞うだけだ。


 せっかくの朝が台無しになってしまい、やや憮然とした気持ちで待っていると、アキがやって来た。でも、アリスの姿がない。


「アリスは?」


「うん、今日は休むってさ」


 アリスの顔を見たかった俺は、がっかりしてしまった。Xとは今日会うことになるかもしれないのに、アリスとは会えないのかよ。


「そう気にするなよ。家にいれば、アリスに危害が加えられることもない。却って安全じゃないか」


 木下が励ましてきてくれるけど、どうにもテンションが上がらない。そんな俺に、さらにテンションが下がるものを、アキが見せてきた。


「お義兄さんに見せたいものがあってさ」


 うわあ……、何か超見たくないんですけど。この流れだと、絶対にロクなものじゃないし。


「これ、昨夜お姉ちゃんに送られてきたメールをコピーしてきたものなの。読んでみて」


「アリスに……?」


 アリスの名前を聞いて、途端に顔色を変える。アリス関連なら話は別だ。それを早く言え、妹。


『爽太さんと……、別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ……』


「怖……!」


 それが率直な感想だった。どれだけ俺とアリスの関係が気に食わないんだよ……。


「こんな感じのメールが、昨夜ずっと送られてくるんですよ。お姉ちゃん、怯えちゃって、怯えちゃって」


 休んだ理由はそれか。普段のアリスなら、この程度では屈しないので心配ないが、今のアリスだと一気に引きこもってしまう危険も。


「お見舞いに行ってくる。悪いけど、先生には適当に伝えておいて」


「わああ! ちょっと待て。アリスのこととなると、行動が早過ぎるぞ、お前」


「そうですよ。それに今は不味いですぜ、お義兄さん」


 アリスの家に押しかけようとする俺を、二人がかりで押しとどめる。


「不味いって。どうして?」


「お父さんがお姉ちゃんのことを心配するあまり、会社を休んで家にいるんです。そこにお義兄さんが行ったら、修羅場確定ですよ」


 そりゃそうか。娘がいきなり記憶喪失になったと思ったら、脅迫メール攻撃だもんな。並みの親なら心配して当たり前だ。そんなところに騒ぎの原因になった俺が顔を出せば、修羅場になるのは明らかだ。悔しいけど、今は離れたところで、無事を祈るしかないのか。


「もうお父さんったら、昨夜からずっとお姉ちゃんに付きっきりで……」


「大丈夫? どうして記憶を失ったのがアキじゃないんだとか、言われてない?」


「どんな心配をしてんですか。言われてませんよ。たまにこっちを見ながら、何かを言いたそうにしているだけです」


 あ、やっぱり思われている。アキだったら、記憶を失っても大して影響なさそうだもんな。いや、上手くいけば、今より優秀なアキが出来上がるかもしれない。記憶喪失になるなら、絶対にアキだよな。


「む! お義兄さんも何か言いたそうな顔をしていますね。みんな、いったい何なんですか?」


 アキは心外そうに唇を尖らせているが、敢えて何も言うまい。きっと彼女の両親も同じ気持ちだったんだろう。


 この分だと、明日以降も休むかもな。登校拒否にならなければいいんだけど。


 そうやって話している間にも俺の携帯にはメールが送られてきた。とはいっても、Xからではない。どこからか、俺がアリスと別れたという噂が広まってしまい、また女子からの告白メールがひっきりなしに届くようになったのだ。


「……また大量に送られることになっちまったな」


 アリスが記憶喪失になったことを好機と捉えたのは、Xだけではなかったようだ。全く! 人の不幸を何だと思っているのだ。どいつもこいつも。


「くそ! これじゃ、誰がXか分からない……!」


「でも、紛れているのは事実だよな。それなら、その中から炙り出せばいいだけだ。何、向こうはヤンデレの属性があるんだろ? それを手掛かりに見つければいいだけさ」


「おお! 木下さん、名探偵みたいですねえ」


「フッ……。気分は高校生探偵だ」


 自分に酔った木下が馬鹿なことを言っているので、軽く流す。でも、言っていることは正論だ。とはいえ、俺に言い寄ってくる女子の数は多い。一人一人面接するのは、少し酷な話だ。なんか効率の良い絞り方はないものかね。


「何、弱気なことを言っているんだよ。アリスのためだろ!」


「むうぅぅ……」


 アリスのことを出されてしまうと弱いんだよな。


「む、向こうから出てくるとも言っていたけど、先手を取った方が有利だからな」


「そうです! こっちから探し出して、『てめえが許嫁だな!』って、人差し指を付きつけてやるんです! その後、とぼける許嫁に動かぬ証拠を……。あ、痛い……!」


 相変わらず楽しんでいるようなので、両方のほっぺをつねってお仕置きしてやった。アリスは今だって家で苦しんでいるんだぞ。少しは真剣に考えなさい。


「しかし、あの気配の消し方は半端ねえぞ。見つけられるかねえ」


「見つけてみせるよ。ほら、話している間に学校に到着だ」


 そして、到着早々、女子のグループに捕まってしまった。その中の一人が俺に話があるので、人気のないところに来てほしいらしい。たどたどしい様子から察するに、告白だろう。俺はまだ彼女がいる身だぞ、全く。


 木下が恨めしげに、「きっと決闘の申し込みだ。人気のないところまで行ってから本性を露わにして、襲いかかって来るんだ。気を付けろ」と言っているのには、頭が痛くなった。


次回より、許嫁候補の女子を続々登場させていきます。爽太たちは、その中から許嫁を見つけることができるのか? 木下の推理は冴えわたるのか?

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