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第五十三話 盗撮の代償と、人工呼吸

 海二日目。今日も海で体を焼こうと思っていたら、みんなで浦賀先輩とティア先輩のデートを尾行しようという話が持ち上がった。盛り上がった雰囲気を白けさせたくなかったので、やる気はないのに仕方なく参加したが、やっぱり面白くなかった。


 そんな俺の思惑とは対照的に、他のメンバーはあくまで乗り気で、陸からだと気付かれてしまうので海からデートの様子を見ようという話にまで発展してしまった。そこまで本格的にしなくてもと思ったが、火のついた先輩たちを止めることは、もう出来なかった。


 そんな訳で、浦賀先輩とティア先輩のデートには、たいして興味を持つこともなかったが、偶然見かけたアリスがナンパされている姿には激しく動揺してしまっていた。そこに、運悪く押し寄せた大波にのまれることになってしまう。


 不意を突かれてしまい、体が水中で一回転していたのは事実だが、この程度の波なら溺れることもないかなと安堵もしていた。そのため、海中に目をやる余裕もあった。こうなると、遊里から渡されていたゴーグルが役に立つ。そして、海中に沈んでいく人影に目がいった。


「虹塚先輩が沈んでいる……」


 胸元を抑えながら、そこの方へと沈んでいく虹塚先輩と目が合った。意識はしっかりしているみたいで、目をうるうるさせて、助けてオーラを飛ばしてきた。先輩は泳げるので自分でどうにか出来ると思うが、両手を、胸元を隠すように置いたまま、水をかこうとしない。ひょっとして、波に飲まれる寸前に、遊里がポロリを撮ってやると宣言していたのを気にしているだろうか? 溺れる心配よりも、自分の胸元を心配するとはある意味で豪気だ。


 とにかく、助けを求められた以上、行かない訳にもいくまい。一旦、水面に出て息を整えた後、俺は再び海中へと潜ったのだった。


 波が去って、水面に顔を出すと、息を大きく吸った。いきなりだったので、耳に水が入ったかもしれない。俺に手を引かれながら、虹塚先輩はごほごほと咳込んでいた。


「ああ、苦しかった。爽太君、ありがとうね」


「俺が助けなかったら、どうしていたんですか?」


「う~ん。どうしていたのかしら」


 顎に指を当てて考えるジェスチャーをしているが、この顔は何も考えていなかったな。


「む! その顔は、ポロリがなかったからってガッカリしている顔ね?」


「そんなことは思っていませんよ」


 そんなことはしないと否定したのだが、手に持っていたカメラを指差されると、回答に窮してしまう。


「た、確かに、そういう算段が全くなかったといえば嘘になりますけど、溺れたら洒落にならないでしょ」


「その時は、爽太君が人工呼吸をしてくれるのよね。それはそれで、お姉さん、楽しみだったなあ」


「なっ……!?」


 からかわれているに過ぎないことは分かったのだが、年上の大人の先輩に言われると、抗いがたい魅力があるのだ。そうなると、赤面するのはどうしても避けられない。俺の様子を見ながら、子供扱いしたことが上手くいったことに、満足そうに微笑まれてしまった。


「ぶはっ!」


 俺と虹塚先輩の横から、関谷先輩も遅れて顔を出した。そして、先輩に担がれ太状態の遊里と木下が力なく腕をぶらりとさせていた。


「その二人……、溺れちゃったの?」


「ああ……。波に飲まれとるゆうのに、デジカメを構えとったんや。そのまま意識を失ってもうて……。アホや!」


 全くですよ。虹塚先輩のポロリを狙っていたとはいえ、命までかけるとは……。意識を失っているところを悪いけど、同情する気にはならないね。


 浜にあげられても、依然二人はぐったりしていた。木下が妙に鼻の下を伸ばしながら気を失っているのが、妙に腹立たしい。


「妙に幸せそうね」


「天国で楽しんでいるんじゃないですかね。下手に心肺蘇生したら怒られるかも……」


「アホなことを言ってないで、蘇生作業せんと!」


 昨日、鼻血の出し過ぎでダウンしたかと思えば、今日は波で意識不明か。こいつ、海に来てから、踏んだり蹴ったりだな。意識が戻ったら、悪いことを言わないから、強制送還した方が、こいつのためになるような気さえしてきた。


「お~い!」


 ひょっとして起きているんじゃないかと思い、頬をペチペチと叩くも、反応なし。遊里の方にも、虹塚先輩が語りかけるが、同じく反応はない。眠ったままの二人に向かって、虹塚先輩がポツリと漏らす。


「頑張り過ぎちゃったのね」


 それはあなたのポロリを撮ることを、ですか? すごいとは思いますけど、アホですよ。


「さっきも言いましたけど、それで溺れていたら、世話ないですよ……」


「それに命をかけちゃう人もいるものなのよ」


 実際にここでノックアウトしているやつがいるので、その意見は否定出来ませんね。


 しかし、水泳部のエースともあろう女傑が、あんな波で簡単にノックアウトとは悲しいものがあるな。


「とりあえず人工呼吸か……」


 高校の授業で人形相手にやったことはあるが、まさか実際に人間にする日が来るとはね。こんなことなら、適当に聞き流したりせずに、もっと真面目に聞いておくんだったよ。


 記憶を整理しながら、目を閉じている遊里と向き合って、顔を近付けようとしたが、そこである考えが頭をよぎった。


 ちなみに、もし遊里が「X」で、俺が人工呼吸をしてしまった場合、それも俺からキスをしたことに入るのだろうか。こんな時に不謹慎かもしれないが、そんな考えがふいと頭をもたげてしまったのだ。


「あの……。関谷先輩がやってくれませんか? 俺、肺活量が人よりないんで」


「? 俺がか? 別にええけど」


 せっかく女子と合法的にキス出来る機会なのに、不可解なことをするなあという目で、関谷先輩は俺を見つめていた。俺も遊里のことは嫌いじゃないし、人工呼吸をすることに抵抗はないけどね。昨夜の約束がどうも引っかかるのだ。


 だが、関谷先輩が人工呼吸をすることに、遊里は不満があったらしい。チェンジを要求してきた。


「私、爽太君がいい。濃厚なやつを頼むね」


「そうか……。遊里は爽太君をご希望か……。って、何でやねん!」


 関谷先輩、見事なノリツッコみです。


「お前……。意識があったのか」


「人工呼吸を体験してみたかったのよ。そうしたら、爽太君以外の男性が私に口づけしようとしていたから、つい口が出ちゃったのよ」


 目をパッチリと開けると、むくりと起き上がった。虹塚先輩は無事だったことを喜んでいたが、おそらく最初から意識を失っていなかったに違いない。


「でも、済んでのところで怖気づいちゃうなんてなあ~。もう! 爽太君の意気地なし!」


「そう言う問題じゃねえだろ……」


「全くや! ホンマに心配したんやで!」


 本気で心配していた関谷先輩からは頭を連続で強打されることになったが、よく考えてみたら、こいつがあの程度の波で気を失う訳がないか。全ては人工呼吸を誘う一人芝居だったのだ。まあ、大事にならなくて良かったよ。


「遊里ちゃんはこれでいいとして、木下君には誰が人工呼吸をするの?」


 虹塚先輩の何気ない一言に、起きている四人で顔を見合わせる。誰も、自分が人工呼吸をやると名乗り出ない。


 遊里の件があるので、虹塚先輩に人工呼吸してもらうための演技であることを期待したが、本当に気を失っているみたいで、頬をかなり強くつねっても、表情一つ変えやしない。くそ……。お前こそ演技であってほしいのに!


「遊里。やってみるか?」


「私は嫌」


 眠った振りをしていた罰とばかりに、遊里に振ってみるが、思い切り拒絶されてしまった。


「こいつだって男より女に助けてもらいたいだろうさ」


「それなら、虹塚先輩に頼めば? 私の記憶では、木下君、虹塚先輩にご執心だったわよね」


 そうは言われたものの、虹塚先輩は微笑むばかりで黙っている。誰がやるか聞いてくるくらいなので、自分がやろうという考えはないらしい。


「とにかくね。嫌なものは嫌なの。そういう爽太君はどうなの? 親友でしょ?」


「俺は女専門なんだ。野郎は対象外」


 我ながら鬼畜なことを言っているな。でも、俺の考えに同調してくれる奴は多いようで、誰も自分が人工呼吸をしようとは言い出さなかった。


 結局、最終的にライフセーバーのお兄さんに、人工呼吸をお願いすることにした。知り合いが大変なのに、こんなに素っ気ない俺って結構薄情なんだな。お義兄さんに助けてもらったというのも可愛そうなので、虹塚先輩がやってくれたと本人には伝えておこう。


 当初の目的である浦賀先輩たちは、人工呼吸ですったもんだしている内に、どこかへ消えてしまっていて、尾行も中止となった。


 その後、ライフセーバーのお兄さんにきつく注意されてしまったことで、場の空気もすっかり落ち着いてしまい、浜辺でぼんやり過ごすことにした。今にして思えば、最初からこうしていれば良かった気がする。


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