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第三話 許嫁の忠告を無視していたら、彼女の身に危険が及んでしまった


 許嫁の存在を偶然知った日から、もう二日経つ。俺が父親の手紙を見たのを確認したのを見計らったように、許嫁からの手紙での攻勢が始まった。


 下駄箱、机、家のポスト……。ありとあらゆる場所に直筆の手紙が入るようになったが、内容はいつも同じで、「アリスと別れろ」というものだった。


 こんな要求に応じる俺ではないので、ずっと無視を続けているが、不気味なものはある。作戦会議じゃないけど、木下と許嫁の件について、相談することにした。


「ちょっとタイミングが良すぎる。俺が許嫁のことを知ったと同時というところが妙だ」


「どっかでお前が手紙を読んでいるのを見ていたんじゃねえのか?」


 そうなると、家に監視カメラの類が仕掛けられている可能性が高い。考えたくはないが、一度隅々まで調べた方が良さそうだ。


 でも、昨日掃除した時も、そんなものは見つからなかった。首を捻る俺を尻目に、木下が机の上に置いてある許嫁から届けられた手紙を手にする。


「しかし、許嫁からの手紙も外見だけ見れば、可愛いものなんだけどな。実際、何も知らなければ、ラブレターにしか見えないぜ?」


「あ、ごめん、間違えた。それは別の子から送られたラブレター。許嫁からの手紙はこっちね」


 最近は少なくなったんだけど、アリスと付き合うようになってからも、度々ラブレターや交際を迫るメールが届くのだ。ちゃんと周りには、彼女持ちだと公表しているのに、なかなか諦めてくれない。


「……チッ」


 何だよ。別の手紙を間違えて置いたのは悪いけど、舌打ちすることはないだろ。


「でも、これだけ集中攻撃出来るってことは、この学校の生徒なんじゃないのか? 部外者が学校に入り浸っていれば、目立つだろ」


「せめて相手の名前が分かればな……」


 例の手紙をダメにしたのが悔やまれる。他の手紙は、いくら読み返しても、手がかりになるようなものは何もなかったし、許嫁が何者か知る術はない状態だ。


「向こうから名乗り出てくれれば助かるんだがな……」


「その前に妙な気を起こさないか不安だよ」


 実際、向こうはアリスを敵視しているからな……。




 悶々とした頭で対応策を考えていたが、なかなか妙案が思い浮かばず、時間だけが流れていった。そして、訪れた昼食の時間。


「やっと飯の時間だ。おい! 食堂に行くぞ」


「悪い。今金欠でな。持ち合わせがないんだよ」


 ちょっとした出費があり、昼食に使う金がなかったのだ。


「また無駄遣いをしたのか……」


「無駄じゃないさ。ずっと見たかったドラマのコンプリートエディションを買ったんだ。もう五回見ているけど、全然飽きが来ないんだぞ。あと、金運が上がるっていう壺も買った。これで金欠生活からもおさらばだ」


「それに生活費をつぎ込んでちゃ世話がないぜ。なあ、一人暮らしを始めて長いんだから、いい加減金の使い方を覚えたらどうだ?」


 木下がどうして頭を抱えているのか謎だ。有意義な買い物をしたと、今説明したばかりだろうに。


「『色男、金と力はなかりけり』か。昔の人はよく言ったものだぜ……」


「何だ、それ?」


「お前みたいなやつのことを指す言葉だよ。それで本日は金欠で昼飯抜きって訳か。自業自得だ。言っておくが、おかずは分けてやらんからな」


「いらないよ。アリスが愛妻弁当を作ってくれることになっているからな」


 愛妻という言葉を聞いて、木下が顔を引き攣らせたのを、俺は見逃さなかった。何だかんだで羨ましいらしい。やがて悔し紛れと思われる一言を呟いた。


「男は胃袋を掴めば落とせるとはよく言うけど、そのまんまだな。彼女に依存してどうするよ? ATM代わりにしないだけマシだけどな」


「世の中助け合いだ。アリスは料理が上手くてな。特に卵料理が得意なんだ。リクエストした出し巻き玉子が今から待ち遠しいよ」


 この一言が止めだったようで、木下は目を見開いて、購買部へと走っていった。さて、俺も弁当を受け取りに行くか。




 空腹で鳴りやまない腹を抑えながら、屋上へと辿り着いた。ここでお弁当を受け取ることになっているのだ。


「あれ? お義兄さん、こんなところで会うなんて奇遇ですなあ」


 先に屋上に来ていたアキから声をかけられた。同時に、アキの腹も鳴る。これはもしや……。


「ひょっとしなくても、ここでアリスからお弁当をもらうことになっているでしょ」


「あれ? よく分かりましたねって、お義兄さんもでしたか!」


 ていうか、君のお弁当は俺のお相伴だよね。偶然みたいに言わないでね。


「珍しいね。アキも作ってもらえるなんて」


 俺のために弁当を作ってくれることは時々あったけど、アキには厳しいので、作ったという話はまるで聞かない。二人分作るなんて、よほど機嫌が良いんだな。おだてれば、弁当のおかずが追加になったりして。


「……さっきから気になっているんだけど、アキが持っているカメラって、二日前に俺の家に持ってきたやつだよね」


「お! よく気付きました。お目が高いですね」


 よく気が付いたって、堂々と首から下げているじゃないか。それだけ目立っていれば、気付かずにはいられないよ。


「私、夢があるんです……」


 二十四時間いい加減なアキが、珍しく目を輝かせて発言している。夢というと、カメラマンとかかね。


「このカメラで、有力者の弱みを激写して、自分の意のままに操りたいんです!」


「ろくな夢じゃなかった! 期待して聞いていた自分が恥ずかしい!!」


 二日前にアリスの弱みを激写しようとしていたのも、どうしようもない夢の第一歩だったという訳か!


「ふふん! お姉ちゃんの弱みを握って、下剋上を果たす……。長年の夢なんですよね~」


 気持ちは分かるけど、そんな夢を実現させる訳にはいかない。ここは心を鬼にして、アキの夢を踏みにじることにしよう。


「そんな不謹慎な夢を見過ごすことは出来ない。ということで、そのカメラは没収するよ」


「や、止めてください!」


「変な声を出さない。いいから、それを渡すんだ!」


「だ~め~!」


 屋上でしばらくカメラを引っ張り合うが、お互い空腹が限界に達しているため、争奪戦はすぐに終了した。


「あ、駄目だ。お腹が空き過ぎて、力が入らない……」


「お、俺も……」


 空腹のため、二人仲良く、その場に崩れた。


 こういう訳で、俺とアキは二人仲良くお腹を空かせながら、弁当の到着を待つことにしたのだった。しかし、いくら待っても、アリスはやって来ない。


「おかしいですね……。もう昼休みが終わっちゃいますよ?」


 冗談めかして、アキがそんなことを言っていたが、本当にアリスが来ないまま、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ると、俺たちの笑顔は凍り付いたのだった。


「本当に終わっちゃった……」


「そ、そんな……。お弁当は……」


 弁当を当てにしていた俺たちは、絶望のあまりへたり込んでしまった。でも、昼休みが終わった以上、授業に出ないといけない。元気が出ないが、教室に向かわないと。


 ああ……、空腹のあまり倒れそうだ。アキに至っては、ゾンビのようなふらついた足取りで、教室に戻っていった。大丈夫だろうか。授業の途中で倒れないか、心配だ。


 俺も教室に向かいながら、どうしてアリスが来なかったのか考えた。


 おかしい。アリスが約束を破るなんて。神経質なくらいに、約束を守る人種なのに。


 教室に戻ったが、そこにもアリスの姿はなかった。異常事態に、内心で不安ばかりが募っていく。


「どうした? 深刻そうな顔をしているけど、アリスと喧嘩でもしたのか? あ、それなら無傷の訳がないか」


 木下の軽口にイラッとしつつも、冷静さを保ち、事情を話した。


「何だよ、そんなことか。具合が悪くなって、保健室で休んでいるんじゃないの? それとも、お前がうっかり踏んでぺしゃんこにしちゃったとか。アリスはチビだから……。あ、ごめんなさい。言い過ぎました。いや、本当に反省していますから、許してください」


 幼児体型のアリスに、その言葉はタブーだ。うっかり口走ろうものなら、血の雨が降ることになる。それは、俺の前でも変わらない。俺自身は平均よりちょっとだけ背が高いけど、アリスを冒涜する発言は許さないのだ。


「ごほ……! メールは送ったのか? 付き合っているんだから、メルアドの交換はしているんだろ?」


「さっき送ったけど、音沙汰なしなんだ……」


 電話もかけたけど、やはり駄目。呼び出し音が鳴るばかりで、電話に出てくれない。アリスの安否が次第に問われるようになってくる状況で、俺は意を決した。


「俺、アリスを探してくるよ」


「え? 授業はどうするんだよ」


「サボる!」


 授業なんて受けている場合じゃない。許嫁の件もあるし、アリスが行方不明になっているなら、探さねば!


 アキの話によれば、家は出た筈なので、学校のどこかにはいると思われる。俺の思い違いであってほしいと思いつつ、自然と駆け出していた。教師がまだ来ていなかったので、教室を出るのは容易だった。


 アリスの行方だが、学校中を探し回った挙句、理科室で倒れているところを見つけた。すぐに駆け寄って、呼びかける。


 意識を失っていたようだけど、外傷は見られない。貧血で倒れたのだろうか。でも、どうして理科室に来た? 授業以外でここに来る理由があるとは思えない。まさか誰かに呼び出された? そしてその誰かがアリスを意識不明に陥らせた……。様々な憶測が頭の中を駆け廻る。


 その時、アリスが目を開けた。気が付いたのだ。


「アリス! 大丈夫か?」


 ホッとして声をかけたが、彼女の反応がどうもよそよそしい。俺の顔を見ながら、明らかに怯えている。


「お兄ちゃん。誰……?」


「え?」


 冗談かと思って、アリスの顔をまじまじと見たけど、本気で俺のことを忘れているようだ。これは……、記憶喪失?


そういえば、主人公の名前をまだ公表していなかった……。

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