第六十二話 二回目の裏切りは、蜜の味
私に気があると言う、見た目が小学生、実際は中学生、でも内面は大人びている拓真君が、学校にやって来た。
怖い先輩に忘れ物を届けに来たと言う彼の言葉を信用し、同時に警戒を緩めてしまったのだが、それがいけなかった。
私が目を離した隙に、爽太君と一触即発な雰囲気になってしまったのだ。何を話していたのかまでは知らないけど、爽太君とまで接触したことに、嫌な予感を感じたので、彼を呼び出して、事情聴取をすることにしたのだ。
そうしたら、拓真君は私を振り向かせるためには、多少強引にいかなきゃいけないとか言い出す始末。本当に、手に余る子だわ。
「あなたが私を好きになるのは自由だけど、その努力が実ることはないわ。悪いことは言わないから、不毛に終わると思っている恋には早急に見切りをつけて、新しい恋に移ることを勧めるわ」
あなたみたいな中学生が、ちょっと頑張ったくらいで、私と爽太君の間に割り込んでくることなんて出来ないのよ。お子様に良い様にかき回されて、年上としてのプライドもあった。
「でも、僕にもチャンスがあると思うんですよね。僕とキスをした直後のアリスさん。すごく艶めかしい顔をしていましたからね」
「!! ぶっ……!? ごがっ!?」
拓真君が変なことを言うからむせちゃったじゃないの。あ~、制服がびしょ濡れ……。暑いから、放っておいても乾くと思うけど、みっともないなあ。
「あははっ! アリスさんってば、口からコーラを噴き出したりして、慌てん坊さん」
「お、大人をからかうな!」
お姉さんキャラをアピールするも、取り乱した状態で言ってもな。拓真君と話していると、とことん調子が狂うわ。
「そうやって、慌てるところを見ると、僕の推理もあながち間違いじゃないと言うことですかね?」
「だから……」
「ほら! 僕が拭いてあげますよ」
反論しようとする私を押しとどめて、拓真君がハンカチで、私の濡れた個所をゴシゴシと拭いてくれた。
「盛大にこぼしましたね。あんな所や、こんな所までびしょびしょだ」
「ちょっと! 女子の前でそんなことを言わないでよ!」
卑猥なことまで言い出した拓真君にムッとしてしまい、強い口調で非難すると、彼はクスリと笑った。
「初めて会った時に、お互い子ども扱いされて苦労しますねって言いましたよね」
「? ……それがどうしたっていうのよ」
突然妙なことを言いだしたと思って返事をすると、拓真君のハンカチを持つ手が、私の胸元へと動いていくではないか。
「利点もあるんですよ。アリスさんにとっては、あまり嬉しくはないでしょうけどね」
「ねえ、そこは自分でやるから、拭かなくていいのよ」
「少しエッチな話になるんですけどね。女性の体を触っても、大目に見てもらえるんですよ。みなさん、僕をませた小学生だと思っていますから」
拓真君の手が吸い寄せられるように、胸元へと移動していく。
「や、止めて……」
このままじゃ……。触られちゃう……。
私は金縛りにあったように体が硬直した状態で、それだけ絞り出すのが精いっぱいだった。すると、それまで真剣な顔をしていた拓真君が、プッと噴き出した。
「冗談ですよ。いくら子供っぽい外見だからといって、付き合ってもいない女性相手に、そんなことはしませんよ」
「……」
どうやらまた担がれてしまったらしい。緊張していた体から、力が抜けていく。
ん? ということは、付き合った女性に対しては、揉んでいると言うことなの? ……いいえ。そんなことはどうでもいいわ。何か疲れがドッと出ちゃった。
「こっちはよくやりますけどね」
「……?」
さっき冗談だと言われて、脱力していたのが不味かった。彼の顔がすぐ近くにあるというのに、何の警戒も抱かずにいたのが、裏目に出てしまった。
咄嗟に拓真君の唇を離すために、手を伸ばそうとするも、拓真君が私の後頭部と腰に手を回す方が先だった。
拓真君が私を強い力で抱きしめる。振りほどこうと抵抗するけど、力では拓真君が上。
止めて……。離して……。
声にならない抵抗を続けていると、どこかでシャッターを切る音がした……。
「む、むうう……!」
「ああ、誰かが僕らの姿をカメラに収めたみたいですね」
シャッター音は、拓真君にも聞こえていたみたいだが、彼はほんの少しも動じていなかった。
「良いじゃないですか。撮りたい人には撮らせれば。どうせモテないやつが、ひがんでいるに過ぎません」
そ、そう言う問題じゃ……、ない。あなたとキスをしている画像なんて、この世に存在してはいけないのよ。
私が不毛ともいえる努力を続けていると、ようやく拓真君が私から唇を離した。長いキスだった。爽太君ともしたことがないくらいの。
よくも私の唇を奪ってくれたわね……。怒鳴り散らして、平手打ちしてやりたかったけど、何かおかしい。
私は荒い息を漏らすだけで、何も言えなかった。この感じは何? 全身から力が抜けていくような……。
「思った通りだね。アリスさんってさ。強引にいくのに弱いでしょ」
「……」
睨んでやったけど、拓真君は満足そうに微笑んでいるばかり。
「こういう手ごたえがあるから、アリスさんのハートを射止めることに希望を感じちゃうんですよ。チャンスがあれば、振り向かせられるんじゃないかってね」
私は黙ってうつむいた。そんなことはないとハッキリと突っぱねられない自分が嫌になる……。
「……いろいろ話したけど、僕の答えは決まっていますし、変えるつもりもありません。最終的には僕の彼女になってもらいます。それじゃ、また日を改めて……」
話は終わったとばかりに、拓真君は席を立った。去り際に投げキッスの仕草をされると、私の心臓はまたも跳ね上がらんばかりに振動したのだった。
「……何が僕の彼女になってもらいますよ。私を置き去りにして、一人で帰るくせに」
爽太君だったら、ちゃんと家まで送ってくれるわよ……。
拓真君が去った後も、私は一人店内で呆けていた。急げば、本日最後の授業には間に合うかもしれなかったけど、今更どうでも良くなってしまった。
「何を……、しているんですか?」
声がした方を見ると、アカリちゃんが立っていた。
「あなたが慌てて学校から出ていったので、気になって後を付けていました。そうしたら、さっきの子と、この店に入って、仲睦まじくキスをするのを見ました」
「……」
責めるような口調で私を睨んでいるけど、私は力なく俯くだけだった。ついに……、見られてしまった。
「……ずっと見ていたの?」
「はい」
「私が強引にキスをされている時も?」
「それは言い訳ですか? 爽太さんを裏切るようなことをしておいて、よく言えたものですね」
言い訳……。裏切り……。ずいぶん手ひどく言われたものね。でも、アカリちゃんの言っていることも分かる。爽太君だって、私の姿を見たら、同じことを言うかもしれない。
「それで……。爽太君にこのことを言うの?」
ふてぶてしい話かもしれないけど、私は奇妙に落ち着いていた。
「さあ……。私は話が得意な方ではないですし、嘘を言っていると思われてしまうかもしれません。証拠写真でもあれば、話は別なんですけどね」
「証拠写真……」
拓真君にキスをされている時に聞こえたシャッター音のことが頭をよぎった。あれがアカリちゃんでないにせよ、誰かにとられたのは確かだ。それが盗撮マニアの変態だったらいざ知らず、万が一知り合いだとしたら、確実にまずいことだわ。
「どうしたんですか? 顔色が優れないですよ」
「心配しなくていいわ。放っておけば治るから」
そんなに心配なら、どこかに行って。私を一人にして。
密かにそんなことを願ったけど、アカリちゃんはまだ言いたいことがあるらしく、私の向かえの席に陣取ったのだった。
「前置きが長くなってしまいましたね。用件を言わせてもらいます」
ようやく本題か。もったいぶらずに言ってほしいわ。どうせ私にとって、ろくな内容じゃないんでしょ?
「アリスさんが浮気をしているんだったら、爽太さんが浮気をしても良い訳ですよね?」
その瞬間、背筋に電撃が走った。アカリちゃんが何を言いたいのかが分かってしまったのだ。
「爽太君と付き合いたいってこと……?」
アカリちゃんがニヤリと笑みを漏らした。
次回の投稿ですが、仕事の都合で、12日の14時を予定しています。
心待ちにしている方がいるかどうかは分かりませんが、申し訳ありません。