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第六十四話 隠し事の告白は、ぶらり旅にて 前編

 最近、アリスの様子がどうもおかしい。俺にも、悪いところはあるのだが、それを抜きにしても、どこかおかしいのだ。


 とりあえず、俺がやらかしてしまったことを謝ろうと思っていたが、朝起きてみたら、そのアリスが家に来ていたのだ。しかも、口を開いたと思ったら、「学校をサボって、どこか遠くへ、ぶらりと旅に出かけましょうよ」という始末。念のために断っておくが、アリスはこういうことを突拍子もなく提案するような人間ではないのだ。


 さすがに不審に思って、どこまで行くつもりなのか聞いてみたが、アリスは取りつく暇もないほど、サラッと流してしまった。


「とにかく遠くよ。電車に飛び乗って、景色を見ながら、降りたい場所を決めるの!」


「決めていないってことか?」


 行き先を決めずに出発なんて、アリスらしくない。


「いいじゃないか。無計画な日帰り旅行! 学生の特権だよな」


 誘われてもいないのに、何故か乗り気な木下。昨夜は家に帰っていないんだから、旅立つ前に、お前は一度帰れ。


「駄目よ。木下君はついてきちゃダメ! 私と爽太君の二人旅なんだから、部外者は禁止よ」


 乗り気だったのに、アリスに強い口調で門前払いされて、木下は涙目になっていた。一方の俺は、二人旅という単語に、胸にときめくものがあった。


「まあ、いきなりだけど……。アリスと二人っきりっていうのは、良いかもな」


 もちろん、いやらしいことをしようと考えている訳ではない。そんなことをしなくても、彼女と二人で遊びに行くというだけで、心が躍るものがあるではないか。


「良かった。誘い方が強引だったから、断られるかもしれないとも思っていたのよ」


「それなら、せめて昨日の内に連絡をくれよな!」


 カップルらしい会話で、たちまち盛り上がる。横では、置いてけぼりを食らった木下が恨めしそうに見ていた。


「という訳だから、先生には上手く伝えておいてくれ」


 学校をサボる訳だから、黙って休むと角が立ってしまう。誰かに急用があってやむなく休むことになったと誤魔化してもらう必要があったのだ。当然、木下は露骨に顔をしかめて、嫌そうにしている。


「そんな顔をするな。ちゃんと報酬は弾むさ」


 そう言って、財布から五百円玉を一枚取り出して、木下に放った。本日分の昼飯代だ。受け取った木下は、何とも言えない微妙な顔をしていた。突き返してこないところを見ると、額には満足していないようだが、お願いは引き受けてくれたようだ。


「せめて土産は弾めよ」


「気が向いたらな」


 日帰りなのに土産もないと思ったが、期待感を持たせるために、敢えてぼかしておいた。




 急な発案だったので、着替えも、カメラも、暇な時間に読む文庫本すら持たない状態で、俺とアリスは、最寄りの駅へと着いた。ほんの少し前まで、木下もいたが、方向が違うので別れた。去り際まで、「地獄に堕ちろ……」と、呪いの言葉を吐いていたのが、少し笑えた。


 行き先が決まっていないので、とりあえず田舎方面に向かう電車に乗ることにした。どこまで行くか分からなかったので、終着駅までの切符を買う。痛い出費だが、旅行に行くのだから、仕方があるまい。


 まだ通勤ラッシュの終わっていない時間だったので、反対側の電車は、隙間が全くないほど、すし詰め状態だった。決して乗りたいとは思わないが、ガラガラの車両に乗りながら、それを眺めるのは気分が良いかもしれない。俺って、結構性格が悪い?


「朝飯、まだだよな。駅弁でも買っていくか?」


「う~ん。まだお菓子だけでいいかな。荷物がかさばるのも嫌だし、お腹が空いてきたら、買おうよ」


 駅の売店で、互いの分のジュースと、簡単なお菓子だけ買って、悠々と電車に乗り込む。中は空席だらけで、座るところが選び放題だった。


「たまにはこういうのも良いもんだな。いきなり誘われた時は、ビックリして、声が上ずったけど」


 不謹慎かもしれないが、学校をサボるというのは、スリルがあって、ドキドキするな。悪いことをしていることへの背徳感が、また癖になりそうだ。


 俺とアリスが乗った後、しばらく後続車両を待ち合わせた後で、発車した。いつもは、乗客が一人でも乗ってくるなと、そわそわしながら、ドアが閉まるのを待つのに、余裕で構えていられる。


「なあ、どうして二人旅に誘ったんだ? そろそろ話してくれてもいいんじゃないのか?」


 アリスと旅をしたくない訳ではなかったが、隠し事をされているみたいで、ムズムズする。本当は彼女から話してくるのを待ちたかったが、あまり気が長い方ではないので、思い切って聞いてみた。


 場ののんびりした空気が台無しにならないように、努めて笑顔で聞いたのだが、アリスは難しい顔をして黙ってしまった。


 え? ひょっとして、聞いてはいけない質問だったのか? でも、聞かないでいるのもなあ……。


 微妙な空気を察したのか、笑顔に戻ったアリスが、申し訳なさそうに謝ってきた。


「ごめんね。本当なら、強引に誘ったんだから、朝起こしに行った時にでも話さなきゃいけないんだけど、まだ心の準備が出来ていないの。だから、じれったいかもしれないけど、もう少し我慢して」


 心の準備が必要なほどのことなのか? 朝、いきなり彼氏宅を訪問して、旅に出ようなど言い出すくらいなのだから、ある程度の事態は覚悟していたが、こうなると、ますます焦れてきてしまうな。


 だが、アリスが舞ってほしいと言っているのなら、ここは黙って待つ他あるまい。無理やり聞き出すのは性に合わないしな。


 俺が複雑な心境でいると、アリスが窓の外を指差して、明るい声を上げた。


「あ、見て見て。あそこに観覧車があるわ!」


 だが、その声には、どこか影があるようにも感じていた。重くなった空気を明るくしようと、無理をしているような……。


 アリスが注目するまでもなく、俺は観覧車を発見していた。


「ああ。でも、他のアトラクションは見当たらないな。どうやら遊園地とかじゃなくて、観覧車だけ、ポツンと設置しているみたいだ」


 はたしてそれで儲かるのかどうかは疑問だが、休日の夜は、カップルでにぎわいそうな気はした。


「ねえ、あれに乗ってみましょうよ」


 俺はどうでも良かったのだが、アリスが興味をそそられたみたいだ。密室でアリスと二人きりと考えると、すごくそそられるものがあったので、俺も乗ることを快諾した。


 すぐさま電車を降りて、観覧車まで歩いていく。距離は多少あったが、時間には余裕があったので、タクシーを利用せずにのんびりと歩くことにしたのだ。


「近くで見ると、さらに大きく見えるな」


 電車から見えた時点で、相当大きな施設であることは分かっていたが、近付くに連れて、改めて、その巨大さを再認識していくことになる。


 てっきり一回五分くらいで終わる代物と思っていたが、このサイズだと、それなりに二人きりの時間を満喫出来そうだ。


 観覧車は、平日の昼間ということで、ガラガラに空いていて、俺たち以外の客は見られなかった。客が来ないのに、観覧車を回すメリットがあるのかは知らないが、アリスと乗ることにした。


「あ、見ろよ。あれ、俺たちがさっきまで乗っていた電車の通った線路じゃないか?」


「そうね! そうなると、あれが私たちの降りた駅かしら!」


 観覧車に乗ると、しばらくは、二人仲良く窓側に身を寄せ合って、外の景色に夢中になった。あまり身を乗り出すので、観覧車が少し揺れてしまったくらいだ。


「あ、もうすぐ地上だ。のんびり進んでいたけど、終わる時はあっという間だな」


 乗る前は、多少いかがわしいハプニングがあるのではないかと期待もしていたが、乗ってみると、意外にあっさりと健全な状態で終わるものだな。


 俺は降りる準備をするために、席に置いていた荷物に手を伸ばした。しかし、その手をアリスが制した。


「ねえ! もう一回乗りましょうよ。どうせ客は私たちだけの貸切状態なんだから、文句は言ってこないでしょ」


「え? ま、まあ、お願いすれば、簡単に通ると思うけど……」


 ただもう一度乗ったところで、窓から見えてくるのは、一回目と全く同じ景色だ。もう一度見たところで、感動はしないと思うけどな。


 正直、あまり乗りたいとは思っていなかったが、アリスがお願いするというのなら、断る理由はない。どうせさっさと降りたところで、この後の予定は全くの未定なのだ。観覧車にのんびり乗っていても、支障などあるまい。


 そんな流れで、二週目がスタートしたのだが、問題はここからだった。


「アリス……。泣いているのか?」


 観覧車が再び地上から離れていくにつれて、アリスの目元が潤いだしたのだ。さっきまであんなに愉しそうにしていた直後だったので、俺は心配になって、体を寄せた。


「大丈夫……。ようやく心の準備が出来そうだから……」


 アリスは、自分に言い聞かせるような口調で呟いていた。さっき話すのを拒否した旅の理由を話そうとしているのか?


 息を飲む俺に、アリスはおもむろに語りだした。


「あのね……。爽太君、私、これからとんでもないことを口にするの」


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