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第三十三話 ミッション発生、報酬は食べ放題

 木下たちと海に行こうと、楽しくおしゃべりしていたら、遊里が知り合いも参加させたいと言い出した。


 断る理由もなかったし、木下が乗り気だったこともあって、OKを出したけど、連れて来られたのは、いかにも不良という感じの強面の先輩二人だった。


 騙されたと思う間もなく、話し合いの場所を移そうと言われてしまう。俺は人気のないところに連れて行かれて意識不明になるまで殴られるのではないかと、漠然と不安になってしまうのだった。


 そして、連れて行かれた先で、本当に殴られることになってしまい、その時のけがが原因で、俺は運悪く命を落とし、今回の話は天国からお送りすることになってしまいました。……的なことになると思っていた。まあ、そんなことになっていたら、主人公死亡で、この作品終わっちゃっているけどね。これは冗談。俺は無事です。


「ほら! もっと食ってええで。何と言っても、こいつの奢りやからな」


「まるで自分が奢っているみたいに言いますね。さすが関谷先輩! 人の手柄を横取りするのが上手い!」


「だ~か~ら~。人聞きの悪いことを言うなっちゅうとんねん」


 関谷先輩と遊里が相変わらずの会話を続けている。こうしてみると、夫婦漫才みたいだな。


 連れて来られた先は牛丼屋だった。通されたボックス席で、頭に「?」マークを出していたら、牛丼が人数分運ばれてきた。当たり前の話だが、食べて良いとのことだった。


 てっきりボコボコにされると構えていただけに、最初は戸惑っていたが、実は結構空腹だったので、すぐに牛丼に飛びついた。ひょっとして、これを食べたら、「牛丼を奢ってやったんだから、俺らの奴隷として働けよ」とか言われるんじゃないかと思った時には、もうどんぶりは空になった後だった。


「……どうだ?」


「あ、美味しいです」


 浦賀先輩がどすの利いた声で感想を尋ねてきた。本当に美味しかったので、正直に美味しいと答えた。先輩の前では、たとえ不味くても批判は出来ないけどね。


「この店な。浦賀の両親が経営している店なんや。だから、遠慮せんでパクついてOKやで!」


「……何でてめえが決める?」


 牛丼を食べる手を止めて、浦賀先輩が関谷先輩を睨んでいる。やはりど迫力だ。この店は全国展開している店だから、おそらくフランチャイズ化なんかなのだろう。その考えが違っていて、実は全国展開している親会社の方だったと知るのは、後日のことになる。


「それで……。お話というのは?」


「うん? ああ、そうやったなあ。別にたいしたことやないよ。今度、海に行くメンバーで提案があるだけや」


「提案……、ですか?」


「そ! 提案や。俺らと同じ三年の女子もぎょうさん誘って連れて行こうって相談や。海と言えば、水着美女やさかい」


 その意見には全面的に賛成です。俺も、アリスの水着姿が見たいので、海に行こうと思っていたくらいなので、ミジンコ程度の異論もございません。


「俺らな。同じ学年の女子と遊ぼう思うとるんやけど、こっちにはむっさい男しかおらんから、相手にしてもらえないんや。それでな。学校一、モテるっちゅう、爽太君のお力を借りたい訳よ」


 関谷先輩が、黙って牛丼を食べている浦賀先輩に「そうやろ?」と同意を求めると、強面の顔をわずかに赤面させて、そっぽを向いてしまった。女より、喧嘩の方が好きそうなのに、人並みの性欲はあるらしい。


 ああ、そういうことか。俺が学校一かどうかは知らないけど、同じような相談はそこでまだ気絶している木下からよく受ける。


「でも、それなら二年の俺より、三年でモテている人に相談した方が良いんじゃないですか?」


 三年にだって、モテるやつはいるだろう。面識もない俺がいきなり上級生の教室に赴いてナンパするよりも、成功率が高いと思われる。


「それがあかんから、君に頼んどるんやないかい。三年のイケメンたちはみ~んな全滅してもうてん」


「全滅……?」


 三年の先輩が駄目な相手に、俺ごときが太刀打ち出来るのだろうか。牛丼を奢ってもらった恩はあるけど、報いる自信がないなあ……。


「いつも四人で行動しているんやけどな。これが滅法ガードが固いねん。失敗しても、しめるとかせえへんから、俺らのために一肌脱いでほしいんや」


 初対面の先輩に頭まで下げられてしまうと、断りにくいものがある。でも、何度も言うが、自信はない。


「ちなみに、そのグループの一番人気は、あの虹塚にじづか 心愛ここあや!」


 虹塚心愛……。会ったことはないし、見たこともない。でも、人気があるのは知っている。依然として気絶中の木下から聞きたくもないのに、強制的に吹き込まれているからだ。


「虹塚……、先輩……?」


 それまで手足をだらんと力なく垂らしているだけだった木下が、虹塚先輩の名前が出た途端に、見る見る息を吹き返していった。


「学校一の……、巨乳……。学園の……、許嫁……」


「お! よく知っとるな。その通りや。ま、セクハラになってしまうさかい、本人の前ではタブーやけどな」


 許嫁に良い思い出のない俺は、内心複雑な気分だった。しかし、世間の大部分は、許嫁という言葉に、神秘的な響きを感じているのだろう。「学園の許嫁」という呼び名も、そんな思いからつけられたに違いない。


「決まりだね!」


 ちょうど二杯目の牛丼を完食した遊里が勝手に宣言した。そして、木下と握った右手をコツンと合わせている。あのね、君たち。俺を置いてけぼりにして、話を進めないでくれるかな?


「もちろん君の努力で、今回の旅行が成功した暁には、この牛丼屋で一生タダ飯を食う権利を与えようやないけ」


「タダ飯!?」


 タダという単語に、俺の血液が沸騰しそうなくらいに熱くなった。タダ……。俺がこの世で、アリスの次に好きな言葉だ。


「ほ、本当に……。マジですか?」


「当然や。後輩をタダで働かすのは、俺の信条に外れることや。男に二言はない。神に誓って、ホンマの話や」


「……何でてめえが決めるんだ。ここ、お前の店じゃねえだろ。まあ、いいけどよ」


 浦賀先輩がギロリと睨むが、関谷先輩は涼しい顔で、爽やかに無視した。一見すると、軽そうに見えるが、あの本職を思わせるひと睨みをものともしないのだから、相当な神経の持ち主と見た。


「ご安心ください、兄貴。このミッション、命に代えても、必ずや成功に導いてご覧に入れます」


「おお! 頼もしいやん。ただ……、俺は兄貴とちゃうけどな」


「じゃあ、じゃあ! 私が姉貴で!」


「何でやねん!」


 さっきまであんなに拒否反応を示していたのが、嘘のようだ。だって、仕方がないだろ。日常的に金欠に陥っている俺に、タダで食い放題というのは、抗いがたい条件なのだ。提示されてしまったら、首を縦に振るしかないではないか。


「そうと決まれば、行動は早い方がいいな。行くぞ、爽太!」


「おお!!」


 木下の号令の元、俺と遊里は気合の籠った掛け声を上げた。完全に迷惑な客だ。しかも、時間は放課後。もう誰も教室に残っていないから、動くとしたら明日以降だ。タダという単語に、冷静さを失っていたのは否定出来ない。




 翌日、俺たち三人は、改めて三年の教室へと向かっていた。階が違うだけなのに、まるで別世界に来たような気分だ。すれ違う先輩たちが、俺たちをすれ違いざまに見ていくのも、異様な雰囲気を醸し出していた。


「このミッションに成功すれば、虹塚先輩の豊満な胸は、俺のもの……」


 ブツブツと念仏を唱えるように、エロい言葉を連呼する木下の姿は、隣を歩いている俺と遊里から見ても、異様なものだった。


「まだ胸のことを口にしているよ。男子って、大きな胸が大好物だよね。爽太君は違うけど」


「それ、どういう意味だ?」


 ペッタンコのアリスと付き合っているからか? それはつまり、遠回しに、アリスを馬鹿にしているということか? それなら、俺にも考えがあるぜ。遊里は意味深に笑うだけで、明確な答えは言わなかったけどね。


 胸の話題が一段落すると、先輩の話へと移っていった。


「ごめんねえ。驚かすつもりはなかったんだけど」


「ああ、気にするな。俺も気にしていないから」


「でも、爽太君たちのビビり顔は面白かったな。ぷぷぷ……」


 俺と木下の醜態を思い出しているのだろう。申し訳ないことをしたという自覚がまるで感じられない、言葉だけの謝罪をしながら、遊里が頭を下げてきた。こいつの含み笑いを聞いていると、確信犯だったことは明らか。絶対に、いつか泣かしてやる。お前は忘れても、俺は忘れないからな。


「どうでもいいけど、ナンパを始めるまでには、笑うのを止めるんだぞ。向こうに気味悪がられるからな」


 それで避けられてしまい、ミッションが失敗に終わったら、洒落にならないので、釘を刺してやったが、遊里はまだ笑っている。本当に失礼なやつ。


「でも、あの先輩たちを誘ったのは意外だったな。お前には何のメリットもないだろ。特に女子の先輩の勧誘」


 下手をしたら、同性の先輩のせいで、肩身が狭くなる危険だってある。遊里がレズだと言うのなら話は別だが、自由人のこいつが、自分の行動を制限するようなことに積極的になるとは思えないのだ。


「もちろん、私にもメリットはあるよ」


 「当然でしょ」と、ニヤリと不敵な笑みを漏らした。でも、それが何なのか聞く前に、三年の教室に到着してしまった。


今回の話を書いていたら、牛丼を食べたくなってきてしまいました。

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