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第六十六話 虹塚先輩の、あまり役に立たないお悩み相談

 学校をサボって、アリスとデートをした際に、彼女が他の男とイチャついた旨を聞かされた。いや……、アリスの話では、向こうから無理やり迫られたらしいが、依然ショックなことに変わりはない。全く……、「X」のことだけでも厄介なのに、アリスに言い寄る男まで現れるなんて。


 ついていない状況に、俺のデリケートな心は悲鳴を上げてしまい、今日一日ずっと部屋にこもっていた。学校は当然サボった。ていうか、学校に行かないことに抵抗がなくなりだしている。これは不良への道を驀進しているということなのだろうか。


 夕方、ようやく外出する気力は戻ってきたので、外の空気を吸いにドアを開けると、ドアノブに、アリスが男と熱い抱擁をしている写真がかかっていた。今日の俺、どれだけ不幸の集中攻撃を食らうんだ?


「くっ……。こいつが、アリスに舐めた真似をしていると知っていれば、あの時に殴っていたのに……」


 もしかしなくても停学になるが、それでも構うものか。俺からアリスを盗ろうとしたことを後悔させてやる。あの面と、口ぶりから考えて、また俺の前に姿を現すだろう。その時には、覚悟してやがれ……。


 写真を握りつぶす勢いで、手に力を入れていると、背後に人の気配がした。


「なあに、それ?」


 ちょうど俺の真横から、虹塚先輩が顔を覗かせた。ここにいない筈の人間が、いきなり現れたことで、俺はビックリして大声を上げそうになってしまった。


「もう! そんな驚いた顔をするなんて、女性に対して失礼よ!」


 腕を腰に当てて憤慨しているが、あれは誰でも驚きますよ。


「に、虹塚先輩!? どうしてここに?」


「この先のお宅に、配達に来たの。私の家、お酒のバーを経営しているんだけど、お客さんからの要望で、お酒の販売も行っているのね」


 そう言って、微笑みながら、酒瓶を見せてくれた。それは、木下から聞かされているので、知っています。俺がそれとなく話すと、その木下の家に配達に行くのだと言う。


「あの……。今更言うことじゃないですけど、あいつ、未成年ですよ? いくら馬鹿だからって、留年はしていませんので、もう一度言いますけど、未成年ですよ」


 木下のやつ……。未成年のくせに、定期的に酒を買ってやがるのか……。ていうか、バーに入り浸っているのか? 虹塚先輩に話すと、わずかに目を見開いたのを見逃さなかった。


「し、知っているわよ。これは木下君のお父さんが飲む分!」


「へえ……」


 やつと付き合いの長い俺は、父親が下戸なのを、よお~く知っている。虹塚先輩……、とりあえず声が上ずっているのをどうにかしましょうよ。


「あら、疑っているのね。心配しなくても、未成年にお酒を勧めたりなんかしていませんから。お店に来た時も、アルコールの類は飲ませていないから、心配は無用よ」


 だから心配いらないと言いたいんでしょうが、未成年をお客として扱っている時点で、あなたたち一家まとめてアウトですから。


「それより、さっきの爽太君。すごい顔をしていたわよ。まるで人でも殺すかのような……」


 虹塚先輩に指摘されて、俺はドキリとしてしまった。知らず知らずの内に、殺意が表情に出ていたことになる。もし、おまわりさんが通っていたら、職質だって受けていたかも。気を付けないと。


「それに、どうして、こんな時間に家にいるの? 見たところ、学校には行っていないみたいね」


「それは……」


 ぼんやりしているのに、虹塚先輩の指摘は鋭く、学校をサボっていることまで、あっという間に看破されてしまった。


「もしかして、どこか体調が悪いの? 爽太君って、たしか一人暮らしだったわよね。食事とか大丈夫なの?」


 こんな俺の身を本気になって心配してくれている。ありがた過ぎて、だんだん申し訳なくなってきた。


 もういいや。こうなったら、隠しておいても仕方がない。虹塚先輩に話してしまおう。心強いアドバイスは期待出来そうにないが、話を誰かに聞いてもらえるだけでも、気持ちが楽になるような気がしたのだ。


「そう……。そんなことがあったの」


 俺から話を聞き終えると、神妙な顔で、虹塚先輩は頷いた。


「辛いことよね……。彼女が、ショタコンだったなんて。爽太君、体がもう大人だから、どうしようも……」


「あなたの頭に比べれば、どうにかなると思いますよ!? ていうか、そういうことを言いたいんじゃないんですよ」


 相手が先輩ということも忘れて、強い口調で突っ込んでしまった。虹塚先輩、思わず涙目。とりあえず相談相手を間違えたことだけは、確信出来た。


 ちゃんと話が通じているか疑問だったため、間の抜けた回答に脱力しつつも、アリスが他の男とイチャついたことで悩んでいる旨を再度説明してやった。何で、こんなことを繰り返さにゃならんのだ!


「話は大体理解したわ」


「それは何よりです」


 二回目の説明で、ようやく理解してくれたのが、表情で分かった。


「でも、何というか……。わざとらしい話ね」


「わざとらしい?」


「どこか演出染みている気がするわ。大体、暴露した翌日に、証拠写真がドアノブにかかっているなんて、タイミングが良すぎないかしら?」


 てっきり、もっと差し障りのない返事がくると思っていたら、意外にも辛辣なコメントが返ってきたことに、少なからず驚いた。でも、言われてみれば、確かにそんな気も……。


「爽太君の疑いを反らすための作戦だったりして」


 虹塚先輩が軽い口調で漏らした一言に、思わず心臓が高鳴ってしまう。アリスが、俺を騙すために一計を案じた? ははは……、そんなことがある訳……。


 昨日、観覧車で告白してきた時のアリスの顔が思い出す。嘘をついているとは思えないが、あの写真、強引にされたと言っていた割には、アリスから抱き合っているように見えなくもない……。


 俺の猜疑心がどんどん火事現場で発生した煙のように、急速に広がっていく。アリスを信じろと、自分に言い聞かせるのだが、内面に燃え上がった疑いの火は消えてくれない。


「はっはっは……。そんな馬鹿な……」


「そうよね。爽太君の彼女、本当に泣いていたのかもしれないし、だとしたら、それを茶化すのはいけないことよね。ごめんなさいね、爽太君。私ったら、心無いことを口にしちゃったわ」


 虹塚先輩が、言い過ぎてしまったことを詫びてきたので、気にしないでくださいとお決まりのコメントで、場を濁した。


 昨日は信じると約束したものの、こうして画像を見て、虹塚先輩からの気になるコメントのせいで、気持ちはすっかり揺らいでしまっていた。


「ねえ、爽太君。まだ気分が優れないなら、少し歩かない? それで問題が解決することはないだろうけど、気分転換になって、頭のモヤモヤが少しは軽くなると思うわ」


「……そうかもしれないですね」


 本気で言っている訳ではないが、部屋にこもっていても、気が晴れないことは丸一日引きこもっていたことから察していた。俺は意を決して、虹塚先輩についていくことにした。




「お酒……。受け取ってくれなかったわね……」


「未成年ですからね」


 予想した通り、酒は、木下が勝手に注文したものなので、応対に出た母親から突き返されることになってしまった。この暑い中、重い酒瓶を持ってきた虹塚先輩の表情は、見るからに沈んでいた。


「木下君、思っていたより大きい家に住んでいるのね」


「そうですか? 割と普通だと思いますよ」


 おそらく鉛筆みたいな細い分譲住宅を想像していたんだろう。俺も昔、同じことを考えていて、木下本人に怒鳴られたことがあるので、気持ちは分かります。


「ちなみに木下は先輩の家では、何を頼んでいるんですか?」


 「ウィスキーのロック!」とか言われたら、どうしようと思っていると、割とまともな回答が返ってきた。


「ミルクよ」


「……へえ」


 割とまともだよな、うん。別の意味では問題かもしれないが、それはそれだろう。


「ちょっと! ミルクっていっても、こっちの方は関係ないでしょ。爽太君はエッチね」


「あ、すいません。つい……」


 視線が、虹塚先輩の胸元に吸い寄せられていたのを咎められてしまった。でも、これは、先輩がミルクなんて口走るからですよ。


「あら、あの子」


 俺のイタズラな視線に、不機嫌になっていた虹塚先輩が、前から歩いてくるアカリをとらえた。手には学校指定の鞄を持っているので、今下校してきたところなのだろう。


 アカリも俺たちに気付くと、こっちに駆け寄ってきた。


「こんなところで会うなんて偶然だな」


「そんなことより、爽太君、学校を休んでどうしたの?」


 俺の言葉を遮るように、アカリがまくし立ててくる。ありゃりゃ……、心配させちゃっていたのか。


「どうしたと言われてもなあ……」


 休みの理由を尋ねられて口ごもる俺を見て、アカリは何かを察したようだった。それと同時に、口元に笑みが浮かんだのはどういう訳だ?


「そう……。そういうことなのね……」


 目には、どことなくリベンジの炎まで宿っている。さっきまでの人見知りの少女の顔が薄れているではないか。今された質問をそのまま返すが、アカリ……、どうした?


お悩み相談は、口の堅い人にするに限りますね。

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