第四十二話 無人の城と、物言わぬ追跡者
海で遊ぶついでに、遊里に誘われて、いかにも怪しげな小島の探検に行こうと誘われた。特にすることもなかったので、快く首を縦に振って、二人で小島へと泳いだ。
小島に上がると、城はもう目と鼻の先にあった。
「近くで見ると、迫力と不気味さが際立つなあ……」
まだ昼なのにこの迫力……。夜だと、さぞかし雰囲気が出てくるんだろうな。
「ここまで来たのに、引き返すとかナシでしょ! もう徹底的に調べてやらないと、気になって眠れなくなるわ」
近付くだけなら大丈夫だろうと、俺も探索にはまだ反対していなかった。この時点では、遊里の探究心を侮っていた訳だ。
「城の前まで来たのに、誰もいないわね」
泳いで十分もしない距離にある浜辺は、海水浴客で賑わっているのに、この近辺だけ……、というより、この小島に上がってから、人とすれ違っていない。まるで見えない結界で区切られているかのようだった。
「それはそれでホラーな展開ね。ネットに怪談話として、脚色した上で投稿したら盛り上がりそう❤」
「ちなみにその嘘話で、俺はどんなポジションになる予定なんだ? まさか城の幽霊に憑りつかれて死ぬ役じゃないだろうな」
遊里が小説を作ったら、自分以外ロクな死に方をしそうにないので、本当に書くというのであれば、検閲してやらねばなるまい。
「ふむ……。城の周りをぐるりと回っても、人の声もしてこないわね。もしかしたらレジャー施設なのかとも思ったけど、違うのかな」
「西洋かぶれで、懐に余裕のあるやつの別荘だったりしてな。ここら一体も、丸々私有地だから、人がいないんじゃないのか?」
夢も何もない推測だが、案外これが一番しっくりくるんだよな。心霊的な展開を期待している遊里にはNGだろうけど。
「……?」
気のせいだろうか。さっきから誰かに見られている気がする。足音はしないんだけど、視線だけをビンビンに感じるんだよな。
普通なら、そんな筈はない。ビビっているんじゃないと強がるところだが、俺にはストーキングを趣味にする正体不明の知り合いがいるのだ。こんなところにまで来るとは思いたくないけど、やつの執念は侮れない。自分以外の女子と俺が仲良くするのが気に食わないようなので、ちょっかいをかけてくることもある。ハッキリいって、幽霊の方がよっぽどかわいく思えるわ。
「どうしたの、爽太君?」
「いや……、何でもない」
どうする? 遊里にも話すか? いや、駄目だ。こいつに話したところで、どうせ面白がるだけだ。信じたところで、向こうの嫉妬心を煽ろうと、また抱きついてくるに決まっている。
「ねえ。この城、廃墟っぽくない?」
「そうだな。何というか、使われている感じが伝わってこない。持ち主に取り残されて、ここだけ時間が止まっているみたいだ」
念押しするように聞くと、遊里はニヤリと笑った。この顔……、またろくでもないことを考えているな。
俺の予想は的中した。遊里は大股で城に近付くと、玄関のドアを乱雑にノックしだした。馬鹿なことを止めるようにと、制止する間もなく、今度はドアノブを回した。
「あ、鍵が開いているわ」
建てつけの悪そうな、軋むような音を立ててドアは開いた。行動派の域を超えているだろ。
中は真っ暗で、電気がついていない。埃だらけで、深呼吸したらむせてしまいそうだ。
「誰かいませんか~?」
遊里が面白半分で呼びかけるも、返事はない。やっぱり無人なんだろうか。
「つまんない。幽霊でも出てきてくれれば面白いのに」
「何で幽霊が出てくることが前提なんだよ」
そうツッコんだものの、幽霊の方がマシかもしれない。もし人が中にいて、今の蛮行で怒って出てきた方が怖いな。
「無人で、使われている形跡なし。これは調査の必要が高まってきたわね」
「何でだよ」
顔をしかめてツッコんでやったが、遊里はというと、いつの間にかデジカメを構えて、撮影を始めている。
「不法侵入だぞ……」
釘を刺してやっても、返事はナシ。悪い意味でスイッチが入ってしまったな。
「ねえ、爽太君。悪霊が出てきたら、私は撮影に専念するから、担いで逃げてね❤」
「嫌だね。お前を置いて、自分一人で逃げてやる」
「憎まれ口を叩いていても、実際に危機に遭遇したら助けてくれるって、期待しているから」
変な期待を寄せるな。俺は彼女でもない女子のために体を張ってやるほど、人間が出来ていないぞ。というか、危険な目に遭うかもしれないと危惧しているのなら、不法侵入など今すぐ中止しろ。
だが、面白い心霊動画を撮りたい遊里は、無人の城に勝手に足を踏み入れ、中を探索し始めたのだった。
城の中を歩いていて気になったのは、やたらと鍵付きの部屋が多いことだった。現在進行形で施錠されている部屋も多く、ドアノブを回そうとしても動かないということが多々あった。
「鍵のかかっている部屋には、お宝が眠っているのかしらね?」
「そうは思えないけどな。調度品の類もないし、城だけ建てて満足しちゃったって感じしかしないな」
生活臭がまるでない。別荘の線はないか。レジャー施設でもなさそうだし、マジで何のために建てたんだ、この城?
「金持ちの道楽にしても、気味が悪くなってくるな……」
遊里に問いかけるも、彼女はドアノブや南京錠をしきりに気にしている。何か思い当たることでもあるのだろうか。
「うん? そんな大したことじゃないんだけどね。ここってさ……。いや、やっぱり止めた」
「そこまで言ったんなら、言い切れよ。気になるだろうが!」
思わせぶりなことを口ずさんでいるが、何が気になっているのかについては、教えてくれなかった。
この後、一通り見て回ったが、部屋数が多いだけで、収穫らしい収穫はなし。物が壊されていたり、落書きがされていたりしなかっただけマシか。
「一通り見て回ったのに、生きている方も、死んでいる方もいないわ。つまんね……」
「何をガッカリしているんだよ。そこは誰もいなくて良かったって安堵するところだろ?」
もし、住人がいたのなら、不法侵入で通報されているかもしれない。そうなれば、水着姿のまま、警察署に連行されることになってしまう。しかも、こっちは遊里がデジカメで撮影までしているのだ。言い逃れは出来そうにない。
「爽太君ったら、さっきからそればっかり。夢がないねえ~」
「現実的と言ってほしいね。だいたい廃墟だからといって、勝手に入って良い訳もないだろ」
自分も廃墟探索をしていたことは棚に上げて、遊里の手癖の悪さを非難してやった。
「でも、不気味だから、雰囲気だけでも楽しめたんじゃないのか?」
「無理無理。ただ不気味なだけじゃ、動画として投稿は出来ないって。ねえ、夜にもう一回侵入するから、その時にまた一緒に来ようよ」
「絶対にごめんだね!」
夜はアリスと会うと決まっているのだ。肝試しがしたいなら、一人でやるんだな。
「ノリが悪いな~。あ~あ、せめて幽霊だけでも出てくれれば……」
「未練がましいぞ……」
そろそろ幽霊役をお願いされる頃かな。頼まれても絶対に引き受けないけどな。
「幽霊さ~ん。いるんなら、返事をしてくださ~い!」
また馬鹿なことを……。幽霊なんて出る訳がないじゃないか。諦めの悪い遊里を内心で笑いつつ、すっかり油断していると、背後から大声を出された。
「は~あ~い~~!!」
普段なら、その程度で驚くようなことは絶対にありえないが、不気味な城の探索を終えた直後ということと、油断しきっていたことで、危うく女々しい悲鳴を上げそうになってしまった。幸い、すんでのところで堪えたが、それは遊里も同じだったようだ。
完全に驚くのを我慢しきれず、恥ずかしいところを見られたのもあり、すぐに後ろに立っているであろう不届き者を見てやる。それは浜辺で木下たちとビーチバレーをしている筈の虹塚先輩だった。
「虹塚、先輩……?」
「ふふふ。幽霊です。初めまして」
いえいえ。虹塚先輩ですね。茶目っ気たっぷりにほほ笑まないでくださいよ。
「ビックリさせないでくださいよ。ここで何をしているんですか?」
「それは私の台詞じゃないかしら。二人共ここで何をしているの?」
「動画撮影です」
「まあ」
遊里が悪びれもせずに開き直ると、虹塚先輩はポーズを取った。私を撮っての合図なのだろうか。
「どうして虹塚先輩がここにいるんですか?」
埒が明かないので、もう一度質問してみた。
「ビーチバレーをしていたら、木下君がまた鼻血を出して倒れちゃったの。関谷君が「こいつの面倒は俺が見るから、海を楽しめ」って言ってくれて、ちょうど爽太君が遊里ちゃんと逢引きするのが見えたから、後を付けちゃった❤」
「やだ、逢引きなんて……」
「逢引きじゃないですから。遊里もまんざらではない顔をするな」
何だよ、ずっと後をつけていたのか。虹塚先輩も人が悪いな。ていうか、木下、また鼻血でダウンしたのか。今日一日でどれだけ流すつもりなんだよ、あいつは。せっかく海に来たのに、スケベな後輩に振り回される関谷先輩もお気の毒だ。
「! この城……」
城を見上げながら、虹塚先輩が口に手を当てて、眼を見張った。
「何か知ってらっしゃるんですか?」
「いいえ、全然!」
「そうですか……」
思わせぶりな顔をするので、もしやと思ったが、気の抜けた返事に思わず脱力してしまう。
結局、人気のないところに長居するのはよくないという虹塚先輩の一声で、この場を立ち去ることになった。遊里だけは渋っていたが、先輩が海の家で奢ってあげると言った途端、表情を輝かせて提案を受け入れた。
「そうと決まれば、暗くなってくる前に浜辺に戻りましょう。この辺には街灯もないから、陽が沈むと危険だわ」
俺も遊里も、その意見には賛成した。この小島へは交通機関では来ることが出来ず、泳いでくるしかない。万が一怪我でもしたら、周りに迷惑をかけてしまうことになる。目的が済んだのなら、早々に立ち去るに限った。
結局、あの城が何だったのかは分からずじまいだが、もう来ることもないのだし、自分には関係のないことと片付けることにした。それで終了だと思っていた。
そう。少なくとも、この時は……。