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第四十話 夏の陽射しと、束の間の再会

「やってきました。う~み~!」


「青いな!」


「青いわねえ」


 海を前に女子たちが、長い間、車に乗せられていた鬱憤を晴らすかのように、声を上げてはしゃいだ。それに木下も続く。車では鼻血でずっとぐったりしていたくせに、現金なやつめ。


「関谷先輩、お疲れ様です。冷たい飲み物でも買ってきますか?」


 はしゃいでいる連中と対照的に疲労の色が強いのは、ここまで運転しっ放しだった関谷先輩だ。免許を持っているのが関谷先輩だけなので、途中で交代することも出来ず、頼り切りだったのだ。


「ああ。缶コーヒーを頼むわ。ブラックを二本な」


「ははは……。了解です」


 陽が照りつけているから、確かに暑かったけど、一気に二本とはね。缶コーヒーの本数が、関谷先輩の疲労を物語っていた。幸い自販機は目と鼻の先にあったので、駆け足で買ってきて手渡すと、最初の一本は一口で飲み切ってしまった。


「はあ……、生き返るわ」


「暑い時に冷たいものを飲むと、一気に力が漲りますもんね。火照っている体が冷却されるから。海は青いのに、人間はみんな日焼けで赤くなっていますよ」


「みんな青い春を謳歌しとるなあ」


「海の色と、青春をかけたんですか?」


 茶化してみたら、関谷先輩からツッコミの代わりに足蹴りをもらった。缶コーヒーを飲んだおかげで、元気が回復しつつあるらしい。


「青いのはいいけど、人混みがすごいですね。ちゃんと遊べるか不安ですよ」


 人が多過ぎて、波打ち際が青でなく、肌色に見えてしまいそうになる。クロールや背泳ぎはおろか、両手を広げて準備体操もきつそうだ。


「何を言うとんねん。泳ぎたいんなら、夏が終わった後に、市民プールに行けばええんや。海は水着美女を見て楽しむために来るところやで」


「……そうでしたっけ?」


 「いやいや、違いますよね」とツッコむべきなのかも知れないけど、よく考えたら、俺もアリスの水着姿見たさに海行きを計画したので、案外間違いでもないのかもしれない。


 さて、俺も冷たいものを飲んで息を吹き返したし、アキを送り届けるとしますか。


「さて。ここまで連れてきてくれたお礼に、私の水着姿をお見せしましょう……、って、ふぎゃ!」


 俺と目が合うと、いきなり色仕掛けをして来ようとしたアキをはたいて、アリスと連絡を取るようにせがんだ。


「アホなことをしていないで、とっととアリスと連絡を取れ。そして、ここから立ち去れ」


「ぶ~! ずいぶん冷たいことですね。女性にそんな口をきくようでは、お姉ちゃんにも嫌われてしまいますぜ?」


 アキが唇を尖らせて不満を吐いてきたが、アリスの前では言葉づかいに気を配っているので、問題ないのだ。


 向こうもこっちから連絡をするのを待っていたと思われる。アリスとはすぐに連絡がついて、ここからすぐ近くで待っているとのことだった。


「お義兄さん、あそこ……」


 アキが指差した先に、肩までかかるウェーブのかかった髪をなびかせたアリスが、こっちを見ながら立っていた。あらら、本当に近くにいたよ。


「周りが大人ばかりだから、探すのが楽でしたよ」


「アキ……。少し黙らないと、また痛い目を見ることになるぞ」


 姉を軽視する発言をする非常識な妹にデコピンをお見舞いした後、アリスの元へと向かうことにした。


「行くぞ、座敷童」


「ふえ?」


 俺とアリスのメールで座敷童呼ばわりされていることを知らないアキは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、目を点にして固まっていた。


「……よっ!」


 アリスの元へ行き、俺が赤面しながら挨拶をすると、彼女もにっこり笑って、「よっ!」と返してきた。


 かわいい……。


 素振り、今着ている水着。どれもかわいかった。木下みたいに鼻血を出すようなことはしないが、電流が走ったような衝撃を感じるぜ。


 夜に再会する筈が、到着早々会えるなんて、幸先が良いことだ。


「むむむ! 私と話す時と全然態度が違いますな。分かっていたことですけど、見せつけてくれますね」


 アキがアホなことを言ってきたので、アリスと二人で小突いてやった。それで懲りるかと思ったが、この日のアキは妙に強気でさらに言ってきた。


「お姉ちゃんの水着ねえ。前々から思っていたけど、やっぱり幼いね。小学生にしか見えない……。痛い!」


 舐めた口を叩くアキの頭を、またもアリスと同じタイミングではたいてやった。さっきより良い音がした。どうせアリスのセパレートの水着がスク水にしか見えないとでも言いたいのだろう。無礼なやつめ。


「こんなことなら、どんなに面倒くさくても私が連れてくるんだったわ」


「そうそう! 寝坊しているからといって、妹を家に置き去りにするなんて……」


「向こうのホテルに他のみんなもいるから、あなたは先に行ってなさい。……またつねるわよ」


「は~い!」


 生意気な台詞を続けようとしていたアキだったが、アリスには逆らえなかったらしく、大人しく荷物を抱えてホテルへ走っていった。


「これからそっちは賑やかになるな」


「ええ。一旦は静かに海を楽しめると思ったんだけどね」


 アリスは友人を四人ほど誘って、この先のホテルに滞在しているらしい。友人の親がそのホテルで働いているので、間違っても遊びに来ないでねと釘を刺された。成る程、いろんな意味でセキュリティーは万全らしいね。


 さて。アキを無事に送り届けたし、一旦はお別れか。そう思ったところで、無性に寂しくなってきてしまった。アリスも同じ気持ちみたいで、二人でしばらく見つめ合ってしまう。何か二人の間にだけ別の時間が流れているみたいに、周りの喧騒が聞こえなくなっていた。


 思わず抱きしめて、そのままキスしてしまいそうになるが、アリスにやんわりと拒否された。


「駄目。みんな見ているから、キスはお預け。次に会う時までの我慢」


 正直、お預けを食らうのは心苦しかったが、確かにここは人が多い。しかも、後方では関谷先輩たちがこちらを見ている。隣りでは、悪そうな笑みをたたえたアキも覗いてきているしな。アリスの言う通り、ここは我慢だ。


「次に会うのは予定通り、今夜だな」


「ええ……」


 名残惜しいが、今はアリスと別れよう。今回は夜の間だけで我慢だ。でも、来年こそは太陽の下で徹底的にイチャついてやるんだ。


 関谷先輩たちのところに戻ると、早速小突かれた。


「えらいちっこいのと話し込んでたな~。さっきの子の妹ちゃんか?」


「……いえ」


 アキの姉ですとも言おうとしたが、言葉に詰まってしまった。ましてや、彼女ですとは言えない。アキとのアンバランスな身長差を、何かからかわれそうな気がしたのだ。


「あの子も知り合いの妹なのかしら」


 虹塚先輩にもからかわれたが、気のせいだろうか。どことなく機嫌が悪そうにも思えた。虹塚先輩を怒らせるようなことはしていない筈だけどな。アキを送って来るのに、時間がかかったから怒っているのだろうか。


 何はともあれ、まずは荷物を宿泊する予定になっている別荘へと運ぶことになった。当然、男子は持たされる荷物も多い。到着早々、水分補給で体力を回復したのに、また疲れてきてしまうな。


「あれ? あんなところに小島がありますね」


 両手いっぱいに荷物を持ちながら、ヒイヒイ呻きながら歩いていると、海の真ん中に小島が浮いているのが見えた。


「風情がある、……と言いたいところだが」


 小島には情緒を台無しにする物が建てられていた。それは西洋風の城だった。いくら何でも、真夏の海に、西洋風の城は不釣り合いだ。


「小島に……。城……?」


「また風景をぶち壊しにするものが建っているわね。どこの金持ちが建てたのかしら」


 遊里も唇を尖らせて愚痴っぽく言っている。城でなくホテルにした方が儲かるにきまっているだろうに。


 いつまでも何も言わない建築物と睨めっこしていても仕方がない。すぐに荷物運びを再開したのだが、その城から漂ってくる嫌な予感だけは、しばらく俺の心に居座り続けたのだった。


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