第三十五話 おっとりした黒髪の先輩と、目元のきつい金髪の先輩
今度海に行くことになったのだが、どうせなら綺麗どころも連れて行こうと、先輩命令で、女子の先輩たちも誘うことになり、報酬に目のくらんだ俺は、木下たちを引き連れて、意気揚々と三年の教室に乗り込んだ。
しかし、敵は手ごわく、全く相手にされない。俺たちが必死に話しているのに、終始興味なさそうで、ついにはどこかへと立ち去ってしまった。
「先輩グループは手ごわいな。こりゃ駄目だ」
「待て。まだ虹塚先輩を誘っていない」
「いやいや……。この調子じゃ無理でしょ」
もう駄目だと思って三年の教室を後にしようとした時に、流れるような長い髪をなびかせた、一人の先輩が話しかけてきた。
「私が虹塚だけど、何か用かしら」
ちょうど虹塚先輩について話していた時に、ご本人が登場してしまったので、俺たちはビックリして言葉に詰まってしまった。
「あら。ビックリさせちゃったかしら? ごめんなさいね」
本来なら驚いてしまった俺たちが誤るべきなのに、虹塚先輩はぺこりと頭を下げた。その際に、心なしか、虹塚先輩の胸が揺れた気がした。学校一の巨乳というのは噂だけじゃなかったんだな。ボリュームだけなら、アカリよりも上だ。……って、違うだろ!
「いや……、いやいやいや! 虹塚先輩が謝ることなんてないですよ!」
謝るタイミングを逸したことを挽回するように、全開で頭を下げ返した。
「まあ。そんなことはないわ。悪いのは私よ」
「いいえ! 俺です!」
頭を下げながらも、虹塚先輩について考えた。第一印象は、おっとりした性格の女性といったところだろうか。後輩に対しても低姿勢なところから察するが、おそらく虹塚先輩が人気なのは、豊満な胸の持ち主だからというだけではあるまい。
「あのう……。どっちも悪くないということで良くないでしょうか。いつまでたっても話も進みませんし」
俺と虹塚先輩の罪のなすりつけ合いに、若干呆れた声で、遊里が口を挟んできた。いつまでも謝り合っていても、埒が明かないのは事実だったので、俺も虹塚先輩も休戦することにした。
「うふふふ! 誰か知らないけど、面白い子ね」
何かよく分からん内に、虹塚先輩に気に入られたらしい。「止めてくださいよ」と後ずさるところなのだが、不覚にも気持ち良くなってしまう。頭を撫でられた。……俺って、頭を撫でられるのが好きなのかもしれない。殺伐とした上級生の教室で、こんな癒し体験の機会が訪れるなんて……、至福!
「それで? 改めて聞くけど、あなたたちは私に何の用かしら」
「ああ、そうでした。実はですね……」
俺は冷や汗をかきながら、今度海に行くので一緒にどうですかと誘う。虹塚先輩は興味深そうに俺の話に耳を傾けてくれている。雅先輩たちとは大違いた。横からは遊里が「ふ~ん! 爽太君って、頭を撫でられると弱いんだ」と呟いているのが聞こえてきたが、赤面しつつも、気にせず話し続けた。
「海かあ……」
虹塚先輩は顎に手を添えて考え事をしている。この夏の予定を、脳内で確認しているのかもしれない。
さっき雅先輩たちが予定は詰まっていると言っていたのが思い出される。虹塚先輩だって、この容姿にプロポーションなのだ。世の男性が放っておく筈がない。特に夏。健全な性欲を持っていたら、この先輩の水着姿は何が何でも見たいと思うのが性! そうなると、やはり駄目なのか……。って、痛い!?
俺が考え事に夢中になっていたら、遊里に頬をつねられていた。
「何するんだよ……」
俺が顔をしかめて問いただすと、遊里もしかめっ面で、返事をする。
「女の勘よ。虹塚先輩関連のいやらしいことを考えていたでしょ。それに対して、一人の女子として、当然の行動を取っただけよ」
鋭い……。態度には出さないように努めていたのに、どうして分かった? でも、だからといって、ここで認めるのも癪だったので、とぼけた。
「何のことかな……?」
「あ、とぼけているわね」
俺と遊里があまり良い意味でない方で、見つめ合っている中、木下は必死になって、虹塚先輩の説得を続けている。本人的には、この夏が天国になるかどうかの瀬戸際なのだ。必死になるのも無理はない。
「あ、ちょうどその近辺だけ空いているわ」
「じゃあ、行けるということですね!」
結果的に虹塚先輩の勧誘には成功した訳だが、先輩が首を縦に振る前からテンションが上がっていた木下はかな~りうざかった。
「あははは……。やった。虹塚先輩が来てくれるって。俺たちと……」
三年の教室ということも忘れて、木下が歓喜のあまり、蹲って男泣きしている。感極まっているのは分かるけど、周りから変な目で見られるから止めて。
「でも、私だけでいいかしら。せっかく海に行くんでしょ? もし良かったら、雅たちも一緒に……」
「いや、雅先輩たちは結構です!」
あの先輩たちと海に行くのは嫌だ。絶対にこき使われて、楽しくない旅行になってしまう。そんな思いが、つい叫びとなって、口から出てしまった。発言してからしまったと思ったが、もう遅い。虹塚先輩が不思議そうに、俺のことを見ている。
「あ、いや……」
不用意に叫んだせいで、気まずい空気になってしまった。俺は笑って誤魔化しながら、理由を説明した。
「み、雅先輩たちにはさっき断られたばかりなんです」
「あら。そうなの。残念ねえ」
虹塚先輩は残念そうにしていたが、俺は不謹慎ながらもホッと胸を撫で下ろした。遊里も同じ気持ちに違いない。ただ一人、俺に敵意を向けている例外がいた。
やれやれとため息をついていると、後ろから思い切り蹴りつけられた。蹴られた個所をさすりつつ、背後を睨むと、同じく険しい表情の木下が立っていた。
「何をしているんだよ、お前は。虹塚先輩から頼めば、雅先輩たちも来てくれたかもしれないのに!」
木下はいきり立っているが、どうしてそこまであの先輩たちに固執するのかね。そんなに大人の女子と海に行きたいなら、他を当たってやるよ。二年の女子にだって、大人びているやつはいるしね。
収穫は虹塚先輩だけということになってしまうが、二年の女子を何人か連れて行けば、関谷先輩たちだって文句はないだろう。要は同行する女子の数が問題なのだろうから。
俺が勝手に結論付けていると、虹塚先輩が誰かに向かって声をかけた。
「あ、ティナちゃん! あなたもどう? 海に行きたがっていたわよね」
声をかけられたのは、たった今教室に戻って来たばかりの、メガネをかけた金髪碧眼の女子だった。
「……まあネ」
虹塚先輩によると、フランスからの留学生らしい。日本に来て長くないのか、どうも発音がぎこちない。目元はきつい印象を受けるけど、俺たちに蔑むような視線を向けてこなかったことから、性格は悪くなさそうだ。
「ここにいる後輩君たちがね。海に一緒に行こうって言ってくれているの。あなたもどうかしら」
虹塚先輩からあらましを聞いて、ティナ先輩はしばらく考えているようだったが、ふいと顔を上げると、俺たちに顔を近付けてきた。端正な顔立ちだったので、じっと見られると、どうしても照れてしまう。
「そんなに見つめないの。爽太君たちが照れちゃうじゃない」
虹塚先輩がニコリとほほ笑みながらフォローしてくれたのが救いだった。ティナ先輩は俺たちから視線を外すと、海行きに対して肯定的なことを、虹塚先輩と話していた。
「関谷くんから、私たちを誘うように言われてきたらしいわよ」
「ふ~ん。あいつらカ……」
関谷先輩の名前が出た途端、ティア先輩の顔がいっそうきつくなった。ひょっとすると、以前先輩たちから既にナンパされているのかもしれない。関谷先輩の名前は出さない方が良かったかとも思ったけど、当日は顔を合わすから意味ないか。
「まあ、イイワ。不良っぽいのが混じっているけど、信用して問題ナイだろ」
「あはは……」
一時はどうなるかと思ったが、どうにか気持ちの良い返事をもらうことが出来た。
「何かあったら、あなたが守ってくれるんデショ?」
「へ……?」
安心していたところに心臓を鷲掴みにされるような一言が飛んできた。それはどう言う意味でしょうか。守るって、誰から?
「いろんなものからヨ」
俺が質問すると、そんな返事が来た。確かに夏の海は危険がいっぱいだけど……、裏があるように感じてしまう。
「あらあら。ティナちゃんに気に入られちゃったみたいね。彼女、とっても人見知りなのに、珍しいこともあるのね」
「は、はあ……」
虹塚先輩が茶化してくるが、どう返事をしたものか。とりあえず気に入られてはいないと思いますよ。興味は持ってくれていると思いますけど。
授業時間が近付いているのもあり、俺たちは自分たちの教室に戻ることにした。目的を達成したら、すぐに退散するつもりだったのに、すっかり長居してしまっていた。原因は虹塚先輩の柔らかい雰囲気だろう。先輩であることを忘れそうになるくらい、話しやすいのだ。同じ美人でも、雅先輩とは大違いだな。
「やったな。先輩を二人もナンパすることが出来たぜ」
廊下で、木下が上機嫌で、俺の肩を叩いてきた。さっきまで人を殺しそうな目で睨んでいたくせに、現金なやつめ。
何はともあれ、先輩二人のナンパには成功した訳だ。成果としては上々だろ。
ティア先輩のセリフですが、まだまだ定まっていない部分がありますので、
もしかしたら、ちょくちょく微妙に変わるかもしれません。