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第四十三話 海の家と、三つ巴のハプニング

 遊里と一緒に、浜辺の近くにあった小島を探索したのだが、あまり芳しい収穫は得られなかった。仕方がないので、向こうで合流した虹塚先輩と、元いた海水浴場まで戻ってきたのだった。


 浜辺に戻ってくると、もう陽が傾き始めてきていた。


「もう夕陽が沈みそうになっているわ。楽しい時間って、あっという間に過ぎていくのね」


 遊里は笑いながら語りかけてきているけど、それは遊泳の方か? それとも、廃墟っぽい城を探検したことの方か? 正直、あまり楽しい時間とは言えなかった気もするが、遊里が楽しめていたのなら、それは構わない。


 ただし、言葉とは裏腹に機嫌はあまり良くないようだ。


「駄目。念のために見直してみたけど、やっぱり駄目。こんなんじゃ閲覧数を稼げないわ」


 目玉となる心霊的なハプニングがなかったせいで、本人的には納得のいく映像になっていなかったようだ。


「夜にまた行く時は木下君にでも仕込みをお願いしようかしら」


 ついにはヤラセまで匂わせだした。動画作成に対して、あまりプライドや信念は持っていないみたいだ。


「大根役者で有名な木下幽霊なんか出演させたら、すぐに嘘とばれて炎上騒ぎに発展するぞ。大体そんなに閲覧数を気にしてどうすんだよ? テレビ局が視聴率を気にするのと違うだろ」


「私にとっては似たようなものよ。将来的に、広告収入だけで食べていくようになるのが夢だから」


「ろくな夢じゃないな」


 実際にそれで食べているやつはいるけど、親が聞いたら泣きそうだ。せめて、「オリンピックで金メダルを取るのが夢!」くらいは言ってほしい。


「駄目よ。人間は汗水を流して、お金を稼がなきゃ。楽することばかり考えちゃ駄目」


 さすが虹塚先輩だ。人生を舐めきっている遊里を優しく諭している。


「ぶう……! それなら、虹塚先輩の将来の夢はなんですか?」


「私? 私は将来お嫁さんになる予定よ」


「……そうですか」


 結局のところ、先輩も真面目に働くつもりはないんですね。まあ、先輩ほど美人でスタイルも良ければ、容易く実現出来るでしょうけど。


 ため息をつきながら、虹塚先輩から視線を外した俺は、先輩から獲物を狙うような視線を向けられていることに気付いていなかった。


「それからね。関谷君たちに連絡したら、先に別荘に戻っているから、のんびりしてきていいそうよ」


「木下君、まだ鼻血が収まっていないのかしら。浦賀先輩たちの方は、お邪魔したら恨まれそうだし……」


 関谷先輩が木下の世話をしているところを想像すると、不謹慎ながらも噴き出しそうになってしまいそうになった。すみません、先輩。お土産を買っていくので、勘弁してください。


 確か、夕食はバーベキューだっけ? 俺が運んだ荷物の中にも、大量の肉と野菜が含まれていたからな。


 万年金欠状態の我が身に、肉を好きなだけ焼けるというメニューは、夢にまで見た至高の晩餐だ。本来なら、少しでも幸せを感じるために、余計な異物を異に収める愚行は避けるべきなのだが、ついつい雰囲気に流されてしまいそうになっている自分もいた。


 海の店に行くと、予想はしていたが、海水浴客でごった返していた。並ばないと座れないのは一目瞭然だ。


「混んでいますね」


「きっと泳いだ後で、お腹を空かせた人たちが集まってきているのよ」


「俺たちもだろ」


 何だかんだ言っても、人間、考えることは同じということだ。並ぶのは好きではないが、こうなると仕方がない。大人しく列に並ぶことにした。


 一時間とはいわないまでも、かなり並んだ後、ようやく自分たちの順番が回ってきた。


「やっと回って来たわね」


「結構待ちましたね……」


 暑い中、長時間待つのは精神的にきつい。早く冷たいかき氷で楽になりたい。そう思いながら、注文しようと、店員と向き直った。


「はい、いらっしゃいませ!」


「……え?」


 暑さで頭がどうにかなってしまったのかと思ったが、店員の顔には見覚えがあった。


「ア、アカリ!?」


「そ、爽太君!?」


 向こうも俺に気付いたみたいで、思わぬ再会に、二人で顔を見合わせる。


「こちらの方はどなた?」


 アカリのことを知らない虹塚先輩が不思議そうな顔で尋ねてくる。そして、アカリのことを興味深そうに見つめた。胸の辺りを見たところで、密かにガッツポーズを取ったような気がしたが、きっと暑さで幻覚を見たんだろうということにしておいた。


「あ、安曇アカリといいます」


 顔がじゃっかん引き攣りながらも、まだ笑顔で対応する辺りは、プロとしての根性を感じた。虹塚先輩も、何事もなかったかのように話す。遊里は素知らぬ顔でかき氷を注文していたが、やんわりと流された。


「お二人は仲の良い友人なの?」


「とても良いですよ。何と言っても、そ、爽太君の彼女ですから!」


「は!?」


「あらまあ……」


 これまた事実無根なことを言いだしたぞ。ちょっと背伸びした自己紹介だということは分かっているが、虹塚先輩がどんな脚色を加えるか分からないので、早めに否定してしまおうか。


「ちょっと! でたらめなことを言わないでよ。爽太君が困っているじゃない!」


 俺が否定するより先に、遊里が咎めてくれた。いつもは面倒な存在である遊里に、この時ばかりは頼もしさを感じた。……結果的には、それが間違いだということをすぐに思い知らされる訳だけど。


「私こそが爽太君の彼女よ!」


「お前でもないだろ!」


 一瞬でもこいつを見直してしまった自分の迂闊さを、猛烈に恥じた。そうだった。こいつは五十嵐遊里なのだ。間違っても、サポートを期待してはいけないのだ。


 頭を抱える俺の横に、今度は虹塚先輩が立った。基本的に尊敬できる先輩なのだが、たまに狙っているのか、マジでボケているのか分からない行動を取るのが怖い人だ。


「あらあら。修羅場の様相が濃くなっているわね。そういうことなら、私も爽太君の彼女に立候補しようかしら」


「しなくていいですから……」


 虹塚先輩の悪い面が出てしまった。俺の頭痛はさらに悪化の一途を辿ることになってしまった。ああ、この場にいたのが関谷先輩だったらいいのにと、心底思うね。


 思わぬタイミングで三股が発覚してしまった男として、周りからは一気に非難の目で見られたが、全部濡れ衣なんだよね。しかも、この三人の中に、本物の彼女はいないし。


 この後、アカリたちの嘘を真に受けてしまった海の店のオーナーの計らいで、俺たちは店の裏に通されて、そこでしっかり話し合うことになってしまった。


 とはいえ、全部事実と異なることなので、話し合いもへったくれもないんだが、オーナーがマジギレしていたので、断りきれずにこうなってしまったのだ。本当なら、今頃冷たいかき氷にありつけると思ったのに……。


「三人共、どうしてあんな嘘をついたんですか?」


「わ、私は本気です!」


「面白そうだから!」


「二人が立候補したから、ノリで続いたわ」


 三人共ろくな理由がない。ていうか、アカリ以外悪ふざけかよ。アカリは本音だから良いという訳でもないんだけどね。どっちにせよ、こういうのは止めてほしい。


「あんた方のおかげで、俺はすっかり悪者ですよ。ここから帰る時にオーナーに何て言えばいいんですか?」


 女難は「X」絡みだけで十分なのに、どうしてこうも余計なものまで引き寄せてしまうのか。せめてもの救いはアリスがこの場にいなかったことだ。いたら、本格的な修羅場になってしまっていただろう。


「私と本当に付き合いませんか? そして、他の二人とも何ともなかったということにすれば、丸く収まり……」


「収まらないから! 答えを提案するふりをして、さりげなく自分を推すな」


 そういえば、いつも一緒にいるゆりって子は、今日はいないのか? 聞いたら、出てきそうだから聞かないけど。


「事故を装って抱きついちゃえば? 私がその模様をデジカメで撮って、本当の彼女に見せて……」


「おい……。海での抱きつき事件といい、今日のお前は何なんだ? 俺にどんな恨みがあって、こんな真似をする?」


 どうも今日の遊里はおかしな行動が目立つな。俺を陥れようとする意志を感じる。


 とりあえず制裁の意味を込めて、遊里にはチョークスリーパーを極めてやった。しかし、俺はこの時点ではまだ自分のしたミスに気付いていなかった。


「抱きつき? どういうことかしら」


「詳しく……、聞かせてほしいんですけど」


 怒りのあまり、うっかり失言してしまった。慌てて口を手で抑えたが、もう遅い。遊里がしてやったりという顔でほくそ笑む中、俺はさらに追い詰められることになってしまった。


 結局、海の店では頑張って並んだのに何も食べることが出来ず、ただ疲労が蓄積するだけに終わったのだった。


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