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第三十八話 返り討ちに遭う若者たちと、暇つぶしのクイズ

「ねえねえ、お姉ちゃん。今、暇? 俺さあ、これから海に行くんだけど、向こうで一緒に遊ばない?」


 窓から顔を出して、風を浴びている虹塚先輩に向けて、並走する車の運転席から、チャラそうな声が一方的にかけられている。


 またきたよ。虹塚先輩が窓から顔を出しているのを見かけると、日焼けした若者たちが声をかけてくるのだ。もちろんナンパ目的。これで三組目。


 車の窓から顔を覗かせる虹塚先輩は、グリム童話で語られる、塔に幽閉された悲運の姫、ラプンツェルを彷彿とさせる怪しい魅力があり、声をかけたくなる気持ちも分からなくもない。声をかけないまでも、チラ見するドライバーも多かった。だが、こう立て続けにくると、さすがに鬱陶しいんだよな。


「俺さあ。仲間内では「キング」って呼ばれていてさ。女性を楽しませることについては、ちょっとばかり自信があるのよ。そっちのイケメンくんより、君を満足させてあげられるからさ、一緒に遊ぼうよ。ねえってば!」


 イケメンというのは、俺のことだろうか。褒めているようには聞こえない。遠回しにけなしているんだろうね。


 ただ、向こうの挑発に、俺が対応することはなかった。名誉のために言わせてもらうが、ナンパ男に怯えて腰が引けてしまったからではない。かといって、平和主義者という訳でもない。浦賀先輩が顔を出すだけで、決着がついてしまうのだ。


「……何か用か?」


「! い、いえ! な、何でもございません。申し訳ありませんでした!」


 さっきまでの強気な態度はどこへやら、自称「キング」の運転する車は規定速度を大きく超えるスピードで走り去り、あっという間に見えなくなってしまった。


「あらあら。行っちゃったわね」


「このくらいでビビるなんて根性ないデスネ」


「いやあ、あれはビビりますよ。何も知らない人が見たら、本職と思いますもん」


 社内では、女子三人が好き放題話している。周りからは、恐怖をまき散らしているように見えても、実際にはのどかな空気が流れていた。浦賀先輩が、またナンパされるから、顔を出さないようにと注意しても、生返事をするだけで聞こうとしない。やれやれだ。


「コレ、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 ティア先輩が、俺に手作りのサンドイッチを渡してきてくれた。まだそんなに話したことのない先輩だったので、緊張しながらも丁寧にお礼を言ってから、ハムサンドを受け取った。


 俺にサンドイッチを渡すと、隣に座っている遊里や木下にも勧めていた。とっつきづらい印象を持っていたが、付き合ってみると、家庭的な一面が垣間見えた。


 すぐに飲み込んだら、先輩に失礼な気がしたので、口に入れてから、いつもより多めに噛む。……美味い。パンとハムとマヨネーズの比率が絶妙だ。サンドイッチを何回も作って、どんな割合で入れれば美味しくなるのかを、検証しているとみた。


 パン屋で商品として売ることも可能なくらい、美味しい。人数分しか作ってきていなかったので、お代わりを要求することが出来ないのが、心底恨めしくなってしまうほどの味だ。暇を見つけたら、作り方を伝授してもらおうかな。


「ナンパを追っ払ってくれているので、サービスデス」


「……ああ」


 そう言って、自分の分のサンドイッチも、浦賀先輩に渡していた。あの強面とサンドイッチは、ハッキリいってミスマッチだったが、もらった浦賀先輩はどこか恥ずかしそうにしていた。


 さっきはナンパ男に対して、人でも殺すかのような視線を向けていたのに、今は無理して笑おうとしているのが、何か微笑ましい。


 浦賀先輩とティナ先輩を見ながら、わずかに口元を緩めていると、車が赤信号で停車した。


 遊里が意味深なことを口走るから、どうなるかと思っていたけど、関谷先輩の運転は普通だった。というよりも、安全運転の部類に入る。信号では必ず停まるし、必要以上にスピードを出すこともない。そのせいで、後続車から何度か追い抜かれて、その際にナンパされてしまっているけど、ドライバーとしては模範的な運転だった。とても、車をへこませるような人には思えない。


 俺の様子から察したのか、関谷先輩が遊里を小突きながら、ネタばらしをしてくれた。


「今日は女の子も乗っとるさかい、安全運転を心がけとるんよ。荒い運転なんぞしたら、往復ビンタの餌食になってまうからな」


 ああ、そういうことですか。確かに、女子が乗っているのに、手荒い運転なんてしたら、嫌われちゃいますからね。


 うん? でも、それって、結局はいつもの関谷先輩の運転は荒いということを肯定しているような……。


 冷や汗が自然と流れる横で、関谷先輩が意味深にニヤリとした。「良いところに気付いたな」とでも、言いたそうな顔だ。どうやら気付いてはいけないことに気付いてしまったらしい。曖昧な笑顔で誤魔化そうとしたが、もう遅かった。


「俺の本気の走りは、今度じっくり拝ませてやるさかい、楽しみにしとき!」


 関谷先輩は豪快に笑ったが、悪寒を感じた俺は、曖昧な笑顔のままで、凍り付いてしまっていた。浦賀先輩が「……やっちまったな」と低い声で呟いてきたのが、さらに恐怖を煽ったのは言うまでもない。




「ねえ、ゲームをしましょうよ」


 サンドイッチを食べ終えて、話題も付きかけた車内で、虹塚先輩から提案があった。ちょうど暇になりつつあったので、誰も異論を挟まなかった。


「じゃあ、私から問題を出すわね。「お」で始まって、「い」で終わる言葉は何でしょうか?」


 わざとらしく胸を揺らしながら、出題された。声にこそ出さないものの、みんなの頭に浮かんだのは、四文字のアレだった。


「に、虹塚先輩……。それは……」


 場の全員がやれやれとため息をつく中、木下の視線は虹塚先輩の胸元から動かなくなっていた。興奮のボルテージが急上昇しているのが、隣から見ていてもよく分かった。セクハラになるから、視線をずらせと言っても聞く耳持たない。


「おい。興奮のし過ぎで、鼻血を垂らすなよ。先輩の車を汚したら、どつかれるぞ」


「こ、答えは……。お……」


 忠告するも、木下の視線も、思考も、完全にロックされてしまっている。駄目だ。完全に別世界に意識が飛んでしまっている。虹塚先輩は、回答を和やかに促しているが、誰も答えようとしない。答えが分かっていない訳ではないけどね。それを口にするのはためらわれた。


「正解はオットセイでした。難しかったかしらね」


 誰も回答しないので、仕方なく正解発表。出題時の演出のせいで、もう一つの回答ばかりが頭を占めていた俺たちは一気に脱力した。虹塚先輩は笑っているが、どことなく確信犯のようなものを感じた。そして、それは第二問を聞いた時に確信へと変わる。


「では、気を取り直して第二問よ。真夏の海で遊んでいたら、思わずこぼれてきちゃうものは何?」


 またも、胸を意図的に揺らしながら、出題してきた。雅先輩みたいに頭ごなしじゃないけど、人を小馬鹿にしているような感じを受けるというか……、良い! アリスには申し訳ないが、健全な男子には嬉しい演出だった。木下ほどじゃないけど、俺も興奮してきたらしいね。


「この問題の答えって何だろうね。爽太君、分かる?」


 遊里が淡々と話しかけてきたが、顔が面白くなさそうに引きつっている。明らかに答えが分かっている顔だ。俺がだらしない顔でニヤけていたので、釘を刺してきた可能性もある。俺は咳払いすると、真面目な顔に戻って、「全く分からん」と返しておいた。


 やっぱり回答しようという剛毅なものは現れず、二問続けて、虹塚先輩が正解発表することになってしまった。


「正解は汗でした! 夏の海は暑いから、ぼんやりしているだけでも溢れてきちゃうのよね。本当、嫌になっちゃうわ」


 またもこっちをおちょくるような答えだ。でも、顔を見ると、相変わらず悪気はなさそう。いや、本当に悪気はないんだろう。ただ場を和ませようと、先輩なりにボケているだけの気がする。ただし、木下にはクリティカルヒットしちゃっているけどね。


「もう! 駄目よ。ちゃんと問題に答えてくれないと。これじゃ、場が盛り上がらないわ」


 いや、無理ですって。だって、この場の人間のほとんどが、別の盛り上がりを意識しちゃってますから。


「せめて賞品が出るんなら、やる気も出るんですガネ」


「賞品……? 困ったわ。みんなが喜んでくれそうなものなんて、私は持っていないもの……」


 また想像力が逞しくなるようなことをちらつかせる。ここで木下の興奮が遂に限界を超えてしまった。鼻から大量の血をまき散らしたのだ。漫画以外で、こんなに噴水並みに鼻血を出すやつを初めて見たわ。妙な雰囲気で悶々としていた車内は、一気に騒然となってしまったのは、想像に難くないだろう。


「うわっ! 木下君、汚い! 鼻血が飛び散ってるじゃん」


「アホ! 俺の車を汚すなよ。早よティッシュを鼻に詰め込まんかい!」


 すぐに木下の鼻に詰め物をして、天井を向けた姿勢で固定したが、血はまだ止まらないみたいだ。


「あらあら。やり過ぎちゃったかしら」


「いたいけな男子高校生には刺激が強すぎたみたいデスネ。心愛も反省しなサイ」


「はあい」


 駄目だ。虹塚先輩、絶対に反省していない。たぶん機会を見つけたら、無害そうに微笑みながら、またいじってくるんだろうな。性格が悪い訳ではないけど、油断も出来そうにない。でも、心のどこかでは、熱烈に歓迎している自分もいるんだよなあ。


 木下の鼻と、虹塚先輩の虫も殺さないような顔を交互に見て、ため息をついていると、隣を走る車からクラクションが鳴らされた。こんな時に……。


 取り込んでいる最中だったのに、またナンパだ。虹塚先輩も無視すればいいのに、向こうに笑いかけるものだから、調子に乗って話しかけてくる。しかし、今回は前回までとは違った。


「ねえねえ、お姉ちゃん……。って、ひぃああああああ!!」


 車の中には、本職を思わせる男がどっかり座っていて、(鼻)血の散乱している車内が恐怖を倍増させる。何も知らない人は、ここまで見ると、もう動転して逃げ出しても無理はない。


「今、警察に社内を見られたら、きっと警察署に直行することになるわね」


 遊里が軽口を叩いたが、あり得ないことではないので、みんなシーンとして黙ってしまった。安静にしている木下にしても、見様によっては、誰かから顔面を殴られたように見えなくもない。


虹塚先輩の名前は心愛ここあと言いますが、

きらきらネームのランキングで上位に入っているようですね。

軽い気持ちで名前を付けたので、ちょっとビックリです。

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