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第三十七話 出発前のあっけらかんとした一悶着

 海までは、関谷先輩のマイカーで行くことになった。てっきり電車で行くものと思っていた俺のテンションはうなぎ上り。自動車と運転免許を持っているなんて、三年の先輩はやはり違うなと、荷物を積み込みながら、食い入るように見つめる。


 うん、青っぽい黒のカラーリングがなかなか渋い。外から見ただけだけど、乗り心地も悪くなさそうだ。


 車に荷物を運ぶように言われて、愚痴をこぼしつつも、ちょっとワクワクしていたりもした。そして、荷物を車に積んだその時、偶然に見つけてしまったのだ。


 助手席のドアの横に、グーで思い切り殴ったようなへこみがあったのだ。よく見ると、バンパーも、何かにこすったように、ところどころ塗装がはがれている。


「おい……、これ」


 いきなり先輩本人に問いただすのは気が引けたので、まず偶々近くにいた遊里に傷のことを話した。


「ふむ……」


 遊里は車の傷を見ても、驚くこともせずに、淡々としている。こいつ、もしかして……。


「お前、知っていたのか? 傷のこと」


 俺の指摘に、やつはニヤリとすると、自身の口元に人差し指を当てて、内緒のポーズを取った。それはつまり……。


「見なかったことにしようってことか?」


 俺が言葉を探すように言うと、遊里はまたニコリとした。俺の推測は正解を引き当てたらしい。気持ちの通じ合った二人はしばし互いの顔を見ながら、笑いあう。ただし、決して愉快な気分にはならなかった。


 一通り笑うと、俺は息を整えて、当然のツッコミを放った。


「いやいやいや! 無理だから。命に関わることだから、見なかったことには出来ん!」


「あははは。爽太君ったら、大げさだね。へこみの一つや二つ、どの車にだって……」


「ねえよ! 嘘だというのなら、試しにそこの道路を通過していく車を一台ずつ確認してみろよ!」


 あんなに盛り上がっていたのが嘘のようだ。車の傷さえ見つけなかったらと思うと、物珍しげに見てしまったのが悔やまれた。


 このへこみに比べれば、怪談本で目にする心霊写真の類が可愛く見える。だって、あれは指摘されないと分からないくらい朧けじゃん。ここまでハッキリ見えないし、危害を加えられることだってない。


「なあ。関谷先輩って、まさか運転が下手なのか?」


 こんなへこみがあるということは、関谷先輩の運転技術を推し量ることも出来る。俺がこれから行くのは海であって、遊園地ではないのだ。リアルジェットコースターは御免です!


「下手じゃないよ。危険な香りがするだけ❤」


「香りじゃ済まないよな!? 下手をすると、危険そのものを体に刻むことになっちゃうよな!?」


 俺が遊里に向かって、危険を訴えていると、だんだん向こうもイライラしてきたようだ。怒っても大して怖くない顔で、反論してくる。


「ああ、もう! 出発前からグダグダと……。細かいことでギャアギャア言う男って嫌い! 本当に器がちいひゃ……! むごおっ!」


 終いには逆ギレしてきたので、俺の怒りも爆発した。もう先輩方が近くにいようか関係ねえや。ここから腹パンカーニバルに直行な。


「か、からかったのは謝るけど、私だってこの車に乗るのよ。被害者候補という点では同じなんだからね!」


「う……」


 確かに、これで遊里だけ別行動で海に行くとか抜かしていたら、タダじゃおかなかったが、一緒に行くなら仲間だ。ていうか、やっぱりからかってやがったか。


「それにさ。危ない目に遭う様だったら、爽太君が守ってくれるんでしょ?」


「何を勝手に期待しているんだ、お前は」


 見捨てて逃げ出すようなことはしないけど、全幅の信頼を寄せられても困る。遊里もいい歳なんだから、自分の身は、まず自分で守れ。


「お! 夫婦漫才しとると思うたら、車の傷を見つけてしもうたようやな」


「夫婦じゃないです。からかわないでくださいよ」


 騒ぎに吸い寄せられるように、関谷先輩がやって来た。自分の恥部ともいえる傷を見られたのに、関谷先輩は相変わらずおおらかに笑っている。時折、「見~た~な~!」と、定番の脅し文句を口にしてくるくらいだ。


「ちょっとどいてえな」


 俺と遊里を脇にどかすと、関谷先輩は布のようなものを傷口にかぶせて、何やらいじっている。しばらくして、関谷先輩が腰を上げる頃には、傷はきれいに消えていた。いや、見えなくしたと表現した方が正しいか。


「上手いやろ。こう見えて手品の類は得意なんや」


 本人も手品って言っているということは……。


「これ……」


「お察しの通り、見えなくしただけや。傷があるままだと、見栄えが悪いからなあ。でも、エンジン部分は異常なしやから、大船に乗った気でおるんやな」


「それで赤点の答案を細工したりしているんですよね」


「アホ! それは内緒や!」


 訝しる俺をよそにあっけらかんと構えている。照れたり、動揺したりとかはない。


「まっ、心配するなや。これでも、運転中は人の命を預かる身っちゅうことは分かっとる。自分らを危険に晒すようなことはせえへんよ」


「はあ……」


 こんな傷を作る人に、安心するように言われてもなあ……。


 「あと、傷のことは、他のやつに言ってもええで。周知の事実やから」と言い捨てて、関谷先輩は自販機にジュースを買いに行ってしまった。


「……あいつの言っていることは本当だ」


 突如、背後から浦賀先輩の声がした。反射的に振り返ると、浦賀先輩の据わった目と見つめ合うことになってしまい、申し訳ないながらもビクついてしまった。


「……あいつは車の傷のことをクラス中で吹聴しているからな。当然、虹塚やティナの耳にも入っている。お前が言ったからといって、混乱をきたすことはない」


「そ、そうですか……」


 関谷先輩の武勇伝と、浦賀先輩の強面に呆けていると、遠くから黄色い声が聞こえてきた。虹塚先輩たちがやって来たのだ。


「やっと来たか! 待ちわびたで!」


「うふふ。待たせちゃってごめんなさいね」


 関谷先輩と虹塚先輩が社交辞令的な挨拶を交わす中、浦賀先輩とティナ先輩は後ろの方で大人しくしている。


 ティナ先輩は黒縁のメガネをかけているのを見ながら、さっき浦賀先輩がメガネフェチだと暴露していたのを思い出した。ティナ先輩を前に、金髪の外人ということよりも、メガネに関心が行く当たり、浦賀先輩はぶれない考えをお持ちのようだ。


「よお、爽太! そんなところで突っ立ってどうしたよ。出発前から、もう夏バテか?」


「そんなんじゃねえよ」


「バテているのなら、我慢する必要はないぜ。お前の抜けた穴は俺が埋めてやるからな!」


 木下のテンションが妙に高い。元々、高いのだが、今日は一段と高い。おそらく憧れの虹塚先輩を落とすことに燃えているのだろう。俺がどんな心境でいるのかも知らずに、木下は能天気に鼻の下を伸ばしてやがる。


 最初はこのまま放っておこうとも思ったが、あまりにも浮かれているのが目に余るので、ビビらしてやろうと、傷の件を話すことにした。すると、木下は驚くどころか、逆にドヤ顔になりやがった。


「それ、いいな」


「は!?」


「関谷先輩の荒い運転で、虹塚先輩が窓ガラスに頭をぶつけそうになるだろ。それを俺がガードする……、と見せかけて、あの豊満な胸に不可抗力を装って……。あ、痛い。止めろ、何をするんだ!」


 人が真剣に相談しているのに、先輩を合法的に襲うのに利用しようとしている木下をドカドカ殴った。ああ、もう! 俺の周りはどうしてこんな奴ばかりなんだ。どいつも、こいつも、馬鹿馬鹿馬鹿!


「あら? 噂のへこみが見えないわねえ」


「きっと見えないように細工したんデスヨ」


「あははは! やっぱ分かるか?」


 向こうでは先輩たちが傷の話題で軽口を叩き合っていた。クラス中に言いふらしているというのは本当らしい。


執筆中に怪談朗読をよく聴いていますが、

幸いなことに霊障と思われる害は受けていません。

ただし、疲れなのか、肩は凝り気味です。

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