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第四十七話 あの日の広くて温かい浜辺と、現在の狭くて冷たい部屋

 陽が傾き始めた海。まだまだ暑い盛りなのに、周りには他の客の姿はない。一つのグループの貸し切り状態だ。


 そのグループは子供二人に、彼らの父親と思われる男性が二人。子供たちが楽しそうに砂で遊んでいるのを、少し離れたところで、父親たちが楽しそうに見ていた。


「お~い、もう遅いから、帰るぞ~!」


「嫌! もう少しで城が出来るから、完成させるまで帰らない!」


「やれやれ……」


 女の子の父親と思われる男性が苦笑いするのも気にせずに、二人の子供は一心不乱に砂遊びを続ける。横にもう一人、男性が立っているのが見えた。あれは……、親父?


「おっ! 砂のお城を作っているのか。父親と違ってセンスが良いな」


「一言多いぞ」


「うん! 爽太君と一緒に住むの。私がお姫様で、爽太君が王子様!」


 女の子は、熱心に城作りを進めている男の子に向かって声をかけた。男の子は砂をいじる手を止めて、ニッコリとほほ笑んだ。何てことだ……。あれは俺自身じゃないか。幼いころの俺が、女の子と砂の城を作っていた。


「ははは! そうか~。じゃあ、お父さんは王様かな?」


「う~ん、パパはね、門番!」


 ニコニコした顔のまま、女の子の父親は固まった。愛娘の心無い言葉に涙ぐんでいるところを、俺の親父に慰められている。父親という人種の哀愁を感じずにはいられない光景だ。


「お前ら、本当に仲が良いんだな。お父さん、妬いちゃいそうだぞ」


「おい……、目が笑ってないぞ。マジで妬いているんじゃないよな?」


「心配するな。子供の他愛もない冗談に本気になるほど子供じゃない」


 さっき涙ぐんでいたくせに……。


「後は天守閣を付けねば完成だね!」


「うん! しゃちほこも付けよう!」


 改めてみると、城は和風とも西洋風ともいえない滅茶苦茶なもので、お世辞にもセンスが良いとは言えなかった。努力は伝わってくるが、これよりセンスの劣る女の子の父親って一体……。


「ねえ、爽太君」


「なあに、ゆうちゃん?」


 ゆうちゃん? この子の名前か?


「大人になったら、私をお嫁さんにしてね」


 藪から棒にとんでもない言葉を言い出した。


「いいよ」


 子供だったので、あっさりと快諾する。結婚という言葉の重大性を知らなかったとはいえ、ずいぶん思い切ったことをしたものだ。


「いいのか? そんな約束をして。おじさんの娘は気性が荒いからな。後からなかったことには出来ないぞ?」


 衝撃のあまり、止まりそうになっている心臓を手で抑えながら、女の子の父親は脅すように諭してきた。どうにか笑顔を取り繕うとしている者の、目が笑っていないから、本気で脅そうとしていた可能性もあるため笑えない。


「脅したって無駄だよ! 僕、決めたもん! 絶対にゆうちゃんと結婚する!」


「爽太君……」


 女の子は大きな目に涙を浮かべて潤んでいたかと思うと、俺にキスをしてきた。おそらく俺にとって、初めてのキスだ。向こうで女の子の父親が卒倒しそうになっているが、俺はそれどころではなかった。女の子の唇の感触と、唇を離す際に鼻にかかった女の子の黒髪の感触が、まだ自分の唇に残っていて、頭がクラクラしていた。


 寝不足のようにぼんやりとしている俺に、また顔を近付けてくると、女の子は確認するように語りかけてきた。


「約束だからね!」


「うん、約束……」


 本当はまだ頭が痺れていたのだが、どうにか声を振り絞って、かすれた声を出した。


「じゃあ、二人の誓いの証として、誓約書も書いちゃおうか!」


「「いいですね!」」


 仲の良い子供が交わした他愛のない約束で終わる筈だった。しかし、女の子の父親がやけになってしまったことで、事態は悪化してしまう。


 そうだ……。この後、家に帰ったら、誓約書を本当に作ってしまったんだっけ。だんだん思い出してきた。でも、もっとも肝心なこと……。女の子が誰だったのかは、思い出せなかった。素敵な笑顔と大きな目がチャームポイントだったことはしっかりと思い出せるのに。




「ゆうちゃんって……、誰だよ?」


 電気一つない、じめっとした室内で目覚めた俺の第一声だった。


 何か体の節々が痛いな。ああ、そうか。「X」とやり合ったんだっけ。本気で締め上げやがって。まだ首がズキズキ痛むじゃねえか。


 痛む箇所をさすりながら、今見ていた夢を思い出していた。ただの夢にしては妙にリアルだったな。まるで、実際にあったけど、今まで忘れていたことが、記憶の片隅から蘇ったかのような再現度だった。


 そうだ。あの日、親父に連れられて、海に遊びに来たんだ。親父の友人と、その娘も一緒だった。女の子と会うのは、その日が初めてじゃなく、その前にも何度か遊んだことがあった。俺と女の子は気が合って、よく一緒に行動していたんだっけ。


 どうして今まで忘れていたんだろう。俺にとっても楽しい時間だった筈なのに。


 それに、女の子とは、何歳くらいまで遊んでいたんだっけ? 現在の俺の生活に一切関わってきていないことを考えると、どこかで疎遠になった時期がある筈だ。しかし、いくら頭を捻っても、思い出せない。子供なりに、結婚の約束までしたのに。駄目だ。頭を使い過ぎて、ショートしそうになってきた。


 そうなると、アレが「X」か? 子供の時の約束をまだ覚えていて、俺と結婚する気だったが、対する俺は別の彼女とイチャついていましたと……。


 もしそうだとすると、忘れていたとはいえ、かなりひどいことをしていることになる。子供版結婚詐欺か? そりゃ首を締め上げたくもなるか。


 でも、俺にはアリスと別れる気はない。たいへん申し訳ないけど、ガキのたわごとと思って諦めてもらうしかない。


 ……やっぱりひどいことをしているな、俺。


 いや、待て待て。まだ「X」が夢に出てきたゆうちゃんと決まった訳じゃないだろ。別人同士で、ただ単にゆうちゃんとは疎遠になっただけという可能性だってあるじゃないか。


 というか、どうしてこのタイミングで思い出したんだよ。ああ、もう! まだ頭が混乱してきた。


「……ちょっと待て。今はそれどころじゃないだろ。ここはどこだよ!?」


 夢のことだって気になるが、今はそれ以上に優先することがある。そうだ。俺はどこか分からない場所に拉致されているのだ。そこから脱出することが急務だった。


 俺が寝ているのはベッドだった。しかもダブルサイズ。二人用の大きめのベッドだ。右側に寝ていて、左側は空いているのだが、ついさっき誰かが起きて去っていったかのように、シーツが乱れていた。触ってみると、まだ温かい。マジで誰かが俺に寄り添って寝ていたかのようだ。


「添い寝してくれていたのは、「X」……じゃないよな?」


 否定したかったが、あいつならやりかねない。こんな人気のないところまで運んでくるくらいなのだ。それくらいしてもおかしくない。いや、わざわざ運んでおいて、何もしないという方が変か。


 月明かりしか射さない部屋は、ほぼ真っ暗で、見通しがまるで聞かない状態だ。異様な状況に動転してしまっていたのだろう。情けないことだが、ベッドから降りる際に、バランスを崩して転倒してしまう始末だ。


 それでも、手探りで自分の閉じ込められている場所を調べると、小さな部屋ということが分かった。そして、そこから出るための鉄製のドアには、鍵がかけられていた。……つまり、俺はこの部屋に閉じ込められていると。そういうことか。


「お~い!」


 試しに、思い切り叫んでみたが、何の反応もなし。


「監禁されたか……」


 俺はただバカンスを楽しむために、海に来ただけなのに、そこで拉致監禁されるなんて、どんな展開なんだよ。仕組んだやつがいるんなら、殴ってやりたいよ。……まあ、そいつに叩きのめされたから、ここにいるんだけどね。


「くそ!!」


 ドアを乱雑に叩くが、反応はなし。「X」はどこに消えた? 俺をここまで運んできておいて、自分は帰ったんじゃないだろうな。冗談じゃない。


 俺は手探りで、ベッドのところまで戻ると、持ち上げられないか試してみた。でも、悲しいかな。俺の力じゃベッドは持ち上がらない。これを振り回せば、壁ごと壊せると思ったのに。他に、武器になりそうなものはないのか? 椅子とか、机とか、巨大なハンマー……はさすがにないか。


「絶対にここから脱出してやる……」


 無人で、かつ真っ暗な部屋の中で、俺は暗い決意を固めた。


狭い部屋に閉じ込められた爽太は、この後、脱出方法を求めて、

部屋の中を探しまくります。

ハンマーでもあれば、壁を破壊して、即脱出なのですが、

そんな物騒なものを持ち歩く人はいませんので、他の方法を模索するしかないです。

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