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第五十六話 姿を見せないゆうちゃん、すれ違いの始まるアリス

「なあ、この子可愛いだろ? 俺の一押しの子なんだよ! 雪城優香っていうんだよ。なっ! 良いだろ?」


 散々興味がないと断っているのに、木下が女子の画像を見ろとせがんでくる。そんなことはどうでもいいので、暑苦しいから、離れてほしい。


「スタイルはたいしたことないんだけど、顔が良いんだよなあ」


「端正というよりは、儚い感じだな。美人の部類には入ると思うけど、鼻の下を伸ばすほどでもないと思うけどね」


「その儚げな感じがいいんだよ。俺が守ってあげなきゃって思わせる魅力っていうやつ?」


「そうか~?」


 俺は凛とした女性の方が好みだけどな。大体こんな可愛い子なら、彼氏の一人、もういるだろう。今頃手を付けても、手遅れだと思うがね。


 ……そういえば、「X」のことを、昔「ゆうちゃん」って、呼んでいたんだよな。ということは、やつは名前の中に「ゆう」の文字が入っている女子ということか……?


 何か単純すぎる気もしたが、それが一番ヒントになっている気もした。だからといって、雪城優香を「X」と疑っている訳ではない。


 木下が雪城優香のことをまだ熱く語っている中、俺は「X」のことを考えていた。


 俺の方からキスをしたら、アリスと別れるという勝負が始まってから、もう一週間が経とうとしている。海から帰ってきても、一向に音沙汰がないが、このまま終わって来るとも思えない。


 そろそろ何らかのアクションを起こしてくる頃合いだろう。名前に「ゆう」が含まれていなくても、近付いてくる女子には注意しないとな。キスをしなければいいから、楽勝とは考えない方が良いだろう。


「あと、この子な。近隣の中学に通っている弟がいるらしいんだけど、こっちもモテるらしいぜ」


 俺が相槌も打たないでいるのに、木下はまだ話し続けている。喋っていないと死んでしまう病気にでもかかってしまったのかね。


「どうでもいいよ、そんな情報は」


 他校の野郎の情報なんてどうでもいい。頭に入れたところで、役に立つとは到底思えない。脳細胞とエネルギーを無駄に使うだけだ。


 木下の話に適当に相槌を打つ気になれずに、知り合いの中に、該当する人物がいないかどうか記憶を頼りに整理してみた。……うん、いないな。


「お、に、い、さ~ん♪」


 考える俺の前に、今度はアキが顔を覗かせる。かなり近い。これは恋人同士が、キスの前に、見つめ合う時の距離だ。ただし、俺がこいつに欲情することは、絶対にありえないけどな。ちなみに、こいつの名前にも「ゆう」は含まれていない。こいつだけは「X」じゃないと断言することだって出来る。万が一、実は「X」だったとカミングアウトしてきても、爆笑して終了だろう。


「ふう、暑い、暑い」


 暑いを連呼しながら、俺の至近距離で、制服の胸元を掴んだ手を前後に動かして、中に風を招き入れている。角度によっては、下着が見えてしまいそうだ。一応、男の前だということをわきまえてほしいものだね。


「こうしてみると、アキも結構女っぽいよな」


 早速木下が反応している。心なしか、鼻息が荒くなっているような気さえする。おいおい、マジかよ。相手はアキだぞ?


「こいつを女とみなすとは、お前も相当暑さで頭がやられているようだな。保健室で休んだ方が良いんじゃないのか」


 アイスを餌にすれば釣れるという情報は黙っておこう。今のこいつなら、すぐに実行しそうで、うざい。


「こう暑いと、喉がカラカラになってきますね~。ああ、どこかに私に冷たいものを恵んでくれる心優しいお兄さんはいないものですかね?」


 満面の笑みで物乞いをしてきやがった。アキが上級生の教室に足を運んだ理由はこれか。しっかりと俺を見据えて話してきやがる。だから、こんなに近い距離で接していたのか。全ては俺に色仕掛けで、おねだりするため……。何ともあざとい戦法だ。でも、まあいいか。


「同じことをアリスにされたら、メロメロなんだけどな」


「私の方が色気は上ですよ?」


 皮肉を漏らしたら、真面目な顔で言い返してきやがった。アキのくせに、本気で自分の方が上だと思い込んでやがる。いやいや。お前の色気はあからさま過ぎるんだよ。そこは素直に姉を見習っておけ。







「この間、爽太君に買ってもらった人形も可愛かったけど、これも可愛いなあ……」


 ここは、アンティーク物を扱う店で、帰り道からちょっと外れたところにある。品ぞろえが良く、個人的に気に入っている店の一つね。今日も学校帰りに寄って、人形に一つに目を奪われているわ。


「その人形、目元がしっかり作られていますよね。顔立ちもスッキリしていて、ハンサムです」


 人形を見ていたら、後ろから小学生くらいの子供に声をかけられた。その子ったら、抱えている商品の人形を眺めながら、私に話しかけてきているのよ。僕はあなたと同じ趣味の持ち主ですってアピールして、私の気を引くつもりなのかしら。工夫したつもりなんでしょうけど、あからさま過ぎるのよね。


『お姉ちゃんをナンパしてくるのは、見かけで小学生だと勘違いしたマセガキばかりでしょ?』


 海で言われた台詞が、アリスの脳裏をよぎる。言われなくても、そんなことは、私が一番分かっているっつ~の!


 この子も同じようなことを考えているんでしょうね。実年齢がばれる前に退散しておきますか。あ~あ、せっかくの至福の時間が潰れちゃったわ。本当に迷惑!


「あれ? 機嫌が悪いようですね。ひょっとしてお邪魔でしたか?」


 そう思っているのなら、さっさとどこかに行ってね、坊や。男の子を無視したまま、外に目をやると、爽太君が歩いているのが見えた。


 こんなところで見かけるなんて、偶然ねえ。何故か隣にはアキまでいるし。手にアイスを持っているところを見ると、またおねだりしたのね。仕方のない子。爽太君も追い返していいのに。


「あの人って、晴島爽太さんですよね。僕の周りにもファンの子がいて、うわさは聞いています。格好いいですよね」


 ふう……。相手にもしていないのに、しつこいわね。ちょっと辛辣な言葉で、攻めてみるかしら。


「あなたも、私みたいなお子様に声をかけるより、もっと大人のお姉さんを相手にした方がいいわよ?」


 本当は私もお姉さんなんだけどね。ナンパを振り切るためとはいえ、子供の振りをするのはテンションが下がるわ。でも、男の子は不思議そうな顔で言い返してきたわ。


「? だから、こうして声をかけているんですけど? あなた、高校生ですよね?」


「……何で分かったの?」


 身長のせいで、初対面の相手には確実に、小学生に間違われ人生を歩んできたのに、この子は高校生だと外見だけで看破してしまった。それに驚いてしまい、つい口が滑ってしまったわ。男の子は、私の驚いた顔を見ると、得意そうにクスッと笑みを漏らしていたわね。


「お互い、身長のことで苦労しますよね」


「お互い? ということは……、あなたも?」


「僕、こう見えて中三なんですよ。あなたの反応を見ると、僕を小学生だと思っていたようですね」


 やだ……。外見で判断しちゃっていたわ。人を見かけで判断するのは最低なことだって、小学生に間違われるたびに内心で毒づいていたのに。これが非常にムカつくことは、私が実体験で体験済み。もちろん、すぐに平謝りよ。


「良いんですよ。慣れていますから。ただ、同じ悩みを持っていそうな人をたまたま見かけたんで、つい親近感を持って話しかけちゃったんです。迷惑でしたか?」


「いえ……、迷惑なんて……」


 同じ趣味ならまだしも、同じ悩みを持っている人となると、話は別だわ。この子に対して、一気に親近感が湧き上がってくる!


「ついでに言っておきますけど、あなたの気を引くために、人形を持っている訳でもありません。これ、僕の私物なんです」


「私物?」


「はい。嘘だと思うなら、店員さんに確認してみてください。これは、ここで買ったものですから」


 そう言って、店員さんの方に目配せすると、初老の女性店員が、こっちを見ながら、にこやかに会釈してきた。あの反応を見る限り、今の話に嘘をないみたいね。それどころか、もしかしたら、この店の常連なのかも。


「まあ、こうして知り合ったのも何かの縁です。自己紹介させてください。僕の名前は雪城拓真っていいます。中三のくせに、人形いじりが好きです」


「変わった趣味って言われない?」


「友達からはキモいって言われますよ。ひどいですよね」


「男で人形いじりが好きって言われたら、そう言われるのも仕方がないわ。でも、私は素敵な趣味だと思うわよ。雨宮アリスっていうの。あなたの予想通り、高校生よ」


 自分の予想が正解だと知ると、拓真君は顔をほころばせて喜んだわ。こういうところはまだ幼さが残っているのね。でも、ちょっと可愛いかも。


「どうです? 知り合ったついでに、人形談義でもしませんか? アリスさんも人形にはこだわりを持っているみたいですし、濃い時間を過ごせると思います」


「あなたもね」


 人形に関しては、マニアと呼ばれるくらいはまっちゃっているのよね。でも、周りに同じくらい情熱を傾けてくれる人がいないから、たまに拓真君みたいな子と出会うと、抗いがたい衝動を覚えちゃうのよね。


「……良いわよ。ここの隣の喫茶店で、少しだけお話ししましょうか」


「やった!」


 私からOKサインが出ると、拓真君は無邪気に喜んでくれた。この子も、趣味について熱く語れる仲間が見つかって嬉しいのね。……会って話すだけなら、浮気にもならないよね。


 こうして、ちょっとだけ……という軽い気持ちで、私は拓真君とお話しすることになってしまった。


 そんな私が拓真君を伴って、喫茶店へと移動するのを、離れたところから、望遠鏡で観察している者がいた。耳にはイヤホンも付けていて、こちらの会話も全て耳にしている。


「ダメダメじゃん、アリス。悩みと趣味を共有しているだけで、男についていっちゃ~。爽太君が見たら泣くわよ?」


 いやらしい笑いを漏らして、満足そうにしているのは、私から爽太君を取り上げようとしている憎き相手。爽太君は「X」って呼んでいたわね。


「ま、そうなるように、これからかき混ぜてあげるんだけどね。さあ、ショーを始めましょうか。最終的に、爽太君が私になびいて、アリスがボロ雑巾のように捨てられる愉快なショーを」


 「X」は、これから起こることに想いを寄せては、ほくそ笑みながら、レンズの向こうで、何も知らないで笑っている私を凝視していた。


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