表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/188

第六十七話 やられても、やり返さないという選択肢

 アリスの件で、気力を失くした俺は学校を休んだ。昼を過ぎても、家でゴロゴロしていたのだが、そろそろ外の空気を吸うかと、ドアを開けたところで、衝撃の写真を見つけてしまう。衝撃過ぎて、詳しく語りたくない。詳細を知りたい方は、前回と、前々回をどうぞ。


 そこで、ちょうど配達中の虹塚先輩と会い、誘われるままに夕方の街を散歩することにした。最初は、ただ家にいるのに飽きただけだったのだが、人間とは不思議なもので、外を歩いているだけでも、だいぶ気分が和らいだのだった。


「木下に出しているのは、ただのミルクですか?」


 歩きながら、最近虹塚先輩の店に、足繁く通っているという木下の話題へと移っていた。


「まさか! 隠し味で、私の店なりにブレンドをしたものを出しているわ。アルコールは入っていないから、心配しないでね」


「本当ですかねえ……」


 適当な相槌を打ちながら歩いていると、ちょうど学校帰りのアカリと会った。向こうもこっちに気付いたらしく、目をわずかに見開いて立ち止まった。


「よっ!」


「こ、こんばんは」


 俺が挨拶をすると、ちょっとどもりながら返事をしてきた。挨拶を返してくれたことは嬉しいが、まだ「こんばんは」には早い時間だろう。


「今、帰りか?」


「ええ……」


 俺に返事はするものの、視線は虹塚先輩を向いている。その眼差しには、わずかながらも明確な敵意が宿っていた。アカリも大きいのに、自分以外で大きい人間が気に入らないのだろうか。同属嫌悪ってやつか?


「アカリ!」


「あ……」


 俺が指摘すると、アカリは金縛りが解けたように、顔を強張らせて苦笑いした。ただでさえアリスのことで頭が痛いんだから、これ以上周りでトラブルの種は勘弁してくれ。


「こんなところで会うなんて奇遇だな」


 知り合いに道端でバッタリ遭遇した時に交わす常套句のような台詞を向ける。この後、他愛もない話をして、「じゃあ、お元気で」と、別れるつもりだったのだ。だが、アカリは、俺に言いたいことがあったらしい。


「コホン……」


 アカリは咳払いすると、真面目な顔で……、というか気迫に満ちていて、若干怖い顔で俺を見据えた。そして、おもむろに話し出した。


「爽太君、今日学校に来ませんでしたね」


「ああ」


「昨日も休みましたね。風邪を引いたのかと思って、ずいぶん心配したんですよ」


「悪いな」


 投げやりな返事を繰り返したが、アカリは咎めてくるようなことはなかった。一瞬だけ、言うべきかどうか言いあぐねた後、次の質問をしてきた。


「体調は悪くないみたいですね。ひょっとしてズル休みですか?」


 ズル休みか。まあ、世間一般から見れば、それに該当してしまうんだろうな。でも、罪悪感は皆無。先生にチクりたいんならどうぞという、生意気にも達観した境地で構える。


「彼はね。心に問題を抱えているのよ」


「え……」


 責められている俺に助け船を出してくれたのはありがたいが、そこは精神的に落ち込んでいたから休んでいたと言ってほしかった。その説明だと、俺が精神病にかかっているみたいで、世間的によろしくない目を向けられることになってしまう。


 頭をかきながら、俺はしたくもない補足をため息交じりに始めた。


「サボりだよ。学校に行くのが面倒くさくなってしまったんだ。でも、心配はいらない」


 ハッキリ言って強がりだ。明日以降も学校に行く気はしないが、言葉だけでも強がっておかないとな。本気で精神が折れてしまう。


「アリスさんには連絡しないんですか? 今日の彼女、学校で青い顔をしていましたよ。まるで、爽太君が来ないことに責任を感じているようでしたね。誰も座っていない爽太君の席をことあるごとに眺めていたのが印象的でした」


 アリスのことを聞いて、心が痛んだが、だんまりを通した。しかし、俺の反応から、何かを察知したのだろう。アカリはさらに突っ込んで聞いてきた。


「その顔を見る限り、アリスさんの浮気のことは、もうご存知のようですね」


「……本人は浮気じゃないって言い張っているけどな」


「みんなそう言うものですよ」


 傷心の俺に向かって、ずいぶんふてぶてしく言い放ってくれるな。アカリって、言葉づかいは丁寧だけど、性格は悪い方なのかもしれない。というか、どうしてアリスの件を知っているんだろうか。


「そうですか。耳にしちゃったんですね」


 耳にしたどころの騒ぎじゃない。その模様をおさめた写真だって、もう目を通しているのだ。そのことを、虹塚先輩の口から知ると、アカリも驚いていた。何で、アカリが驚くのかはよく分からないけど。


「どこの誰か知りませんけど、えぐいことをしますね」


 ひょっとして写真を撮ったのはアカリじゃないのかとも思ったが、ハッキリいって、そんなことはどうでも良かった。本当なら、目くじらを立てるべきなのかもしれないが、もう怒りの炎は収まってしまっていて、代わりに虚脱感が全身を支配していた。


「爽太君……」


 俺の様子をじっと見ていたアカリが、こっちの反応を窺うように囁きかけてきた。


「今度の日曜日、私と楽しいことをしませんか?」


 横の虹塚先輩が赤面したのが、何となく分かった。普通にデートといえばいいところを、こんな言い回しをされては、嫌でも想像力が掻き立てられてしまう。


「俺、彼女がいるから……」


 本来なら、女子からの誘いに対して、絶大な威力を誇るガードの言葉も、現在では虚しく響くだけだ。アカリの顔を見ると、まだそんなことを言っているのかという、同情というよりも、憐れみの籠った視線で見られていた。


「アリスさんだって、爽太君以外の人とイチャついているんですよ? 彼女がどう伝えたかまでは知りませんけど。だから……」


「だから、俺が、アリス以外の女子と遊ぶことには、何の問題もないと言いたいのか?」


 俺に見据えられながら、わずかに怒気を含んだ声に、自分のペースで話を進められると思っていたアカリの額を、冷や汗が伝った。


「やられたからやり返すってことか?」


 アカリからの返答がなかったので、続けて口を開いた。まるで脅しつけているようだな。アカリと喧嘩腰で話しても、仕方ないだろうに。


「そ、そういうことになりますね」


 俺に真っ直ぐな目で見つめられて怯んだアカリが、口ごもりつつも持論を述べてきた。


「あまりそういうのは好きじゃないんだよな」


 もちろん今回の件で、アリスに非がある部分もあるので、言い返すことは出来ないだろう。だからといって、それをやりだしたら、二人の心はバラバラになってしまう。アリスとの関係を清算したいというのなら構わないが、まだ交際を続けたいというのであれば、軽はずみに他の女子へ走ってはいけない。


「今回の件で、俺はまだ今後どうするのか答えが出ていない状況なんだ。こんな気分の時に、遊びには行けないよ」


「……そうですか」


 意外にも、アカリはあっさりと退いてくれた。彼女なりに、手ごたえがないのを察してくれたのかもしれないな。


「爽太君は冷静だねえ」


 黙って、俺の話を聞いていた虹塚先輩が声をかけてきてくれた。


「一日中、部屋でうじうじ悩んでいれば、誰だって頭は冷めますよ」


 出来ることなら、今後どう行動すべきかの答えも見つかってほしかった。それか、アリスを笑って抱きしめられる鷹揚な心が生まれてほしかった。


「爽太君が今回の件で落ち込んでいるのは分かりました。でも、これだけは聞かせてください。今回の件で、アリスさんの裏切りを知った後、誰か他の女性の元に走ったりはしていないですよね」


 裏切りって……、そう言う見方も出来るが、今日のアカリはいつになく辛口だな。俺はすぐに「そんなことはない」と否定したが、アカリは納得していないみたいだ。


「つかぬことを存じますが、隣の人は、三年の虹塚先輩ですよね」


「そうよ」


「……」


 虹塚先輩のことを面白く思っていないのか、アカリは虹塚先輩を見ると、黙り込んでしまった。まさか、俺が虹塚先輩との距離を詰めているとでも考えているのか? 全くやれやれな推測だな。


 ため息交じりに虹塚先輩を見ると、楽しそうに口元をほころばせている。……まさかこの人、アカリをからかう気じゃないよな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ