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第五十二話 やつの魔の手が彼女に迫り、水の脅威が俺に迫った

「お! 見ろ。二人が海の店から出てきたで」


「かき氷を二人分買ったみたいですねえ」


 浦賀先輩とティア先輩が二人で海を楽しんでいるのを、他のメンバーが全員で距離をとって、観察していた。海に来て二日目。今日も思う存分楽しもうとしていたら、関谷先輩から呼び止められて、そのまま先輩二人を尾行することになってしまったのだ。


「あの……。もうこんなことは止めませんかね……」


「何を言うとんねん。これからが面白いところなのに」


「そうよ。爽太君、ノリが悪過ぎ!」


 見つかった後のことを憂慮して忠告した筈なのに、強い口調で非難されてしまった。俺はそんなに間違ったことを言ったのかね。日頃から尾行されている俺としては、こういうことをして何が楽しいのだろうと、どうしても頭を捻ってしまうんだよ。


「あまり気にしないことよ。褒められたことじゃないけど、二人なりに浦賀君たちの恋を応援したいのよ」


 首を捻る俺に、虹塚先輩が優しく微笑んでくれた。


「そうですかねえ……」


 虹塚先輩に対して、疑問の言葉を投げかけた。横では、尾行に飽きた木下が、目についた水着美女に声をかけてナンパに精を出している。


「関谷先輩はともかく、遊里の方はそうは見えません」


 早くもデジカメを片手に、鬼気迫る表情でスクープを追っていた。応援するというより、恥部となるような映像を撮ることに執念を燃やしていそうだ。


 昨夜、せっかく撮った俺とアリスのデート映像を削除されてしまったので、その腹いせも含まれているのだろう。


「浦賀のやつな。ティアのことをまだ諦めていないみたいなんや」


 望遠鏡から目を離して、関谷先輩はニヤついた顔を俺に向けてきた。わざわざ言われなくても、二人が歩いている様を見ていたら、分かりますよ。


「あれ? でも、浦賀先輩って、ティア先輩にフラれたんじゃなかったですか?」


 諦めきれなくて、再度チャレンジするスピリットは尊敬に値するが、無駄な努力で終わる可能性が非常に高い。一度、フラれている分、心無い言葉が向けられるかも。後輩として、無謀な挑戦を思いとどまるように促すべきではないだろうか。


「俺もそう思うてたんやけどな。虹塚から有力な情報を入手したねん」


 ここでしたり顔の虹塚先輩の登場だ。情報の提供者というポジションが案外気に入っているらしい。


「ティアちゃんも彼氏募集中みたいでね。浦賀君以外の男性からも、海に来てからアプローチを受けていたんだけど、ろくな人がいなかったんですって。それで、後から思い直してみたら、やっぱり彼が良かったかもしれないと思い至ったのよ」


 つまり、自分にアタックしてきた大勢の男の中で、浦賀先輩が一番マシだったから、試しに付き合ってみようかということか。俺が浦賀先輩の立場だったら、あまり素直に喜べないな。


「おっと! 危ない!」


 話をしていると、ティア先輩がこちらを向いた。尾行に勘付かれるとまずいので、全員が慌てて身を隠す。


「ばれたか?」


「いえ。すぐに浦賀先輩の方に向き直って、また談笑を始めたので、気付かれていない筈です」


 あんなに尾行に反対していたのに、ばれなくてホッとしてしまった。何とも矛盾したことをしているものだな。


「人は多いけど、浜辺やからな。身を隠すところが少な過ぎるねん。これじゃ、その内に見つかってまうわ」


 その時はその時で謝って終了だと思うが、この場の雰囲気はどうも違った。


「それなら、海中から覗けばいいんじゃないかしら。見つかりそうになっても、潜ればいいんだし、鉄壁の防御だわ」


「おお! ナイスアイデアや!」


 いつの間にか虹塚先輩まで乗り気になっている。あの二人の恋模様って、そんなに面白いの? 横では、相変わらず木下がナンパに精を出しているし。ちなみに今三人目にフラれたところだ。


「先輩たち。海中に移動するんなら、これは外せませんよ。はい! ゴーグルとシュノーケルです。向こうのレンタル屋さんで扱っていました」


「お! 気が効くやんけ!」


「こんなこともあろうかと、考えを巡らせておいて正解でした」


「あんたたち、いろいろと必死過ぎだろ……」


 先輩も含んでいるというのに、つい呆れて本音でツッコミをしてしまった。そんな俺に、遊里が俺の分を笑顔で渡してくれた。


 こうして、場所を浜辺から沖の方へと移した訳だが、高校生の男女が一段を形成して、クラゲみたいに漂う姿は、不気味というか、滑稽というか、とりあえず重いため息を誘発させるには十分なものだった。


「あ! ターゲット、ついに手をつなぎましたよ」


「まあ! 浦賀君にしては、かなりの前進ね」


「そのまま決めるんや!」


「お! あっちのお姉さんも、スタイルがいいなあ!」


 この異様な状況をおかしいと思っていないのか、俺以外のメンバーは気にする様子はない。俺だけ除け者にされている気分だ。


「おい……。せめてデジカメの電源は切っておけよ。盗撮犯と間違われるだろ」


「え? 実際に浦賀先輩たちの様子を盗撮しているから、これで良いんじゃないの?」


「良くねえよ! 身内だったらOKみたいな開き直りは止めてくれる?」


 完全武装で、撮影用機材を完備している俺たちは、誰が見ても怪しい。どんなに自然に振る舞っても、ライフセイバーのお兄さんが肩を叩いてくるから! ……と言いたいんだけど、意外に来ないものだな。ひょっとして、女子が持っていると甘く見てくれるとか……? いや、そんな筈はない。


「ん……?」


 浦賀先輩の強面を延々と凝視することに飽きてきたので、他の海水浴客を眺めていたら、驚愕の光景を発見してしまった。


 何とアリスがナンパされていたのだ。相手は……、見るからに小学校中学年くらいの男子か。大方親と一緒に海に来ているんだろ? ナンパなんてませた真似を洒落込むよりも、ママにでも甘えていろ!


「あん? どうたしたんだよ。震えているぞ、お前」


 俺の様子がおかしいことに気付いた木下が、どうしたと声をかけてきた。俺は怒りで震える指先で、アリスの方を指した。最初は顔をしかめていたが、勘が良いやつなので、すぐに俺の言いたいことを悟った。


「そうか。アリスがナンパされているのか」


「ああ……」


「あいつをナンパする物好きがいたとはな! でも、相手は小学生か。見た目的には、釣り合っているんじゃねえのか?」


 早速からかってきた木下に頭突きをかましてやった。やつは鼻を抑えながらも、まだからかうのは止めようとしない。


「キレんなって。自分の彼女がモテるのは、むしろ彼氏として胸を張ることだぞ。この可愛い子、俺の彼女なんだぜ? 羨ましいだろ! な~んてな」


 それで盗られたら、元も子もないじゃないか。あんな糞ガキにアリスがなびくとは思えないが、やはり面白くない。


「……ちょっとあの糞ガキをぶっ飛ばしてくる」


「待てって! アリスを信じておおらかな気持ちで見守ってやれよ。手荒な行動は慎めって」


 俺と木下で揉み合いが始まるが、関谷先輩たちは浦賀先輩たちを鑑賞するのに夢中でどこ吹く風だ。


 だんだん場がカオスと化してきた中、自然までが猛威を振るってきた。


「危ない!!」


 他の海水浴客から悲鳴が聞こえた。彼らの視線の先を見ると、結構大きな波が目前に迫っていた。


 尾行に夢中になり過ぎて、波の接近に気付くのが遅れてしまったのだ。今からでは逃げても間に合わない。波に飲まれるのは時間の問題だった。


 その場の全員が身構える中、遊里が必死な形相で、俺と木下に何かを放ってきた。


「爽太君。木下君。これ!」


「何だ、これ?」


 そうは言ったものの、受け取った時の感触と、見覚えのある形で、それが何かはすぐに分かった。


「予備のカメラ! ポロリがあるかもしれないから、虹塚先輩の胸元をロックオン……」


「それより自分の身を心配しろ! 馬鹿が!!」


「任せろ!!」


「てめえも当たり前のように親指を立てているんじゃねえよ!」


 馬鹿は死ななきゃ治らないというが、本当に死んでしまえとの考えが思わずよぎってしまった。波が俺たちを飲み込んだのは、次の瞬間だった。


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