表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/188

第四十一話 遊里の不穏な言動と、水中での奇襲

 宿泊予定となっている知り合いの別荘というのは、築三十年は経っていそうな、まだ丈夫そうだけど、新しくもないものだった。早い話が、良い感じに鄙びている建物なのだ。


「情緒があるところですね」


「正直に幽霊が出そうだって言ってもええんやで」


「いえ、そんなことは思っていないですよ」


「そうですよ。それに出たら出たで、動画を撮らせてもらうだけですから!」


「うん。遊里は相変わらず俺のことを先輩と思うてへんようやな。あとで、お仕置きや」


「ひゃ~」


 もう定番となりつつある掛け合いをしながら、車から運んだ荷物を中に入れた。


「ふう……。手分けしたおかげで、意外に早く終わりましたね」


「悪いなあ。もっと別荘の近くまで車が来られたのなら、こんな思いをさせんでも良かったんやけど」


「混雑しているから、仕方ないですよ」


 ここら一帯は混雑を解消するという名目で駐車スペースが極端に限られてしまっていたのだ。そのため、ここまで徒歩で荷物を運ぶ羽目になったが、終わってしまったのなら、もう問題はない。


「ねえねえ。私の服、汗のせいで、体にびったりと張り付いちゃっているの。どう? 興奮した?」


「いや、全然」


 遊里が俺にすり寄りながら、意味深な顔で誘惑してきたが、そんな見え見えのテクニックでは、俺には通用しないよ。苦も無く突っぱねだが、次に寄ってきた虹塚先輩だけは破壊力が違った。


「実は私もなの。どうかしら」


「いや……、その……」


「どうして虹塚先輩の時はデレるのよ! このスケベ!」


 虹塚先輩の問いにしどろもどろになったのを目ざとく見つけた遊里に、強烈な蹴りを見舞われる。仕方がないだろ、お前と虹塚先輩とじゃ、体の成育度が全然違うんだから!


「ははは! 到着早々仲の良いことやで」


「いや、良くなんか……」


「そうでしょ! よく言われるんですよ!」


 また誤解を加速させるようなことを言う。これじゃ、俺とお前がカップルみたいだから、止めろというんだよ。


「ようし、荷物も運び終えたし、海行くで~!」


「「お~!!」」


 待ちに待った瞬間の到来に、みんなのテンションがマックスになっている中、ふと遊里の携帯電話が鳴った。こんな時に何だよと思っていると、電話の画面を見た遊里の顔色が変わったのに気付いた。


「すいません。電話をしてくるので、先に行っていてください」


「おう! 早めに済ませるんやで!」


 関谷先輩たちは気にする素振りもなく、我先にと海に繰り出していったのだが、俺は気になったので、不謹慎とは思いつつも、遊里の後を追うことにした。


 遊里は別荘の裏まで来ると、先ほど電話をかけてきたであろう相手と、通話を始めた。


「どうしたの、急に電話をしてくるなんて」


 俺は物陰から聞き耳を立てた。幸い、遊里の声が元々聞き取りやすいおかげで、内容を知ることが出来た。


「心配しないで、パパ。私があの二人の仲を引き裂いてあげるからさ。それでジエンド。問題ないでしょ?」


 よく聞き取れないが、物騒なことを話しているような気がした。いつも明るいだけに、ああいう悪企みしてそうな顔を見ると、ドン引きするものがあるな。


 遊里は通話を終えると、携帯電話をしまって、こっちに向かってきた。ここで鉢合わせると、盗み聞きしていたのがばれてしまう。隠れてやり過ごしたが、すれ違いざまの遊里は、まだ悪者顔だったのが怖かった。


 遊里が完全に通り過ぎたのを確認してから、物陰から出たが、今聞いたばかりの会話の内容が気になった。二人の仲を引き裂く……? 何のことだ? 本人に確認する訳にもいかないし、俺が顔を突っ込んでいい問題なのかは分からないが、あまり物騒なことはしてほしくないな。


 まさか自分とアリスの関係を指しているとは夢にも思わずに、俺はひたすら頭を捻っていたのだった。




 海に繰り出すと、周りに人がいるのも忘れて、大いにはしゃいだ。さすがにスイカ割りみたいに場所をとることは出来なかったが、遠泳などで盛り上がった。


「ねえ、爽太君。あの小島に行ってみない? そして、出来れば、城の中も探索してみましょうよ!」


 一人でクロールに勤しんでいると、後を追ってきた遊里が話しかけてきた。もうすっかりいつもの笑顔だ。さっき見せた悪人顔は見る影もない。


「アレか?」


 向こうの方に浮かんでいる城を見て、顔をしかめた。ちょくちょく視界に入ってきて、思ったより目障りなんだよな、アレ。


「何か嫌な雰囲気が漂ってくるんだよな。あまり近付きたくないっていうか……」


「だから、良いんじゃない! もしかしたら悪霊とか出てきてくれるかもよ?」


「悪霊限定なのかよ……」


 遊里が心霊関係の動画を撮りたがっていたのを思い出した。こいつの場合、むしろ危険な場所にどんどん行きたがるのではないだろうか。


「俺はパスだ。木下でも誘えよ。女子からの誘いなら、あいつは火口の中にだって飛び込むぞ」


「その木下君なら、向こうで先輩たちとビーチバレーに勤しんでいま~す!」


 浜辺を見ると、マジで楽しんでいた。あいつの場合、楽しんでいるのは、ビーチバレーそのものではなく、ボールを打つのに合わせて上下にたわむ虹塚先輩の胸を見ることに対してだが。


「本当にあいつは欲に正直だな」


「女子から見ていると、良い気はしないけどね」


 笑顔を作っているつもりなんだろうが、目が笑っていないぞ、遊里。


「硬派だと思っていた浦賀先輩まで、向こうでティア先輩とよろしくやっているし、つまんな~い」


「え!?」


 信じられないことだが、浦賀先輩はティア先輩と仲睦まじそうに歩いているではないか。いつの間にあんなに打ち解けたんだ? 社内でもろくに話していなかったのに。というか、浦賀先輩って、確実に女子への免疫力がないから、普通に挨拶するようになるだけでも時間がかかると思っていたのに!?


「ねっ! いつの間にか私たち、あぶれちゃっているのよ。当てつけって訳じゃないけど、あぶれた者同士、仲良くしましょうよ~」


「ん~! 仕方ないなあ」


 一人で泳いでいるのが虚しくなってきたので、遊里の提案に乗ることにした。


 俺が快諾した旨を伝えると、遊里ははしゃいで抱きついてきた。


「わわっ! どこを押し当てているんだ!?」


「あははは! 爽太君ってば、顔を真っ赤にしちゃって、かっわいい!」


 そう言って、水中対応のデジカメを取り出して、俺に抱きついている自身の姿を激写した。


「おい!」


「いいじゃん。せっかくの海なんだから、硬いことを言わないの!」


 俺が注意するも、遊里の暴走は止まらない。次は俺にグッと、顔を近付けてきた。まさか俺とキスしている場面を撮る気か!?


 互いの唇が重なる瞬間、遊里の表情が一変したような気がした。


 さっき誰かと電話していた時の顔。「二人の仲を引き裂く」と言っていた時の顔が思い浮かんだ。


 このままキスされたら、そして、その模様を写真に収められたら不味いと、反射的に悟った。


「止めろ!!」


 相手が女子ということも忘れて、遊里を力いっぱい突き飛ばしてしまった。


「……あ」


 いくら咄嗟だとはいえ、やり過ぎた。水中だったから、突き飛ばしたことによる衝撃はなかったが、我に返って遊里を見ると、呆けた顔で俺を見つめていた。


「悪い。突然のことでビックリして……」


「……いいの。私もちょっとハイになっちゃっていたわ。ごめんね」


 気まずい雰囲気になりかけたが、遊里が笑って済ませてくれたおかげで、事なきを得た。


「でも、小島の探検には行きましょうね❤」


 遊里はまたニコリと笑った。俺もまだぎこちないながらも、笑顔を返した。


果たして、小島では何が待っているんでしょうか……?

当然ながら、受難は続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ