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第三十四話 先輩たちからの洗礼と、黒髪の撫子

 関谷先輩たちに、牛丼タダ飯の報酬付きで、三年の女子の先輩たちを海に誘うため、俺たちは上級生の教室へと足を踏み入れていた。


 恐る恐る教室のドアを開けると、室内の視線が一斉に向けられた。恫喝されるようなことはないけど、いきなり先制攻撃された気分だ。


「どうして二年がここにいるんだ? 教室を間違えたのか?」


「ちょっと待て。あいつは確か晴島爽太じゃないのか。そんで隣の女子は水泳部の五十嵐遊里。もう一人は……、知らん」


 覚悟はしていたが、雰囲気が全然違う。同じ学校なのに、何か敵地に来たような違和感があるんだよな。


「おい。虹塚先輩の姿が見えないぞ……?」


 虹塚先輩のことしか頭にない木下がぼやいている。お前だけひどいことを言われているのに、気に留めることもなく、相変わらずの虹塚先輩か。エロが絡むと集中力がすごいが、こいつのことは放っておこう。遊里はというと……。


「へえ、三年の教室って、こうなっているんだ~! 基本的な構造は同じだけど、やっぱ新鮮~!」


 三年の教室にばかり興味を示している。俺たちが何をしにここまで来たのかが、完全に頭から抜けている。


 駄目だ。こいつらに任せていたら、成功するものも成功しない。牛丼タダ飯のためにも、ここは俺がしっかりしなければ。


 とはいえ、自分から知らない女子に話しかけるのは経験がないんだよな。向こうから話しかけてくるか、俺が興味なくて話しかけないかなのだ。人生初のナンパといっても、過言じゃない状況。結構緊張しているが、タダ飯のためと自分に言い聞かせて、先輩たちに声をかけた。


「すいません!」




 戦闘開始から何分経っただろうか。俺はありとあらゆる知恵を振り絞って、ナンパに勤しんだが、丸っきり手ごたえがない。女子と話すのがこんなにも難しいと感じたことは人生でないというくらいに、相手にされないのだ。


「あのう……」


「あら、ごめんなさい。お化粧に夢中になっていて忘れていたわ。一緒に海へ行こうって話だったわよね」


「え、ええ……」


 常時こんな調子だ。この前は爪の手入れに夢中になっていたんだっけ?


「ごめんなさいね。私たち、その日は大学生のグループと遊びに行くことになっているのよ」


「私も~! 会社の社長さんとデートの約束があるから無理!」


 先約があるということで、軒並み断られてしまった。


 高校生なのに、そんな大人たちと付き合いのあるとは、末恐ろしい先輩たちだ。学校最高の女子グループの二つ名は伊達じゃないらしい。


「駄目だ……。一旦退くぞ」


 あまりの手ごたえの無さに負けを認めようとする俺を、遊里が叱咤する。


「諦めちゃ駄目。劣勢でも、逆転のチャンスはあるんだよ。最後の最後まで、前を向かなきゃ」


 前を向けと言われてもなあ。先輩たちがこっちを向いてくれないのに、俺たちだけ向いても……。そう思っていたら、先輩の一人が遊里を見て、思い出したように声をかけてきた。


「あなた、水泳部の五十嵐遊里よね」


「ええ」


 先輩方の目が遊里に向けられる。おお、さすがインターハイ出場の経歴は伊達じゃない。水泳とは縁の薄そうな先輩たちでさえも、名前を憶えているようだ。さっきまでまともに相手にされなかった俺たちに、初めての光が見えたようだぜ。そんな思いが頭をよぎったが、見事なまでに期待を裏切られる展開が待っていたのだ。


「私らなんかより、あんたんとこの部長と出ればいいんじゃない? 二人仲良く競泳水着でアピールすれば、男は釣れなくても、海水浴場の笑いを掴めるわよ」


「……」


 女性陣からどっと笑いが漏れた。性格があまり良くないのは、既に分かっていたが、ここまであからさまに笑いものにすることもないだろうに。遊里を見ると、にこやかに笑って対応しているが、無理して笑顔を作っているのは明らかで、内心は荒れ狂っているだろうな。


「そういうことだから、ごめんね~」


 最後までまともに話を聞いてもらうことも出来ず、先輩たちは教室を出ていってしまった。


 先輩たちがいなくなると、どっと疲れが出てしまい、まだ三年の教室にいることも忘れて、へたり込んでしまった。


「ふう……。手ごわいな」


 正直な感想がそれだった。みんな美人なんだけど、どうもとっつきづらいのだ。おそらく意中の男性の前でのみ、猫を被ったようにキャラを作るのだろう。素で対応されたということは、俺たちは相手にもされていないということだ。


「お前が誘いを断られることがあるんだな。初めて見た……」


 木下が目を見開いているが、驚くことじゃない。学校一と囃し立てられたところで、所詮高校生。世間から見れば、ガキでしかない。財力や権力を持った大人たちと比べられたら、ひとたまりもない。


「でも、いいわ~。大人の魅力と、女子高生の若さが上手い具合にマッチしていて、女神と見間違うレベルの女子力を感じる。まさしく高嶺の花って感じだな!」


 終始適当な対応しかされておらず、どこか蔑んだ目で見られる場面すらあったというのに、木下はやけに嬉しそうだ。お前、もしかして、今みたいに接してもらうのが大好物なのか?


「遊里もよく耐えたよな。……部長まで馬鹿にされたのに」


 俺は文学部に名前だけ登録している幽霊部員だけど、それでも、部員を馬鹿にされたらキレるだろう。


 俺の勝手な推測だが、遊里は馬鹿にされると、真っ先にキレそうなタイプなんだけどな。見た目と違って、実は我慢強いタイプだったのか? 俺が言葉に気を付けながら、聞いてみると、遊里はこめかみに青筋を浮かべた笑顔で、にこやかに言い放った。


「まっさか~。もちろん後で、きっちりお礼はするわよ。雅先輩は学校でこそあんな感じで振る舞っているけど、女優として活躍中だから、実は世間体をすごく気にしているの。今日の蛮行は、ネットに脚色した上で書き込ませてもらうわ」


 ……ある意味、すぐに頭に血が上って、口論になるタイプの方が怒らせると怖くないのかもしれない。「とりあえず雅先輩の性格が最悪だってことは絶対に入れておこう」と呟いている遊里を見ながら、しみじみ思った。


 雅先輩というのは、俺と応対していたグループのリーダー格の女子のことだろう。詳しく覚えていないが、元天才子役で、最近女優に転向したとのことだ。テレビでもちょくちょく見かけるが、実際に話すのは、今日が初めてだ。まさかあんなお高い性格だったなんて……。これからはテレビで見かけたら、チャンネルを替えよう。


「ナンパは失敗か。落ち込むことも出来ないほどに、手ごたえがなかったな。まっ、こんなものか」


 関谷先輩は、三年のモテる先輩たちはみな玉砕したといっていたが、単に避けているだけじゃないのか? そんなことをしなくても、女子には困っていない筈だし、無理して雅先輩たちと付き合いたいとは思わないだろう。


 他人の趣味をとやかく言いたくはないが、あんな先輩たちと海に行こうとする関谷先輩たちのもの好きの程度には頭が下がるよ。


「とにかく教室を出よう。ここでは俺たちは異物だ」


「そうだね。私も早くネットがしたいし」


 雅先輩を一刻も早く貶めたい遊里も撤退に同意してくれたが、木下だけが首を縦に振らない。


「まだだ……。まだ虹塚先輩を誘っていない」


「虹塚先輩? さっきの集団の中に含まれていなかったのか?」


「いなかったよ。何、お前。ナンパに勤しんでいたくせに、一人一人の顔をチェックしていなかったのか? そんなことだから、相手にもされないんだよ」


「そんなことを言っても、虹塚先輩の顔を知らないしな」


 仮に顔をチェックしていたとしても、あの先輩方には相手にされなかったと思うけどね。


「顔が分からないなら、胸で判断すればいいだろ。虹塚先輩は学校一の巨乳だ。一目で分かる!」


「そんなセクハラまがいのことが出来るか!」


 雅先輩と話している時に、そんなことをしようものなら、あの気が強そうな先輩のことだ。平手打ちを浴びせてきたことだろう。


「でも、この流れだと、虹塚先輩を誘っても、また失敗に終わるんじゃないの? 悪いことは続くっていうし」


「そんなことはない! 虹塚先輩ならきっと……」


「私がどうかしたのかしら?」


 突然木下の後ろから穏やかな声がした。いつの間にそこにいたのか、流れるような黒髪と、豊満に実った見事な胸を持った先輩が立っていた。


 胸だけで判断すれば……。いや、違う。虹塚先輩の名前に反応したことから、本人で間違いあるまい。


 曖昧に笑う俺たちに、優雅な笑いで返してくる。まだ話していないので何とも言えないが、雅先輩よりは優しく接してもらえそうだ。


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