第六十三話 彼との仲を邪魔されないためにも、ここで負ける訳にはいかないよね
拓真君から強引に唇を奪われた。しかも、その場面をアカリちゃんに見られていたのだ。
弱みを握ったと思ったアカリちゃんは、私が浮気したのだから、爽太君が自分と浮気しても構わないだろうと言い出したのだ。
「そんなに構えないでください。私、怒っている訳じゃないんですから。むしろ浮気してくれたことに、感謝すらしています」
アレは浮気じゃない。拓真君が勝手にやっただけ……。そう言っても、聞かないんだろうな。
「それで? 最終的には、あなたが爽太君の彼女に落ち着くつもりなの?」
アカリちゃんは、迷うことなく首を縦に振った。
「私も……。爽太さんと付き合いたいですから」
この子が爽太君のことを好きなのは、前から知っているけど、こうして面と向かって言われると、ムッとするものがあるわね。
「仕方ないですよね。あなたが悪いんですから。何だったら、さっきの子とくっついたらどうです? 爽太君なら、心配なく。私がいますから」
「一つ聞いていいかしら。あなた、ずっと私のことを見ていたのよね。ひょっとして、強引にやられたことに気付いている?」
私が訪ねると、アカリちゃんは、ニヤリとした。イエスってことね。それで、こんなことを言ってきているのか。私が苦しんでいるのを、見て見ぬ振りをして、平気な顔をして、私を責めていたということなの……?
「つまり……。私が強引にキスをされていることを知った上で、見てみぬ振りをしていたのね……」
やってくれるじゃない……。もし、それに気付かないで、アカリちゃんに頭を垂れていたら、主導権を握られて、良い様に遊ばれていた訳ね。
アカリちゃんを睨んだまま、コーラを飲もうとする……けど、もう空になっていた。もっと残っていたと思ったんだけど、さっき派手にぶちまけちゃったからなあ。私は席を立つと、コーラのお代わりを注文した。一番大きいやつを。
きょとんとしているアカリちゃんのところに戻ると、早速一言。
「ねえ、これをあなたにぶちまけたいって言ったらどうする?」
「なっ……!?」
私の意表を突いた質問に、アカリちゃんは、 ギョッとして飛びのいた。きっと怒った私に、本当に被せられると思ったんだわ。
「何を驚いているの? 彼女に対して、彼氏を奪いますって言っているのよ。逆上した彼女に、これくらいされても不思議はないでしょ」
ま、やらないけどね、そんなことをしたら、お店の人に怒られちゃうし。
ただ、私に一杯食わされた形のアカリちゃんは、恥ずかしいやら、腹立たしいやらで、顔を真っ赤にして食ってかかってきた。
「私をからかっているんですか?」
「からかってはいないけど、おかしなことではあるわね。いつも親友の影に隠れてコソコソしてばかりいるくせに、珍しく自己主張したと思ったら、私から爽太君を奪いたいって言うんだもの」
「い、いけませんか!」
私の反撃にわずかに怯む。もちろん、その隙を、私は見逃さない。
「私が他人とイチャついたから、自分にも爽太君と付き合う権利がある? よく言うわ。日常的になりふり構わず乳を揺らして、爽太君を誘惑しているくせに!」
「こ、これは、好きで揺らしている訳じゃないです!」
あ、開き直った。揺らしているのを認めたわ。自分から振っておいてなんだけど、結構ムカつくものがあるわね。
「まあ、確かに! 爽太君はたわわに実っているのが大好きだけど! それだけで勝てるとか思わないでね!」
だんだんイライラしてきたので、お返しとばかりに、アカリちゃんの豊満な胸を揉みまくってやった。あまりこういうのに慣れていない彼女は、か細い悲鳴を上げた。
「ひあっ……!?」
「私が男の子と話しているのを、ずっと聞いていたのよね。だったら、幼く見えるから、多少エッチなことをしても許されるって言っていたくだりも聞いていたでしょ?」
「ひぐぅ……!」
情けない声を出して、されるがままのアカリちゃん。この子は、揉まれるのに弱いのね。弱点を知ることが出来たけど、あまり多用は出来ないわね。ついでに言うと、人前ではやりづらいものがあるわ。
「ふん! 他人に乗じて、甘い汁を吸おうなんて、考えが甘いのよ!」
攻撃の手を緩める頃には、私もアカリちゃんも、すっかり息が上がっていた。
「ひ、ひどい……。人の弱いところを重点的に責めるなんて……」
「ふ、ふふん! 弱点を責めるのは戦いの常識よ……。そういえば、いつも一緒にいる親友は呼ばなくていいの?」
「い、いいんです。ゆりの助けがなくたって、あなたくらい……」
「格好つけてないで、今日も呼んだら? あなた、あの子がいないと全然駄目じゃない」
私は素直に増援を呼ぶように提案してあげたのだが、アカリちゃんは意地になって拒否した。もう劣勢になっているのだから、変なプライドは捨てて、SOSを送ればいいのに。
「とにかく! 絶対に吠え面をかかせてあげますからね! 私の方がいろんなところが大人の分、有利な立ち位置にいるんですから!」
ゆりの助けはいらないと言いつつも、手詰まりに陥っていたみたいで、捨て台詞を残して、アカリちゃんは店を出ていった。去り際の彼女は、ちょっと涙ぐんでいたようにも見えたわね。言い過ぎちゃったかしら?
かなり頭にきていたようだけど、アカリちゃんのことだから、私がキスしていたことを告げ口するようなことはしないでしょうね。そういうことをするような子じゃなさそうだし。
拓真君も、あんな感じでやり込めたら、苦労しないんだけどな〜。
そうもいってくれない手ごわい年下の子を思い出すと、つい苦笑いが漏れてしまう。
その頃、アリスが大変な目にあっているのを知らずに、俺は力なくアパートへと帰宅していた。
「結局アリスに会うことは出来なかった……」
アカリの胸に、顔をうずめた件を、改めて謝れなかったせいで、俺の罪悪感は募る一方だった。ちなみに、同時刻、俺がうずめたアカリの胸を、アリスが揉みしだいているとは、夢にも思っていない。
「あ〜あ、アリスのやつ、絶対に根に持っているぞ」
傷ついた心をえぐる言葉を、木下は好んで使用してくる。自分の家に帰ればいいのに、何故か家までついてきたのだ。いつもならツッコミを入れているところだが、今はそんな余裕もない。
「携帯にかけてみたらどうだ? 本当は直接謝るのが良いが、こうなっては仕方ねえだろ」
「駄目だ。今頃は、もう帰宅している筈だ。俺から電話したことが、親にばれたら、アリスに迷惑がかかる」
そうでなくても、俺は、アリスの両親から嫌われているのだ。さらに、ポイントを下げるような真似はしたくない。
「そうなると明日に持ち越すことになるな。まあ、いいや。今夜はこれでも飲んで、嫌なことを一時的に忘れるとするか」
「それ……。酒じゃねえか。どうやって手に入れた?」
嫌な記憶を忘れようと、木下が出してきたのは、酒のボトルだった。酒に関しては詳しくないが、ラベルを見る限り、いかにも高そうだ。
「へっへっへ! 虹塚先輩に譲ってもらった。先輩、実家がバーを経営しているんだよ」
あのぼんやりした虹塚先輩の家がバーを経営していることに驚いたが、未成年に酒を譲る神経には呆れた。頭のネジが緩いといっても、そこは先輩として、しっかりしてほしかった。
「飲むなら、勝手に飲め。俺は飲まん」
「そう硬いことを言うなよ。ほら、一杯だけ……」
最初こそ、頑なに拒否していたが、結局木下の押しに負け、酒をのどに流してしまった。一杯飲んだら、それを皮切りに、次々と杯を重ねていくことになってしまい、気が付いたら、二人共寝入ってしまっていた。
翌日、甲高い声で、俺は起こされた。これが二日酔いというものなのか、頭がガンガンする。
「いつまで寝ているのよ。ほら! さっさと起きなさい!」
「ア、アリス……!?」
俺と木下を声高に起こしにかかっているのは、昨日、いくら探しても見つからなかったアリスだった。
「ど、どうしてここに!?」
俺が布団から転がり出ながら聞いたが、アリスは答えてくれない。
「あ! これ、お酒じゃないの。未成年のくせに、何てものを飲んでいるのよ。この不良共!」
床に転がっている酒の空瓶を見ながら、呆れた声を出している。俺は、まだ頭がハッキリしない。だが、起こしに来てくれたことだけは理解できた。彼女が朝、起こしてくれる……。何ともそそる展開じゃないか。
「今すぐ支度するから、ちょっと待っていてくれ」
アリスを部屋の外に出すと、急いで身支度を整えた。木下はまだ眠そうにしていたが、俺がたたき起こしてやった。
外に出ると、アリスが気持ち良さそうに日光を浴びていた。それを見ながら、彼女が通学用の鞄を持っていないことに気付いた。指摘すると、家に置いてきたとのこと。
「こんな良い天気なんだから、学校なんてサボって、電車に乗って、遠くに行きましょうよ!」
てっきり学校に遅れないように、起こしに来てくれたとばかり思っていた俺と木下は、唖然としてしまった。
「遠くって、どこだよ?」
とりあえず一言だけ、口から漏れた。
昨日は休んでしまい、すいませんでした。
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