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第三十話 表面化した内心と、不遜な願い

 「X」と遂に対面したのに、次の瞬間には、俺は記憶を失っていた。といっても、今日一日分の記憶だ。たいしたことないと断言してしまえばそこで終わりだが、やはり記憶を故意に失われたもやもやはあった。


 アキから俺が見つかったと連絡を受けたアカリ、ゆき、遊里の三人がすぐに集まってきた。みんな、俺の顔をじっと見つめながら、言いたいことを言えないでいるようだった。


 ただいつまでもそのままという訳にもいかず、ゆきが恐る恐る口を開いたのだった。


「本当に記憶がないの?」


「……今日の記憶だけな。昨日までのなら問題ないんだけど」


 昨日ベッドに入るところまでは難なく思い出せるのだが、今日の記憶に限っては刃物で切断されたかのように、きれいに記憶からなくなっているのだ。ピンポイントで消したのだとしたら、「X」には脅威以上に尊敬の念すら感じる。


「記憶がない……」


「マジ?」


 みんな一様に驚いている。一方で、俺は呆けて、頭がぼんやりしている。本来なら、憤慨するなり、嘆くなりするところなんだが、記憶をいじられた後遺症なのか、どうも頭の回転が鈍い。


 記憶を改めて整理する。確か「X」から水着姿を見せてやるとメールが来たから、このプールに来ることにしたんだよな。となると、記憶喪失になっているのはやつの仕業で間違いないとして、ここで何があったんだろう。


 推測でしかないが、恐らく俺はここで「X」と対峙している。だが、何らかの方法で記憶を消されてしまい、ここで意識を失っていた。さっきアキに聞いてみると、プールで遊んでいたら、誰かから紙を投げつけられて、そこに書かれている文字を読んだ途端、顔色を変えてどこかに消えたらしいから、間違いあるまい。


 もし、やつの顔を拝めていたとしたら、いや、仮に顔を見ていなくても、対峙したのなら、婚約解消を突きつける絶好のチャンスだったのに……!


 覚えていないが、きっと千載一隅の勝機を逃したのだろう。もし、目的を達成していたら、この何とも言えないもやもやを感じていない筈だ。


 無性にやりきれない思いでいると、アキが頭をはたいてきた。


「してやられましたね」


「……ああ」


「それで日和っちゃったんですか? お義兄さんらしくもない」


「言ってくれるな」


 いつもならやり返すところだけど、今日は大人しく黙っておいてやるよ。明日から、またいつもの調子でやるから、ため込んでいるものを発散するなら今の内だぞ。


 でも、アキからの喝で、少し気持ちが切り替わった気がする。ありがとうな。


 苦笑いしながら、ため息をついていると、アカリとゆきの会話が聞こえてきた。


「アカリ……。チャンスじゃない? いっちゃいなさいよ」


「え? い、いいのかな」


 何やら、密談をしているが、内容はあまり褒められたものではなさそうだ。そう思っていると、遊里も何やら独り言を呟いている。


「……記憶がないということは、上手い具合に改竄してやれば、アリスと別れさせるのも容易いな。そうすればパパも喜ぶ」


 良く聞き取れないが、パパという単語が混じっている気がする。それは、自分の父親で間違いないよな。


 遊里がパパと呼ぶ相手が、まさか女性とは夢にも思わない俺は、援交じゃないことを切に願った。


「爽太君!」


「うん? って、何だ!?」


 いきなりアカリが抱きついてきた。いや、力加減からすると、抱きしめるという方が適切か。いきなりの大胆行動に、心臓の鼓動がすっかりおかしなリズムをするようになってしまった。


「アカリ……?」


「いいの。何も言わないで。不安に思う必要なんて全然ないんだから」


「は!?」


 いやいや。不安には思っているけど、抱きつく理由が分からん。とりあえず胸だけでも話してくれ。高校男子に、この弾力は破壊的だ。呆気にとられる俺に、アカリはさらにまくし立てる。


「あなたが忘れた分は、彼女である私が埋めてあげるから……!」


 ……彼女?


「……いやいや。彼女じゃないよね。それは覚えているよ」


 アカリも記憶喪失に陥ったのか? むしろ、それに対して不安を覚える!


 上ずった声で否定すると、アカリは途端に黙り込んでしまった。


「……」


「……」


「……うわ~ん! ごめんなさ~い! 爽太君が記憶を失っているから、チャンスだと思って、嘘を突いちゃいました~!」


 恥ずかしさのあまり、顔を覆って泣き崩れるアカリ。どう声をかけていいか迷いながらも、彼女の腹黒い一面に驚きも感じていた。まさか記憶喪失になった俺に嘘をついてまで、交際を迫ってくるとは。


「……気持ちに答えてあげられなくて分かるけど、あまり深刻な記憶喪失でもないんだよね」


 だから、泣き止んでくれ。これじゃ、俺が泣かしたようなものじゃないか。いや、それで間違いはないんだけどね。俺が悪い訳じゃないのよ。


「そうよ! 爽太君は私の彼女なんだからね。嘘はいけないわ。ねっ! ダーリン❤」


「お前でもないことも分かっているから」


 俺が素っ気なく突っぱねると、あからさまに舌打ちをしてきやがった。遊里に至っては、腹黒いのに加えて、性格まで悪い。


「まあ、元気出しなさいよ。駄目もとだったんだから」


 告白に失敗して、落ち込んでいるアカリに、ゆきが手を差し伸べるが、彼女に行動を促したのってこいつだったような……。


 結局、俺とゆきを残して、女子たちはジュースを買いに行った。アカリには告白に失敗したヤケ酒的な意味もあるようだ。振っておいて何だけど、飲み過ぎないか心配だ。


 あと、成り行き上、ゆきと二人になってしまったが、良く考えてみたら、こいつと二人きりって初めてだよな。いつもは普通に話しているのに、どうも気まずい空気が流れてしまう。


「ちなみにさ。爽太君って、記憶喪失って言ったけど、実際はどれくらい忘れているの? 今の彼女のこととか、ちゃんと覚えているの?」


「それはしっかり覚えている。俺が付き合っているのはアリスだ」


 「X」のことだから、アリスに関する記憶を根こそぎ奪っていくと思ったんだけど、手加減してくれたのかな?


「また偉く中途半端に消されたもんだよ。一気に行かれていないだけいいけどな」


 ただ今回が大丈夫だったからといって、次も大丈夫とは限らないだろう。次……。そうだ。「X」のことだから、自分の意にそぐわない展開だと、また仕掛けてくる危険もある。その前に、今回失った記憶だけでも、戻しておきたいところだ。


「……遅いな、みんな。ジュース買うのにどれだけかかっているんだよ」


「イライラしないの。たかが数分の辛抱じゃない」


「ああ、悪い」


 知らず知らずの内にイライラしていて、それをゆきにたしなめられてしまう。


「何か緊張するな。この組み合わせって、あまりないから」


「私は今のままでも良いんだけどね」


「え……?」


 気になることを言ったな。二人きりのせいか、発言が大胆になってきているみたいだ。どうもこれ以上は話さない方がいいんじゃないかと思ったところで、向こうからアカリたちがやってくるのが見えて、理由は不明だがホッとした。


「あ、一つだけ」


「うん?」


「私の名前が「ゆき」じゃなく、「ゆり」だってことだけ覚えてくれていれば、それでいいから。他は忘れちゃっても問題なし」


「……あ、ごめんな。俺、名前を覚えるのが苦手で」


 ゆり。この子の名前はゆり。よし、今度こそしっかりと覚えてやろう。でも、二人きりで話すのは、極力避けよう。


「これ……」


 アキが俺の分のジュースも買ってきてくれた。知らず知らずの内にのどが渇いていたので、丁度良かった。結構勢いよく喉をジュースが流れていく。だいぶ飲んだところで、アキが遠くの空を眺めながら話しかけてきた。


「本当に大丈夫なんですか? 実はもっと深刻な問題を黙っていたりしないですよね」


「ああ。記憶が一日分抜けていることを除けばな。何度も言っているだろ」


 普段なら同じことを何度も言わせるなとたしなめるところだが、今日のアキはいつもと様子が違う。パッと見はいつも通りなんだが、どことなく怒っているように見えないこともない。


「怒っているのか?」


 聞こうかどうか迷ったけど、うやむやのまま済ますのはいけない気がしたので、思い切って聞いてみた。


「怒っちゃいませんよ。ただやってくれたなあって」


「「X」がか?」


 黙ったまま、遠くのゴミ箱に向かって、アキが空き缶を放った。見事ホールインワン。アキはうんともすんとも言わずに、歩き出していた。いつもはみんなに合わせて行動するのに。やはり今回の件を面白く思っていないんだな。


「……帰るか」


 置いて行かれるのも何なので、今日は俺たちがアキの歩幅に合わせてやろう。他のメンバーも、さっき勢いに任せて告白したせいか、ぎこちない雰囲気ながらも同意してくれた。


 何か重要なことがあったことだけは記憶の片隅に残っているが、それが何だったのかは思い出せない。


 煮え切らない空気のままでプールを後にしていく俺の後ろ姿を眺めながら、「X」は内心でほくそ笑んでいた。


(くすくす。ごめんねえ。あなたの記憶を奪っちゃって。でも、あなたとの婚約を解消させる訳にはいかないから許してね。私はどうしてもあなたと一緒になりたいのよ。本当はアリスの記憶を根こそぎ奪ってやっても良いけど、あの女から爽太君を奪い取った方が快感だしね……)


 今日一日分の記憶を消されてしまい、落ち込んでいる俺を見ながら、不遜な想いを抱いていたが、この時の俺は知る由もなかった。


幼少の頃、プールで友人と「かめはめ波」とか、「波動拳」とか叫んで、水をかけあったのが楽しかったです。構えは同じで、気分次第で、技が変わっていました。

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